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The Lost Universe 古代の巨大頭足類①頭足類の始まり

タコやイカは奇妙で精巧な生き物です。SF映画に出てくる地球外生命体のような姿をしていて、私たちとは別世界の住民に見えます。彼らの知能や特殊能力は計り知れないものがあり、最先端の分析技術をもってしても、タコやイカの実像は謎だらけです。
とてつもなくミステリアスでクレバーな海洋生物。彼らの進化を紐解いていったとき、さらに不思議な世界が見えてきます。


頭足類とは何者か?

頭足類とうそくるい。多くの人には聞きなれない分類群の名前だと思われますが、言い換えるとタコやイカの仲間です。周知の通り、海洋生態系の構成員として大きな勢力を誇っており、太古から現代に至るまで永く繁栄を続けています。

私たちにとって馴染み深いアオリイカ(魚津水族館にて撮影)。頭足類は海洋生態系の主要な構成者の1つであり、あらゆる浅瀬から深海にまで数多くの種類が生息しています。

彼ら頭足類が一体何者なのかと言うと、無脊椎動物の中の軟体動物というグループに属する生き物たちです。さらに言えば、タコやイカは貝の親戚です。意外に思われるかもしれませんが、イカには「軟甲」と呼ばれる殻がありますし、オウムガイや古代のアンモナイトが殻を装備しています。
一方で、ウミウシやクリオネのように軟体部しか備えていない種類も存在します。ちなみに、ナメクジやカタツムリも軟体動物です

コウイカの軟甲(北九州市立いのちのたび博物館にて撮影)。これは貝殻の名残であり、今では外套膜に内在する部位になっています。
優雅に足を動かすイイダコ(NIFRELにて撮影)。イカには軟甲が残されていますが、タコは殻を一切備えていません。

貝類が硬い殻で防御力を徹底的に強化したのに対し、頭足類は高度な遊泳力と伸縮自在な足を獲得しました。また、殻の制約から解き放たれたことで、頭足類の中からは脊椎動物にも負けないほど巨大になる種類が現れました。ミズダコは小型をサメを捕食するほど強大に成長しますし、海の魔物クラーケンのモデルとなったダイウオウイカやダイオウホウズキイカの大きさは正真正銘のモンスターレベルです

ソデイカの液浸標本(大阪市立自然史博物館にて撮影)。この個体は体重20 kgに迫る大物です。イカの大型種は活動的な捕食者であり、脊椎動物にとっても恐ろしい相手となります。

海の神秘を体現する驚異の生物・頭足類。彼らは我々の想像をはるかに超えた存在です。次々と明らかになる摩訶不思議な生態と特殊能力は、今なお人類を驚かせ続けています。

柔軟なボディに秘められた数々の特殊能力

頭足類の体は頭・胴体・足に分かれています。見ての通り、足はとても本数が多く、獲物を捕獲したり、岩場に体を保持したりと器用に可動します。中には、長い足を複雑に組み合わせて、危険生物に擬態するタコもいます。頭足類の足は、生存競争に有用な最強の武器なのです。

危険な捕食者に擬態して身を守るミミックオクトパス(おたる水族館にて撮影)。長い足を器用に使って、シャコやウミヘビそっくりの姿に「変形」します。
多足化の進んだマダコの液浸標本(鳥羽水族館にて撮影)。損傷が原因で多足化した可能性もありますが、詳細な原因は今も謎です。

彼らの特徴的な器官の1つが口器です。カラストンビと呼ばれるクチバシ型の口を備えており、強力なパワーで捕食対象を噛み砕きます。すでに獲物は無数の強靭な足で捕らえられているわけですから、ろくに抵抗できないまま鋭利なカラストンビで切り刻まれてしまいます。頭足類の捕食スタイルは、他の海洋生物にとって恐怖以外の何物でもないでしょう。

ダイオウイカの口器(石川県立自然資料館にて撮影)。黒い部分はクチバシのごとく硬く、獲物を噛み裂く凶器となります。
古代頭足類として有名なアンモナイトの口器(ふじのくに地球環境史ミュージアムにて撮影)。彼らもクチバシ状の硬い口を備えており、化石として残りやすい部分です。

ハンターとして優れた素質を有しつつ、頭足類の中には体色変化能力や発光能力を備える種類が存在しています。例えばコウイカの仲間は全身に「色素胞」と呼ばれる色素の粒が入った細胞を有しており、この色素胞を膨張・収縮させることで、体の色を自在に変化させられるのです。そして、ホタルイカは数種類の発光器官を備えており、幻想的で眩い光輝を放ちます。
頭足類の特殊能力をあげれば、枚挙に暇がありません。

コウイカの子供(渋川マリン水族館にて撮影)。全身の色素胞を膨らませたり縮めたりして、体の色を変えることが可能です。
体中に発光器官を備えるホタルイカ(ほたるいかミュージアムにて撮影)。産卵期になると、大群でものすごい光輝を放ちます。頭足類の特殊能力は多様性に富んでおり、それぞれの種類に神秘があります。

タコは夢を見る? 驚くべき頭足類の知能 

高い知能を有するのは、決して脊椎動物だけではありません。実は、タコやイカは哺乳類と比較しても遜色ないほど高度な知性を持っているという説があります。事実、イカの脳のニューロン数(神経細胞の数)はイヌに匹敵します
さらに、数々の実験によっても彼らの知能の高さは証明されています。瓶の中に餌を入れてタコに与えると、タコは器用に足を使って、瓶の蓋を開けてしまいます。そして、頭足類は鏡に写った自分の姿を「これは自分自身だ」と認識することができます。このミラーテストは哺乳類でも成功した種類が少なく、頭足類の卓越した潜在能力を改めて認識させられます。

