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The Lost Universe 古代の巨大水鳥①水鳥の始まり

優雅な飛行で水平線の彼方から現れ、朝焼けの水辺に舞い降りる水鳥たちは誠に美麗です。細い足を優雅に運び、水面に波紋を描きながら歩く様は、言葉にならないほど美しく感じられます。
きれいで繊細、か細くて女性的な印象がある水鳥たち。ですが、太古の地球には、現代の大型コンドルさえ真っ青になるほどの超大型種が存在していました。新生代に繁栄した巨大水鳥たちの栄枯盛衰の歴史を、最新の研究に沿って探っていきたいと思います。


水鳥とは何者なのか?

まず結論から言ってしまうと、「水鳥」という言葉に分類学的な効力はなく、明確な定義はありません。端的に表しますと、水辺(河川・湖沼・海岸・水田・湿原など)で暮らし活動する鳥たちの総称が水鳥なのです。干潟や池で獲物を探すサギ類も、水面に浮かびながら泳ぐカモ類も、海中に潜って狩りをするペンギン類も、等しく水鳥であると言えます。

水辺に佇むアオサギの姿は、まさしく水鳥。意外かもしれませんが、彼らはペリカンの仲間です
水面を泳ぐ野生のカイツブリ。水鳥と呼ばれる鳥たちの中には、飛行能力と遊泳能力を併せ持つ種類も存在します。

彼らの進化に迫る前に、現代の水鳥たちの世界を覗いてみましょう。彼らの実像を詳しく知れば、さらなる水鳥の魅力に気づけると思います。

とてつもない水鳥たちの多様性

鳥類そのものが最も繁栄している陸上脊椎動物ということもあり、水鳥の種族は非常に多様です。目や科の単位で見分けるよりも、種のレベルで「水鳥」にカテゴライズする方が妥当だと言えます。例えば、同じカワセミ科でも、カワセミやヤマセミは魚を専門に食べる水鳥ですが、ワライカワセミやアカショウビンは主に陸域にて狩りを行います。

「清流の宝石」と呼ばれるカワセミ(アクアマリンいなわしろカワセミ水族館にて撮影)。水中にダイブし、水棲生物を捕食する水鳥です。
ワライカワセミ(川崎水族館にて撮影)。カワセミと同じグループですが、本種は都市部や乾燥地域にも適応しており、水鳥とは言えません

我々が「水鳥」と呼ぶ鳥たちを分類群ごとに分けてみると、圧巻の多様性が強く理解できると思います。筆者が目の単位でざっとあげてみると、「水鳥」に属するのはカモ目・ツル目・カイツブリ目・フラミンゴ目・チドリ目・アビ目・ペンギン目・ミズナギドリ目・コウノトリ目・カツオドリ目・ブッポソウ目・ペリカン目などです。先述の通り、それぞれのグループの全ての鳥が「水鳥」ではなく、陸域でメインに活動する種類もいますので、正確に分類するには科よりも下の単位で判断しなくてはなりません。

漁港の常連とも言うべきウミネコ。チドリ類に属するカモメ科の水鳥です。
水面に浮かぶエトピリカ(海遊館にて撮影)。ペンギンそっくりですが、実はウミネコと同じチドリ類の水鳥です
大型の水鳥チリーフラミンゴ(横浜・八景島シーパラダイスにて撮影)。彼らは塩湖やアルカリ性の高い水域でも生活することが可能であり、水鳥の適応力の高さが伺えます。

もちろん、それぞれの分類群によって異なる特性があり、種族の数だけ進化と繁栄の歴史があります。これほどまでにバラエティ豊かな種類の鳥たちが、なぜ水辺に集まってくるのでしょうか。
水鳥が生態系の中で果たす役割とはいったい何なのか、グローバルな視点で考察していきましょう。

水鳥が作り上げる生命の大循環

自然界において、水鳥は非常に重要な役割を果たしています。陸域と水域、2つの環境を行き来する彼らは、生態系をつなぐコネクターなのです。

葛西臨海公園の鳥類園。植生の豊かな湿地は生き物が多く、水鳥の集まりやすい環境なのです。

周知の通り、水鳥は水辺で狩りを行い、陸地で睡眠や子育てを行います。その生活サイクルの中で、水域の生産物である魚やエビは水鳥の糞や死骸に姿を変え、窒素やリンなどの物質が大地に供給されます。水鳥が運んだ物質は、陸上の植物や動物に利用され、生態系の中を循環しているのです。

