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かつてできなかった夏休みの宿題を今こそ私たち終わらせよう

イギリスで引きこもり生活を送る私が一日でブッダから蒼井優と山ちゃんの蕎麦屋デートまでを駆け巡りそして遂に我が人生の宿命に挑むまでに至った経緯をお話ししたい。

最近、なんとなく座禅を組んでいる。
YouTubeで見つけた、ベトナムの坊さんが「ブッダはアナタの中にいるヨ…アナタはブッダだヨ…」とやけに愛嬌のある声でつぶやき続ける座禅修行用の動画が気に入っている。
日本にいるときは、ヨガとか瞑想とかベジタリアンとかしゃらくせぇ西洋かぶれの気取った民たちのご趣味ですねといった感じで(完全なる偏見です)敬遠していたのだけど、こちらイギリスはその西洋かぶれの本家本元である、郷に入っては郷に従えということで私はロックダウン中この気取ったご趣味を日課としている。
瞑想にも色々種類があるらしいが、ルームメイトたちがやっている瞑想はラブ&ピース感が強すぎるのと宇宙をイメージした怪しげな音楽が壮大すぎるので私は素朴なベトナムの坊さんに頼りきりである。

思えば、私は初詣にいった際のパンパン手を合わせてからの礼!の時間が誰よりも長く、後ろの人の早くしろやオーラを感じながら退散するタイプだったので、早くしろやオーラを感じずに心おきなく礼!的な時間を楽しめる瞑想は私にもってこいだ、と思ったがどうも違った。

集中できないのである。

初詣のあの10秒間の礼ような張り詰めた緊張感がない。
終わりを気にせずいつまででもしてていいよと言われるとなんかどうしても張りがないというか、だらけた瞑想になってしまうのである。
そうだった、
私は締め切りがないと何にもできないしないただの豚なのだ。
一体なぜどこでどうして間違ってこうなってしまったんだろう。
ふと、小学校のころ夏休みの宿題を必ず最終日の夜ギリギリまでとっておいていたのを思い出した。あの頃から私は変わっていないのか。
この問題がまさか今後の人生すべてに関わってくるとは、先生も教えてくれなかった。

ゴーン、となんかありがたい響きの鐘の音とともに、ベトナムの坊さんはつぶやき続ける。

「ブッダはあなたと共に座っているヨ…あなたのすぐそばニ…」

うんそうかブッダがいるのか、うんブッダとなんとか背筋を正す、目を閉じる……静寂……いいぞ、いいぞ……きてる。身体と外界の境界が曖昧になり、私はスーッとどこか遠い、広大な宇宙の彼方―深遠なる闇だ、なにもみえない、何も感じない―ああそして小さな光が私に向かってくる…あれは一体、なんだろう?

輝く朱色とオレンジの光をまとったそれは――。

エビチリだ。

ああエビチリよ!なんということだ。お前のことを久しく思い出したことがなかった。決してお前を忘れたわけじゃ、いや忘れられるはずがないだろう?最後に食べたのいつだったろうか。っていうかエビチリって名前やばくない?考えるだけであのプチッと弾けるようなみずみずしいエビの食感が脳裏に浮かび上がる、語感がいい。語感が国宝級だよ。何度でも言いたい。エビチリエビチリエビチリ「ブッダは呼吸してイル……アナタも呼吸してイル……」そうだブッダがいるんだ、ごめんねブッダ忘れてた、君のことを考えよう、ブッダ。深呼吸……いいぞ……深呼吸……冷蔵庫の中のケバブは大丈夫だろうか?あれは一週間前にどうしてもジャンクフードが食べたくなり夜中に家を飛び出して買いに走り、ミックス大盛りにポテトフライさらにコカコーラまでつけたもんだからどう頑張っても半分しか食べきれず冷蔵庫に入れてそのままだ。食べなきゃケバブ「ブッダはアナタの中にいるヨ…アナタはブッダ……」ブッダ!ごめんなさい……集中……集中……いいよいいよ……あれ近所の魚屋そういえば営業開始するって言ってたな、エビチリ作ろう、うわテンション上がってきたちょっとまってあのチリの部分ってなんなんだろう?あれ、なに?ゼリー?ゴーーーーーーーン。

