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【読書録】『隠花の飾り』(短編集)松本清張

私の敬愛してやまない作家、松本清張。『ゼロの焦点』『黒革の手帳』などの長編作品が特に有名だが、彼の短編にも素晴らしいものが沢山ある。

こちら、『隠花の飾り』は、彼の短編11編をおさめる作品集。彼の短編集はたくさんあるが、私は特にこの1冊がお気に入りである。どの作品も素晴らしいが、特に好きなのは、『百円硬貨』

この本の多くの話に共通するテーマは、男女の愛。どの作品も短いのに、内容が濃い。そして、感情移入しやすく、いつの間にか作品の世界に引き込まれ、そして意外な結末に、アッと驚いたり、無念だったり、小気味よかったりと、読後に、長く余韻が残る。

私の持っている写真の文庫本は、平成4年第18刷。とても古いものだが、これに収載されていた虫明亜呂無氏の解説文が、この短編集の特徴を見事に表現していると思った。

「女は、(中略)危険すれすれの限界線の上で、男に恋している。そのような恋は、一歩踏み誤れば、自分が自滅してしまうことを、百も承知している。が、そうした恋でないと、女は恋のよろこびを、歓びとして受け付けない。安全で、保証された恋というものは、はじめから、恋として成り立たないからである」

「恋はつねに孤独で、危ういものでなくてはならない。それが恋の魅惑である。彼女が恋している男のために屈辱に耐え、あえて愚行を犯し、時には、犯罪すら厭わないのは、実は彼女自身の恋についてのさまざまな想いが、彼女を駆り立てて、彼女にもっとも危険をふくんだ恋を自覚させるからである。」

「ここに収められた十一の短編が、女性読者に興味を抱かせるのは、それぞれの作品の中に、(中略)女の普遍的な感情が用意周到に、配置されているからである。」

「作者は、わざと、登場人物の心理を省略し、その省略によって欠落した部分を、女性読者に、自由に想像させたり、時には、男の側から見た女の描写をしてみせてくれる。」

これを読むと、私が松本清張に魅かれるのは、もともとミステリーが好きだから、というだけではなく、彼が、女性の愛にまつわる感情を、巧みに作品に取り入れているからかもしれないと思った。

前置きが長くなったが、以下、珠玉の11編の簡単なあらすじを、ネタバレにならない程度にまとめてみた。

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『足袋』

謡曲の師匠である京子が、妻子ある弟子の村井との不倫関係を続けていたが、それがバレてしまう。そこまではよくある話だが、その後、新たな事実が判明し、一層泥沼化した上、驚きの結末となる。不気味で恐ろしい筆致がすごい。

『愛犬』

不幸な結婚の破綻後に愛犬と暮らしている孤独な女性、おみよさんの、その後の恋愛に、彼女の愛犬サブが深くかかわってくる話。やはり驚きの結末。サブの、おみよさんに対する愛情の描写が素晴らしく細やか。

『北の火箭(かせん)』

1968年、ベトナム戦争中のハノイ渡航中に、ベトナム政府からの招待客である、ベルギーの女流詩人ジネット夫人と、カナダ人マートン博士が、それぞれ伴侶のある身でひっそりとアバンチュールを楽しむ様子を、日本人男性二人の視点で描いたもの。

『見送って』

結婚披露宴のシーンから始まる。新婦悠紀子側のスピーチで、新婦の母、基子が、夫亡き後、婚家で忍従してきた話が紹介される。そしてその後…。おそらく多くの女性が拍手喝采するだろう。

『誤訳』

翻訳の第一人者であるネイビア夫人の行った、大きな誤訳の真相に、彼女の知人である外語大教授の麻生が思い至る話。

『百円硬貨』

銀行に勤めている伴子が、恋愛関係にある竜二の離婚の手切れ金のために、職場から大金を持って鳥取まで竜二に会いにいくが…。短いのにドキドキハラハラする展開の末、何とも言えない結末に。

『お手玉』

東北地方の駒牟礼温泉町で起きた猟奇的な殺人事件と、料理屋の未亡人の愛人の自殺について。歓楽街での男女関係が事件に発展する……。

『記念に』

兄の持ってきた縁談を受けるために、それまで内縁ような関係にあった離婚歴のある年上女性との関係を清算することにしたが、結婚式の前夜に......。

『箱根初詣で』

再婚した夫と箱根で初詣中の妻が、たまたま全夫の夫の元妻を見かけたことで、全夫の死にまつわる壮絶な物語を回想する。

『再春』

地方都市のサラリーマンの主婦である和子は、雑誌に応募した小説で新人賞を受賞した。複数の出版社から執筆依頼を受け、中央文壇へデビューをしようとしていたところ、地元の名士である家裁調停委員をやっている菊子夫人に小説のネタのアドバイスを求めたことがきっかけで、思わぬ結末に。

『遺墨』

未亡人であり、熟練した速記者の真佐子が、妻子ある哲学者の呼野博士と道ならぬ恋愛関係を続けていた。博士が心臓発作で死を覚悟し、真佐子に遺言した結果は……。

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どの話も、短いのに、あっという間にストーリーに引き込まれ、あっと驚く結末まで、一気に持っていかれます。長編小説を読むのは苦手、という方にもお勧めです。

ひとりでも多くの方に、松本清張ワールドを楽しんでいただけると嬉しいです!


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