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【読書録】『B級グルメで世界一周』東海林さだお

今日ご紹介するのは、東海林さだお氏の、とても楽しいグルメエッセイ、『B級グルメで世界一周』(ちくま文庫)。

その名のとおり、たくさんの、世界各国のB級グルメついてのエッセイ集だ。バラエティに富んだ料理や食べ物に対する観察と、それにまつわる面白エピソード、そして、クスっと笑わせる表現が素晴らしい。読み進めるうちにと、お腹がグーグーと鳴り、よだれが出そうになる。

そして、ご本人の挿絵が、またとても良い。ユーモラスで、温かみがある。料理の特徴をよく捉えている。描かれている人の表情もとても豊か。

この一冊は、約50篇の短いエッセイから構成されているのだが、その中でも私の特にお気に入りの4つのエピソードについて、ご紹介してみたい。

ピータン 

まずは、ピータンについてのエッセイから。

ピータンは、好みの分かれる食材だ。私にとって、ピータンは、大の好物。中華料理店にピータンがあれば、必ずオーダーする。だが、食べられない人が本当に多い。食わず嫌いの人も多いと思う。

友人たちと中華料理屋さんに行く。アラカルト形式でオーダーする際、私が「ピータン頼んでもいい?」と聞くと、「えっ…」という戸惑いの反応をする友人が、数人に1人の以上の割合で、必ずいる。

その場合でも、結局、ピータンは必ずオーダーする(だったら聞くな!)。そうすると、食べられない人の分まで、私がいただくことになる。そして、たくさん食べられてラッキー!とほくそ笑む。

東海林氏のピータンについての以下のくだりは、その、ピータンに慣れない人の反応が、とてもリアルに描写されている。

 ピータンに立ち向かうと何か厄介が起きそう。
 何しろクニャクニャしていてつかみづらく、いかにも崩れそうな上に、全体が黒っぽくて正体不明、不気味な感じもある。
 これが卵? と少したじろぐ。
 ピータンを箸で取り上げようとすると果たして厄介が起こる。
 崩れてちぎれそうになる。大急ぎで口に入れる。数回噛む。
 ピータンを口に入れて数回噛んだ人の表情は決まっている。
 困惑である。
 おいしいのか、おいしくないのか、いま口の中にあるものをどう思えばいいのか、なかなか結論が出ない。
 白身であったらしいところが寒天状になっていて、黄身らしい部分がネットリ、ゆで卵の黄身とは全く違うニッチャリ、そしてかすかな発酵臭。全体的にはやや塩気。
 おいしくない、と言おうとして、いや、おいしくなくはない……が、ひと言、苦言を呈したい部分もないではない……が、どこか心ひかれるところがあるような気がしないでもない……が、と、なかなか結論が出てこない。
 ここのところが表情になって現れる。(p67)

そして、この描写に対応するのが、以下のイラスト。まさに、ピータンが苦手な人の表情は、こういう感じなのだ。

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この気持ち、よくわかる。私も最初はそうだった。しかし、ビールや納豆と同じで、最初の気持ち悪さや違和感を克服し、好みに合うと、これほど美味しく、グルメ欲を満たしてくれる食べ物はそうないと思う。

私の過去のピータン愛の詰まった記事(↓)も、よかったらどうぞ。

ウィンナ・シュニッツェル 

次は、ウィンナ・シュニッツェルについてのエッセイ。

ウィンナ・シュニッツェルとは、「ウィーン風カツレツ」という意味である。名前のとおり、ウィーンを含むオーストリアや、ドイツのレストランでお目にかかるメニューだ。

こちらも、私の大好物。ドイツやオーストリアを訪問する際、メニューにあれば必ず頼む一品だ。トンカツのようで、トンカツとはちょっと違う。トンカツとは何が違うのかなあ、と常々疑問に思っていたが、このエッセイが見事にその謎を解き明かしてくれた。

 ウィンナ・シュニッツェルの料理法はこうなっている。
 基本的には仔牛の肉を薄くたたく。
 厚さ約五ミリ。これにトンカツ同様溶き卵、パン粉の順でコロモをつける。
 ここから先、トンカツの場合はたっぷりの油で揚げるわけだが、ウィンナ・シュニッツェルの場合は、カツの半分くらいの量の油で、ときどき油を上からかけまわしながら、焼くというか揚げるというか、そういう料理法になる。
 トンカツとの違いはまだあって、パン粉がきわめてこまかい。
 油にバターを加える。
 肉そのものに味(塩味)をつける。
 こうしてできあがったものはどうなるか。
 油は切れてないどころかコロモにじっとりしみこむ。
 パン粉がこまかいから肉にじかに到達してしみこむ。
 サクサクどころか油の切れていないべちゃっとしたものが、皿の上にべちゃっとのって出てくる。
 これをべちゃべちゃ食べるわけだが、困ったことにこれがおいしい。
 ウィンナ・シュニッツェルは仔牛という脂身のない肉を使うので、ロースカツのような脂身のおいしさは味わえない。
 その脂の代わりに油とバターを肉自身にしみこませて肉といっしょに味わう。
 そういう考え方の料理のようだ。(p176-177)

