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短編小説

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(短編)君の瞳を届けたい

(短編)君の瞳を届けたい

 そこに映画館があることは知っていた。ああいうのはミニシアターと呼ぶのか。でも、私達貧乏高校生にとって、東丸プラザの四階といえば、格安イタリアン「イタリ屋」のある場所でしかなかった。
 エスカレーターで四階へたどり着き、私達四人はいつものようにイタリ屋に向かおうとした。なのに、直人が反対方向へと歩き出した。
「何、どうしたの」
 返事をくれない直人の背中を追う。菜摘と春彦も不思議そうに私に続いた。

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(短編)ここにあるもの

 ここは何も、変わっていない。
 飛行機から降りた時の、暖かい空気。夏の終わりの空気を、柔らかくかき回す風。ゆるやかな風にふわりと動く緑の木々。揺れる木々の頭上に広がる空は青く澄み渡っていて。ため息が出たのは、ほっとしたからだろうか。3時間程度のフライトでも疲れてしまう体に、僕はなってしまっている。
 到着口を出ると、すぐに両親の顔が見えた。駆け寄ってくる母さん。その後を歩いてくる父さん。
 「お

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(短編)彼女の家のカレー

 「今晩はご飯作りに行くからね。出かけちゃだめだよ」
 そのようなメールを明がよこした。
 数日前に彼女がうちに来たときに、心配されたのだ。ちゃんと食べているのかと。実際、このところ食欲はあまりなく、見た目にも痩せているのだろう。食べてるよ……とは言ったものの聞き入れてもらえなかった。
 特に出かける用事もないので、「わかった」とメールを打つ。

 17時近く、チャイムが鳴った。玄関を開けると、制

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(短編)明日、また

 明日、また朝が来るかどうか、わからない。
 絶対、なんてあるのだろうか。

 絶対なんてない、という絶対もないことになるけれど……。
 歯切れの悪い考えが出たところで、考え事はいつも中断する。頭の中に白い煙が充満して、周りが何も見えないように。  答えが見つからない、不安な状態を続けることに困って、私は問いかけを投げ出してしまう。

 小さい頃の私は、また朝が来るかどうかわからなくて、怖かった。

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