池を歩き回るチュウサギ。水辺で狩りを行い、陸地で睡眠や子育てを行う彼らは、2つの環境の物質輸送の役割を担っています。

カツオドリやアジサシやミズナギドリなどの海鳥となれば、海洋と陸域のコネクターとして活躍します。海で捕獲した魚介類の栄養分は、鳥たちの糞や死骸の中で生き続け、陸地の環境に影響を与えます。魚の体にはリンが多く含まれており、生物体の構成物資として重要なリンが水鳥によって供給されていると捉えることもできます

小笠原諸島の沖合で発見したカツオドリ。彼らは魚を食べ、リンの濃度の高い糞を地上に落として、生態系に影響を与えています。

はるか太古から、水鳥の活躍によって、陸と水の間に物質輸送の一大経路が築かれてきました。水鳥なくして、現在の豊かな生態系は成り立ちません。水鳥の棲む環境を守ることは、間接的にとても多くの生命の保全につながるのです。

水鳥たちの進化

学校の教科書に記してあるように、肉食恐竜の一部が鳥へと進化し、多種多様な種族を生み出しました。それでは、水鳥の仲間たちはいつ頃生まれたのでしょうか。

羽毛の生えた小型肉食恐竜の復元模型(北九州市立いのちのたび博物館にて撮影)。彼ら獣脚類じゅうきゃくるいの仲間から鳥が生まれ、水鳥を含む多くの種類へとつながっていきます。

原始的な鳥類たちは、すぐ現在の水鳥のような生態系地位を獲得したわけではないと思われます。水辺にも空にも、すでに優秀な飛行生物がライバルとして君臨していたのです。そう、プテラノドンに代表される空飛ぶ爬虫類・翼竜たちです!
翼竜たちの多様化と特殊化は驚異的であり、水辺での狩りを得意とする種類が多数確認されています。海鳥のごとく洋上で魚を捕食する種類、干潟や浅瀬にて小型動物を狩る種類などが存在し、現在の水鳥たちの生態的地位は翼竜たちによって占められていたのです。

魚食性の翼竜アンハングエラ(徳島県立博物館にて撮影)。現在のミズナギドリ類と同様に、飛行しながら水中の魚を捕食することができました。
水中のプランクトンを濾過して食べる翼竜プテロダウストロ(いわき市石炭・化石館ほるるにて撮影)。水鳥で例えるなら、フラミンゴの生態系地位に相当する水辺の翼竜でした。

しかしながら、恐竜のしたたかさを受け継ぐ鳥たちは、新たな生態的地位を得るために、着々と進化の戦略を練っていました。やがて彼らは、翼竜たちが支配する空と水辺にも進出していくのです。

恐竜時代、すでに水鳥が存在していた!

数々の化石証拠から、中生代の後半において、鳥たちはかなりの多様化を成し遂げていたことが判明しています。その過程で、水辺に生息する鳥たちも数多く生まれました。
特に、白亜紀前期(約1億1000万年前?)に出現したと言われる真鳥類しんちょうるい(現代の鳥を含む進化型の鳥類のクレード)の中には、現代の水鳥に近い生態の種類が存在していました。代表的な種類としては、飛べないカワウのような姿をしたヘスペロルニス属(Hesperornis)、生態も外見もアジサシに似たイクチオルニス・ディスパル(Ichthyornis dispar)です。

白亜紀の水鳥ヘスペロルニスの骨格(国立科学博物館にて撮影)。発達した後足を水を掻き、巧みに水中を泳ぎました。

ヘスペロルニスは約8360万~約7200万年前(白亜紀後期)の北アメリカやロシアに生息していた水鳥です。飛行能力を有しておらず、水中に潜って魚などを捕食していたと考えられます。摂食生態はペンギンに近いですが、前足を使って水中を飛ぶように泳ぐペンギンとは異なり、ヘスペロルニスはカワウと同様に後足で水を蹴って泳いでいたと思われます。