そうか、油とバターを肉と一体化させて味わうのか。なるほど!と膝を打った。

こちらが東海林氏の、ウィンナ・シュニッツェルのイラスト。

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こちらが、数年前に、私がドイツで食べたシュニッツェル。

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皿からはみ出る大きさ。とにかくでかい。けれど、薄いので、この大きさでも、ペロリと食べてしまう。つけあわせのポテトも大量。これがまた、ドイツビールとよく合うのだ。ドイツのビールは、500mlや1Lの大きなジョッキで運ばれてきたりする。肉もビールも、進む進む! ドイツやオーストリアを訪問する際の、最大の娯楽だ。

コロナが終息し、また現地で、ウィンナ・シュニッツェルを味うことのできる日が来ることを心待ちにしている。

スタバ

次は、みなさんお馴染みの、スタバ(スターバックスコーヒー)についてのエッセイ。

スタバで、オーダー方法に戸惑うおじさんの描写が、秀逸だ。

 スタバ申請書では様々な訊問を受ける。
 海外旅行に行って、外国の税関でいろいろ訊かれますね。あれと同様だと思えばよい。
 行列に並んで、白線の前に進んで、いよいよ次は自分、というあのときの心境と同じだと思えばよい。
 税関の人の前に進み出たあとどんなことになるのか。
 ややこしくなるので、ホットに限って話を進めよう。
 選ぶべきコーヒーの種類はおよそ一五種類ある。(中略)
 それを申請したのち、こんどはトッピングを申請する。トッピングは六種類以上あり(中略)そこから一種類ないし二種類、もっとの人はもっと申請する。
 (中略)
 とても覚えきれないので紙に書いてもらうことにした。
 国会の証人喚問に備える人の想定問答風にしてもらった。
「なにになさいますか」
「カフェアメリカーノにヘーゼルナッツシロップをワンショット入れ、そこにフォームドミルクをのせてください」
「サイズはいかがいたしますか」
「中でお願いします」
 この紙を手に握り、スタバの列に並んだ。おじさんの前に四人並んでいる。
 どうしても覚えきれない。いざとなったらこれを読み上げようか。いやいやいくらなんでもそれは……。
 そうだ、試験のときのカンニングみたいに、ボールペンで手の平に書き込もうか。
 いよいよおじさんの番だ。胸が高鳴る。目がつりあがっている。(p275-277)

スタバで並んでオーダーする、その何気ない日常の一幕を、スタバに慣れないおじさんの目線で描いているのが、新鮮。

そして、それを表現する挿絵がまたよい。「オットセイ化」という表現も、お見事!

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ちなみに、私は、スタバでは、ソイラテ(ホット)が好き。小腹がすいているときは、シナモンロールを頼む。みなさんのスタバでのお決まりのメニューは何ですか。

シュラスコ

最後に、シュラスコについてのエッセイをご紹介しよう。

シュラスコとは、ウィキペディアによると、牛や羊などの畜肉を鉄製の串に刺し通し、岩塩を振って炭火でじっくりと焼くブラジルの肉料理である。

この本では、東京・大阪に複数店舗を展開している「バルバッコア」というお店での体験が描かれている。私も何度か行ったことがある。串刺しの大きな肉を、店員さんがテーブルを回って切り分けてくれる。ストップサインを出すまで、ずっとそれの繰り返し。なので、ついつい食べ過ぎてしまう。

クスっと笑ったのが次の一節。

 本当にもういくらでも食べられるのでいくらでも食べ、もうダメ、と思いつつも「いかがですか」と言われると、つい「じゃあ」と言い、この”つい「じゃあ」”が五、六回続き、あとで考えてみたのだが、このとき一切れずつ食べた肉片を全部つなぎ合わせ、重ね合わせてみると、そうですね、ふつうのレストランで出すふつうの大きさのステーキ、あれを、えーと、六枚は食べたんじゃないかな。
 肉を食ってまた肉、また肉を食ってはまた肉。
「わたしの体はワインでできている」と言ったのは女優の川島なお美。
 ぼくはこう言いたい。
「わたしの体は肉でできている」
 あたりまえか。(p302)

おあとがよろしいようで……。

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感想

これを書いている今、口の中に唾液が広がってきた。美味しいものは、私の生きがいだ。美味しいものを食べられない世の中なんて、味気ないし、悲しすぎる。

この本は、美味しいものに関する楽しい考察で、グルメをエンターテインメントに昇華させてくれる。

そして、世界の食文化に対する好奇心を刺激し、次にこれを食べたい、と、次から次へと、生きる楽しみを与えてくれる本。

私のnoteによく訪問してくださる方はご存じだと思うが、私は、いろいろな土地のご当地グルメやB級グルメを探して食べに行き、勝手にレポートするのが大好きだ。この、東海林さだお氏のエッセイは、私の理想であり、お手本のような作品だ。こういう素敵なグルメレポが書けるようになりたいなあ。

食いしん坊のあなた、是非、読んでみてください!

よろしければ、私のグルメマガジン(↓)も、是非お楽しみください!


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