ミズダコの赤ちゃん(越前松島水族館にて撮影)。メスは卵が孵化するまで何も食べず、ひたすら卵を守り続けます。知性が高いだけでなく、頭足類には深い愛情があるのではないかとさえ思ってしまいます。

そして、近年の研究成果にもとづいて「タコは夢を見ているのかもしれない」という仮説が提唱されました。実は、タコの眠りには動的睡眠と静的睡眠が存在しており、そのうちの動的睡眠は人間のレム睡眠と似ています。動的睡眠をしている最中、タコは体の色を変化させていました。
もしかすると、動的睡眠の際、タコは覚醒時の記憶を再現しているのかもしれません。つまり、夢を見ている可能性があるということです。頭足類の知性と神秘性はどこまでも底がなく、人類を驚かせ続けています。

大きなミズダコ(おたる水族館にて撮影)。タコはとても知能が高い生き物であり、近年の研究では夢を見ている可能性さえ唱えられています。

頭足類の誕生と進化

まるで別次元の生き物のような頭足類ですが、彼らも我々と同じ地球生物。生命誕生時の起源は同じです。ただ、進化史の早い段階から脊椎動物の祖先とは袂を分かち、独自の発展を遂げてきました。

矢のような殻を備えるベレムナイトの化石(山形県立博物館にて撮影)。頭足類はタコやイカだけでなく、永い進化の過程で様々な種類が生まれました。

全てが不思議でミステリアスな頭足類。彼らはどのようにして生まれ、どのような進化の道を歩んできたのでしょうか。

5億年前には頭足類が存在していた?

いきなり身も蓋もありませんが、頭足類の祖先については現在も論争が続いています。古生代カンブリア紀において、タコやイカにそっくりな海洋生物の化石は発見されているものの、殻や軟甲にあたる部分が認められていません。また、カンブリア紀(約5億4200万~約4億8830万年前)には殻を背負った頭足類の化石が見つかっていることから、やはり殻のついた貝類の仲間から派生したと思われます。

オルドビス紀前期に生きていたオウムガイ亜綱の頭足類の殻(東北大学理学部自然史標本館にて撮影)。彼らの祖先となる初期の頭足類にも、硬く長い殻があったと考えられます。

初期の頭足類は足を備えていたものの、現在のタコやイカとはかなり異なった姿をしており、遊泳よりも海底を這うことが多かったと考えられます。カンブリア紀の海洋生態系において彼らの勢力はまだ小さく、大型の捕食動物に警戒しながら暮らしていたことでしょう。
しかしながら、この構図は次代になって大逆転します。時代がオルドビス紀(約4億8830万~約4億4370万年前)に移ると、唐突に頭足類が生態系の上位に躍り出ます。

巻貝の殻(いおワールドかごしま水族館にて撮影)。初期の頭足類は、多くの貝類と同じように海底を這い回っていたと考えられます。

太古のクラーケンが支配した時代

オルドビス紀に急速に進化してきたのは、広義のオウムガイ類です。現生のオウムガイと祖先を共有していますが、とてつもなく巨大で、殻の形はまったく違っていました。その中にはダイオウイカ以上に大きかった可能性のある種類も存在しており、まさにオルドビス紀は「クラーケンの時代」だったのです。

現生のパラオオウムガイ(鳥羽水族館にて撮影)。彼らと祖先を共有するオウムガイ亜綱の仲間たちが、オルドビス紀に大繁栄しました。

なぜ頭足類がこれほど急速に発展したのか。もしかすると、カンブリア紀に立て続けに起きた環境異変が関係しているのかもしれません。
火山活動や海中の酸素欠乏が原因となり、急激な海洋環境の変化によって多くの生き物がオルドビス紀を迎える前に絶滅しました。アノマロカリスなどの上位捕食者が滅んだことにより、生態系の中に空白の地位が生まれます。そこに頭足類が入り込み、見事に栄華を極めました。しかも、カンブリア紀の捕食動物とは比べものにならないほど巨大化し、最強のクラーケンたちが地球の海に跋扈しました。
オルドビス紀は、まさに神話の時代。次回では、当時の支配者であった「いにしえのクラーケン」を紹介したいと思います。

【参考文献】
Fortey, R, A., et al.(1989)There are extinctions and extinctions: examples from the Lower Palaeozoic. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences. 325 (1228): 327–355.
編:日本古生物学会(1991)『古生物学事典』朝倉書店
佐々木猛智(2002)『貝の博物誌』東京大学総合研究博物館
Kröger, B., et al.(2011)Cephalopod origin and evolution: A congruent picture emerging from fossils, development and molecules: Extant cephalopods are younger than previously realised and were under major selection to become agile, shell-less predators . BioEssays 33 (8): 602–613. 
Kravchinsky, V. A., et al.(2012)Paleozoic large igneous provinces of Northern Eurasia: Correlation with mass extinction events. Global and Planetary Change. 86–87: 31–36.
巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也, 塚谷裕一(2013)『岩波生物学辞典 第5版』岩波書店
大石航樹(2020)「イカの脳はイヌ並みに複雑だった!145個の神経経路を新たに発見」ナゾロジー https://nazology.net/archives/51526
TBS NEWS DIG(2023)「タコも夢を見ていたり寝不足になる可能性 沖縄の研究チームが発表 人間が見る夢との類似性を指摘」https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/569100
ほたるいかミュージアムの解説キャプション
北九州市立いのちのたび博物館の解説キャプション

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