終わった。

私の瞑想は、エビチリとケバブで終わった。

完全なる敗北を噛み締めながら私は真っ先にキッチンに向かうと例のケバブの安否を確かめる。
まだいける。
かつてないほどしなびたポテトフライを数本食べ、
それから机に戻りさぁなんか生産的なことをしようと試みるが
ふと、どういうわけだか山ちゃんと蒼井優の結婚について気になりだした。
Google「山ちゃん 蒼井優 結婚生活」
飛び込んできたのは蕎麦屋デート帰りの微笑ましい二人の写真である。
よかったね。本当に良かったね。
蒼井優はなんとなくあんまり好きじゃないような気がしていたのだが、この写真を見て本当に良かったね、という気持ちで溢れた。私ごときに勝手になんとなく嫌いだったけど幸せそうで良かった、と言われても蒼井優の世界にはミジンコほどの影響もない。は?とさえも言ってもらえない。無である。ミジンコどころではなく完全なる無である。ミジンコに申し訳ない。
私ごときが彼らの幸せを喜んだところで、一体世界は一ミリも変わらないのである。
それからさらに私は2019年に結婚した芸能人Neverまとめを開いてしまう。
「AKIRA x リン・チーリン 結婚」
AKIRAってあの浅黒い踊る人?そしてリンチーリンってちょっと待てあの大女優じゃないかと私はすかさずリサーチを開始、すると彼らの結婚式の動画を見つける。
浅黒いAKIRAが中国語でなんか手紙を読んでる。
あまりにも美しいチーリンさんがそれを聞いて泣いている。
私も泣いている。
ハッと時計を見ると、机についてから既に一時間が経過していた。
私は何をしていたのだ。
そして私は一体なぜ泣いているんだ。
意味がわからない。

それからも私の集中力のなさときたらひどかった。
すべてあのエビチリのせいだというような気までしてくる。

集中力・計画力・継続力。

一体どうしたら手に入るのだろうか。
自分の不甲斐なさにだんだん悲しくなってきた。

思えば、私はかつて夏休みの宿題を終わらせたことが一度もない。
ただの一度も、ない。
そもそも、何かを初めて終わりまでキチンと成し遂げたという経験がほとんどない。
何かをコツコツ継続した上で達成したという経験が、私には必要だ。
絶対的に必要だ。
このおうち時間はきっと私に降り注いできた最後のチャンスなのだ、
夏休みの宿題の呪いを解く時が遂にやってきたのだ。

何かごく小さいことでもいいんだ。
毎日継続してできることを見つけよう。
目標を持ち、それに向かって邁進しよう。

達成したい目標、
それは―

ほうれい線をなくす。

そんな馬鹿な。脳裏に秒で浮かんだこのアイデアに私は自分の脳みその深度を疑ったが、とにかく私は直感を信じることにした。

こうして私は、表情筋を鍛える舌回し体操を一日1回一ヶ月続けてみることとなった。
ご存知ない方に説明すると、舌回し体操とは口をしっかり閉じた状態で舌を歯茎の端から端まで全力でなぞり続けるという口元がゴリラになる上地味に辛いという過酷なエクササイズである。

ベトナムの坊さんの呟きを聞きながら舌を回し続ける日々も9日目に突入したある日、部屋のドアを閉め忘れていたらしく隙間から犬がこちらをじっと見つめていた。
アジア人が謎の念仏のようなものを唱えながら奇怪に舌を回し続ける光景など絶対に人様にお見せしてはならない。トラウマ確定である。
部屋のドアを厳重にロックし、皆が寝静まった頃に舌を回し続ける。この緊張感が私を燃えさせる。

このほうれい線が消えたあかつきには、
私は小学生の頃の自分を思いっきり抱きしめてこう言ってあげよう。

きみが今するべきことは思う存分いまを楽しむことだよ、
海にいきなさい、
友達と遊びなさい、
家の中に閉じこもってないでさあ外に出なさい。
この先おうちから出られなくなる時がくるから、その時までそんな紙くずは置いておきなさい。
宿題はどうするのって?

大丈夫。
面倒なことは全部後回しにして、
未来はおばちゃんにまかせなさい。

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