一方、イクチオルニスは高度な飛行能力を備えており、沖にて海水魚を捕食する海鳥だったと思われます。約9600万~約6500万年前の北アメリカの沿岸にて、現生の海鳥と同じように大きなコロニーを形成して暮らしていたと考えられます。彼らは優雅に洋上を飛び回り、勢いよく海にダイブして水面下の魚を捕まえていたことでしょう。

魚食性の水鳥と考えられるイクチオルニス(国立科学博物館 特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」にて撮影)。現代の水鳥とは別系統であり、クチバシには歯が生えていました。

ただ、ヘスペロルニスやイクチオルニスは真鳥類に属しているものの、現生鳥類の直系の祖先ではありません。両種とも白亜紀末期にて系統が途絶えており、新生代に子孫を残すことはできませんでした。

白亜紀の末期になると鳥たちは多様化をさらに加速させ、現代の水鳥に近いタイプの種類を誕生させました。ツル類やチドリ類の祖先と見られる種類の化石も発見されており、翼竜たちに負けないほど鳥たちは種族を増やしていたのです。
水を飲みに河辺に飛来した巨大な翼竜。その側で、水鳥たちが浅瀬を歩き回って狩りをしているーーそんな光景が、白亜紀の終盤ではごく普通に見られたことでしょう。

ツルの仲間であるタンチョウ(井の頭自然文化園にて撮影)。ツル類の基盤的な祖先種は、恐竜時代の後半には存在していたと考えられます。

新生代に大躍進した水鳥たち

白亜紀末期(約6500万年前)の環境激変において、地球生命は大打撃を被りました。この未曾有の大量絶滅を生き延びた鳥類は、新生代の到来と共に世界中に爆発的に放散していきます。翼竜の絶滅によって空白となった生態的地位に鳥たちはどんどん入り込み、さらに多種多様な水鳥を生み出していきます。

新生代の古代ツル類メッセロルニス(徳島県立博物館にて撮影)。彼らが水鳥だったのかは定かではありませんが、魚を食べていた可能性はあります。

新生代における鳥たちの進化速度はかなり速く、現生の水鳥と同タイプの種類が次々に誕生していきました。我々のよく知るタイプのサギやカモの仲間はもちろん、初期のペンギン類も新生代の序盤にて登場しています。同時代に大繁栄した哺乳類と比較しても、鳥たちは決して勢力で負けていたわけではないのです。

約900万年前の地面にマナヅル類がつけた足跡化石(山形県立博物館にて撮影)。新生代の後半では、現代と変わらぬ水鳥たちが河川や湖沼に舞っていたと思われます。
飼育施設の一大アイドルであるケープペンギン(NIFRELにて撮影)。彼らの祖先の登場は新生代の初期に起こっており、海鳥の進化が急速だったことを示しています。

古代から、生態系で重要な役割を果たし続けてきた水鳥。彼らの中には、信じがたいほど巨大なサイズの超大型種が数多く存在していました。次回からは、太古の水域を舞った巨鳥たちを種族ごとに紹介していきたいと思います。

古代から現代まで、水鳥の種類はとても膨大です。その過程で誕生した超大型種とは、いったいどのような種族だったのでしょうか。

【参考文献】
Cracraft, J.(1973)Systematics and evolution of the Gruiformes (class Aves). 3, Phylogeny of the suborder Grues. Bulletin of the American Museum of Natural History. 151: 1–127. (see p. 47 for photographs)
堀正和(2001)「アオサギの繁殖活動が陸上生物多様性に及ぼす影響」http://www.akkeshi-bekanbeushi.com/josei/report/report_h13/02hori.html
Clarke, J.A.(2004)Morphology, phylogenetic taxonomy, and systematics of Ichthyornis and Apatornis (Avialae: Ornithurae). Bulletin of the American Museum of Natural History. 286: 1–179.
Alyssa, B., et al.(2015)Hesperornithiform birds from the Late Cretaceous (Campanian) of Arkansas, USA. Transactions of the Kansas Academy of Science. 118 (3–4): 219–229.
土屋健(2024)「【コカトピ!】小さな新種の化石が、ペンギンの進化の鍵を握る?」KoKaNet 子供の科学のWebサイト https://www.kodomonokagaku.com/ 
西海功, 濱尾章二, 對比地孝亘(2024)公式図録『国立科学博物館 特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」』日本経済新聞社
山形県立博物館の解説キャプション


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