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The Lost Universe 古代の巨鯨たち①クジラの始まり

今回からは、大海原の王者こと海棲哺乳類クジラの古代種にフォーカスします。現代もクジラはとても大きな生き物ですが、現生種に負けないほど雄大で、神秘的な巨鯨が太古の海洋にも息づいていました。5000万年以上もの永い時を越えて、その生態と進化を追っていきます。


壮大にして美しい海の獣

クジラとは、とてもミステリアスな生き物です。
気の遠くなるような大昔、棲み慣れた陸地を離れて海に還っていた一部の哺乳類。彼らはアザラシやアシカとは異なり、流線型の体とオールのようなヒレを手に入れて、水中に完全適応を果たしました。それこそが、海洋生態系の上位種にあたるクジラたちです。

種類によっては地球史上最大級の哺乳類にまで成長したり、超音波を自在に操ったり、霊長類に迫るほどの高度な知性を発揮したりと、クジラたちは驚異的な生態や能力を数多く見せてくれます。そんな彼らの不思議で美しい姿に、世界中の人々が魅了されています。

なぜ人々はクジラに惹かれるのか

人類の歴史にクジラは深く関わっています。古くより人間はクジラを巨大な食糧源と見なし、あらゆる国でクジラを狩る文化が生まれました。文明が進んで捕鯨は近代的になり、大量捕獲の結果、多くのクジラが絶滅の危機に追い込まれました。
そういった背景もあり、今ではクジラを『食べる』時代から『観る』時代へと移り変わりました。クジラとの出会いは観光資源と化し、たくさんの国と地域でホエールウォッチングをはじめとする人間とクジラの新たな関係性が築かれています。世界中で保護政策が取られたこともあり、総合的なクジラの生息数は徐々に回復しています。

ハクジラ類のオキゴンドウ(2012年に太地町立くじらの博物館にて撮影)。とても人懐っこい子でした。

野生・飼育下を問わず、クジラは人間に対して親密な行動を取ることがあります。それはクジラの知性の高さを裏付ける行為だと思われ、彼らが感情豊かな動物であることに、我々は深いシンパシーと愛着を覚えるのではないでしょうか。

クジラはいったい何の仲間?

「クジラは何の動物の仲間なのか?」と聞かれれば、「クジラはクジラだ」と答える人が多いかもしれません。さすがに「クジラは魚だ」と返答する人はかなり少数であると思いたいですが……。

結論から言いますと、クジラはウシに近い哺乳類です。もっと言うならば、分類学上最も近縁な動物はカバです。遺伝子学的な研究手法により、クジラ目はウシなどの偶蹄目の中に含まれるものとされ、鯨偶蹄目くじらぐうていもくという新グループにまとめられました。

鯨偶蹄目のウシとアルパカの剥製(東京大学総合研究博物館にて撮影)。信じがたいかもしれませんが、どちらも遺伝学的にはクジラの親戚です。

ちなみに、クジラがカバやウシに近い動物であることを証明したのは、日本人の研究者たちです。遺伝子の配列を比較する方法によって、クジラとカバの近縁な系統関係を明らかにしました。

古代クジラの進化と海洋への旅立ち

ウシもラクダもカバもキリンも、クジラの親戚。ここまで来ると、クジラの進化史についても予測できる方はいらっしゃるのではないかと思います。
「ウシみたいな草食動物が海に還ってクジラになったんだ」と考えたくなるかもしれません。

実は、まったくの逆です。
水の世界への帰還を始めた古代のクジラは、獰猛な肉食動物でした。

ワニのようなクジラたち

最古の原始的クジラは、ウシと同じく蹄を持った動物でした。しかしながら、見た目はオオカミとワニを合体させたようであり、浅い水域にて獲物を捕まえる半水棲のハンターだったと考えられています。彼らは古鯨類こげいるい(原始クジラ亜目)という分類群に含まれ、その中で海洋環境に進出した種族が現代のクジラにつながったと思われます。

全長およそ2 mの古鯨類パキケトゥス(福井県立恐竜博物館にて撮影)。約5300万年前のパキスタンで生きていました。とてもクジラには見えませんが、耳の骨の構造は現代のクジラと似ています。
全長3 mに及ぶ古鯨類アンブロケトゥス(国立科学博物館にて撮影)。約5000万年前のパキスタンにおいて、水辺の恐ろしい捕食者だったと考えられています。

現在発見されている中で最古の古鯨類は、約5300万年前(始新世前期)のパキスタンに生きていたパキケトゥス・イナクス(Pakicetus inachus)です。最も初期の同族はさらに古い可能性があり、クジラの起源は約6000万年前あたり(暁新世中期)までさかのぼるかもしれません。
すでにパキケトゥスは現生クジラと共通する特殊な耳の骨を備えており、水中に伝わる振動を音として感じ取ることができました。イヤホンにも応用されている骨伝導と同じ原理です。

パキケトゥスが生息していた地域では『テティス海』という遠浅の海が果てしなく広がっており、水辺で活動する初期の古鯨類には理想的な環境でした。おそらく彼らはカワウソのように睡眠や子育ては陸上で行い、狩りの際に水中に潜って魚などを捕食していたことでしょう。

いよいよ無限なる海へ

パキケトゥスたち初期古鯨類は水辺の生態系の中で上位の捕食者となり、生息地を次第に海洋へと拡大していきました。蹄のついた前足は胸ビレへと変わり、尻尾の先端の皮膚が変化して尾ビレを形成。使用することのない後足は退化していきました。この大変身を経て、水中で体を巧みにコントロールできるようになりました。

極めつけは、飛躍的な大型化です。海の浮力に助けられてクジラは体躯を大きくする方向へと進化し、やがて他の海洋生物を圧倒するほど巨大になりました。こうなれば、今まで恐れていたサメなどの肉食魚にも十分対抗できます。かつて魚類や海棲爬虫類が座していた海の王者の地位に、ついにクジラたちが君臨するときがきたのです。

生存競争の舞台は無限の大海原へと移ります。
栄華を極めた太古の巨鯨たちの姿を、最先端の研究成果と共に見ていきましょう。

【参考文献】
Nikaido, M., et al. (1999). “Phylogenetic relationships among cetaritodactyls based on insertions of short and long interspersed elements: Hippopotamuses are the closest extant relatives of whales”. Proc. Natl. Acad. Sci. 96 (18): 10261-10266.
土屋健(2018)『海洋生命5億年史 サメ帝国の逆襲』文藝春秋
鳥取県立山陰海岸ジオパーク海と大地の自然館(2018)『幻の海「テチス海」』ニュースレターGeofield, Vol.16, 2018, 11.
乾政秀(2019)『ホエールウオッチングと商業捕鯨の再開』一般社団法人楽水会https://rakusui.or.jp/mailmag/2019/07/011542343877 
鯨と海の科学館(2020)『クジラの足のおはなし』https://yamada-kujirakan.jp/info/info-565/
長谷川政美(2020)『分子情報にもとづいた真獣類の系統と進化』哺乳類科学第60巻第2号, P269-278.

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