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いつかの夏の面影に、

実家を引き払う事になり、倉庫扱いしていた自分の部屋を片付けるように言われ。はぁ……、面倒くさいと思いながら。
やって来ました、生まれ育ったご実家でございます。

さて、倉庫になっている自室へ、まずは必要な物とそうじゃない物を分けよう、脳内で計画を立ててみる。
そもそも、何が必要だろう。
ここ数年、ああ!なんで無いんだ!なんてならなかったのに……
シャッ、と押し入れを開ける。

子供の頃、嫌いだった押し入れ、今じゃ何とも思わない。
これが大人になるって事なのかな?慣れって言う奴なのだろうか?
なんで嫌いかと言えば、叱られた時に閉じ込められた事を思い出すから……とか、そういうやつ。

もう、そうやって叱ってくれる人が居ないから。
昔の私に、贅沢だぞって言ってやりたい。

押し入れは、ガラクタばかりだ、思い出ばっかりひしめいている。
実用性の無い……ただ懐かしいだけの。

黙々と整理していると、パサっと 何かが落ちた。
昔のノート。何を書いていたものだろう……パラパラとめくる。
汚い字、恥ずかしい落書き。謎のポエムや、いつかの予定。
……うわぁ、これが黒歴史ってやつだ。
なるほどね、恥の多い人生って奴ね。
この頃、何があったのかな……。

全く思い出せないままページをめくると、気になる文章があった。

「トップコートを塗り忘れた爪。
ダンボールひとつに収まった、ひと夏の思い出。」

そのたったひとつのダンボールに収まった思い出ってなんだろう。
ノートには水滴が二滴こぼれた跡、涙?それともただの飲み物の結露?
トップコートってあのマニュキュアの仕上げに塗る透明な奴だよね?
トップコートとダンボール………。
そのふたつの共通点は何?

この年の夏。私は本当に悲しくて泣きながらこんな謎ポエムを残した。

今じゃすっかり忘れている、その悲しい思い出。
この頃の自分が今の私を見たら、きっと怒る。
「なんで覚えてないの?」って。

もし、未来の私が今の悲しい事を忘れていたら。今の私は怒る。
そんなケロッと、大した事のなかったみたいに笑うなって。
きっと怒る。

でも、思い出せない気持ちもわかる。
だって、笑っちゃうくらいこの暗号が解けない。
まず、マニュキュアなんて、あまりに塗らない、この頃は塗っていたのかな?
勝手に思い出を作り変えてみよう。

あの日の夏。
誰かの為に塗った、マニュキュア。きっと、浴衣なんかも着たりして。
でも、トップコートを忘れて、きっと雑やらなんだと言われたりして。
……その人との思い出は段ボールに詰め込んで。
さようなら。

みたいな?どっちにしても黒歴史。

まぁ、でも大丈夫。今じゃそんな事は微塵も覚えていないから。
無責任にそう言えちゃう。
だって、今は違う悲しい事がいっぱいある。
きっと、同じくらい悲しい事が。

今、悲しい事をもしこうやって言葉に残したなら。
いつか、大丈夫って、私は私に言われるのだろうか。

押し入れには、思い出ばかりがひしめいている。
実用性の無い、懐かしいばかりのもの。
要らないものは段ボールに詰め込んで、

さようなら。

鞄にノートを、入れて。
もう、帰る事も無い家を出て。

帰り道で、文房具屋で、新しいノートを買った。

いつか、大丈夫って
言って貰える様に。

いつかの夏の面影に
大丈夫って、言える様に……

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