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「ズルい奴ほどよく吠える」4,4A

■04 織部印刷工場
 
井上。五月蝿い中仕事を眺めている。
 
織部  「あ、先輩(機械を止めて)」
井上  「よお」
織部  「声かけてくださいよ。気付かなかったですよ」
井上  「いいのいいの。商売繁盛はいいことだ」
織部  「いや全然です。パソコンでできることが増えちゃったから印刷業界はもう零細中の零細ですよ」
井上  「敵はパソコンかあ。便利なのも考えものだねえ」
織部  「ホントですよ」
今日子 「井上さんご無沙汰しています」
井上  「今日子ちゃん、元気?」
今日子 「おかげさまで。あ、お茶を」
 
今日子、茶を出しに行く。
 
井上  「(今日子を見送って)ちょっとキナくさい話を耳にしてさ」
織部  「はあ」
井上  「何でも東京オリンピックに向けて都内の再開発をするんだって知事が息巻いてるらしい。この辺りも対象だそうだ」
織部  「らしいですね」
井上  「知ってるのか?」
織部  「こないだ大手建設の人が来てそんなこと言ってました」
井上  「大手建設?よりによって大手建設か・・・」
織部  「何かあるんですか」
井上  「ソトヅラは日本屈指の建設会社なんだけど、裏側では結構荒っぽいことやってるって話だ」
織部  「え?でもウチに来た人はすっごい感じのいい人でしたよ」
井上  「お前バカだな」
織部  「すいません。中卒なんで」
井上  「中卒関係ねえだろ。最初はそういうもんなんだよ」
織部  「そうなんですか・・・」
 
今日子が茶を淹れて戻ってくる。
 
今日子 「どうぞー」
井上  「ああ、お構いなく」
織部  「今日子、こないだ大手建設の人が来ただろ?」
今日子 「ああ、再開発がどうとか言ってた」
織部  「そう、あの人ヤクザらしいぞ」
今日子 「ヤクザ?まさか!あんないい人が?」
井上  「いやヤクザじゃないけどね」
織部  「違うんですか?」
井上  「お前ホントバカだな」
織部  「中卒なんで」
井上  「だから中卒関係ねえだろ。裏の顔も持ってるってこと」
今日子 「裏の顔?へえ、そういうもんなんですか」
織部  「な?あんなに呑気なCMソング歌ってるのにな」
今日子 「ホントよ」
井上  「『あなたのための~大手~建設~♪』ってヤツな」
今日子 「え?」
織部  「井上さんオンチなんだ」
今日子 「うん」
井上  「聞こえてるよ・・・しかしお偉いさんたちも勝手だな、昭和の高度経済成長を支えてきたこういう町工場をオリンピックが来るってなったらいきなりゴミ扱いだもんな」
織部  「ゴミって」
井上  「だってそうだろ。今までの功績なんてすぐに忘れる。70年代の高度経済成長はこういう町工場が支えてきたんだぞ・・・嫌な時代だよ」
織部  「そういうことを週刊文春はズバッと斬ると」
井上  「そういうこと。織部、何かあったらすぐに俺に連絡しろよ。ペンは剣より強しだ」
織部  「分かりました。ありがとうございます」
井上  「今日子ちゃんも」
今日子 「はい」
明日香 「すいませーん」
今日子 「どうぞー」
 
明日香が来る。
 
今日子 「明日香さん」
明日香 「・・・」
井上  「どちら様?」
織部  「ああ、マーくんとお付き合いをしてる山中明日香さん」
井上  「マーくんの?どうもー」
明日香 「どうも」
織部  「で、こっちは僕の中学の先輩、井上さん」
井上  「井上です。マーくんをよろしくね」
明日香 「はい」
今日子 「ごめんね、政春まだ帰って来てないのよ」
明日香 「いえ・・・ちょっと相談があって」
今日子 「相談?」
 
井上、気まずい空気を察して
 
井上  「あ、じゃあ俺そろそろ仕事に戻らなくちゃ」
織部  「そうですか。すいません」
今日子 「井上さん気をつけて」
井上  「ああ、じゃあまた来るわ。明日香さんもまた」
明日香 「はい」
 
井上、去っていく。
 
明日香 「すいません。何か気を遣わせちゃったみたいで」
織部  「いいのいいの。明日香さんのほうが大事だから」
今日子 「そうそう」
明日香 「そんな」
織部  「それで明日香さん、相談って?」
明日香 「あの・・・さん付けじゃなくていいです」
織部  「え?」
明日香 「さん付けって何だか距離を置かれてるみたいで」
織部  「分かった。じゃあ明日香ちゃん」
明日香 「はい」
今日子 「明日香ちゃん、相談って呼び方のこと?」
明日香 「いえ・・・この工場のことです」
織部  「ここ?」
今日子 「?」
明日香 「実は政春さん、先日ここで会った木田という男と電話してたんです」
織部  「木田って?」
今日子 「あれよ、大手建設の」
織部  「えっヤクザの?」
明日香 「ヤクザ?」
織部  「いえいえこっちの話。どういうこと?うちには全然来てないよな」
今日子 「来てない」
明日香 「政春さんから何か聞いてませんか」
織部  「全然。聞いてる?」
今日子 「全然、でなんて?」
明日香 「誰と電話してたの?って聞いても『仕事の電話だ』って。でも木田って知り合いは他にいないんです・・・心配で」
今日子 「そう」
織部  「木田なんて名前どこにでもあるだろ」
今日子 「政春に電話してみる」
織部  「電話してどうすんだよ」
明日香 「私がここにいることは内緒にしてください」
今日子 「分かった」
織部  「いやちょっと待てって。何聞くんだよ」
今日子 「いいから黙ってて!」
織部  「・・・」
今日子 「あ、もしもし政春?・・・最近何か困ったことない?・・・え?・・・そういうわけじゃなくて・・・えーと・・・明日香さんとは上手くやってるの?・・・ああそう・・・いや、何となく電話しただけ。じゃあね」
織部  「何がしたかったんだよ」
今日子 「だって向こうから相談してくれなくちゃ話ができないじゃない」
織部  「そりゃそうかもしれないけど、木田のこと聞かなきゃ」
今日子 「だったらオサムちゃんから言ってよ」
明日香 「そうですよ」
織部  「ごめんなさい。何で俺が怒られてるんだよ。大体あの木田がその木田かどうか分かんないだろ」
今日子 「政春は一人で抱え込むタチだから」
明日香 「そうなんですよ」
織部  「確かにな。今度俺からも聞いてみるよ」
明日香 「お願いします」
今日子 「あ、おなか空いちゃった。明日香ちゃんごはん食べて行くでしょ」
明日香 「はい」
今日子 「じゃちょっと手伝ってくれる?」
明日香 「はい」
 
     二人捌けて行く。
 
織部  「お前ら仲いいな・・・」
今日子 「オサムちゃんも手伝って!」
織部  「はいはいはいはい」
 
ライトチェンジ。
 
 
■04A 道端
 
舞台手前に政春がいる。
木田が来る。
 
木田  「すいませんお待たせして」
政春  「いえ。お話って何ですか?」
木田  「政春さん、あなた福沢学園にお勤めなんですよね」
政春  「そうですが・・・家の話じゃないんですか」
木田  「そうです。お住まいの工場の話です」
政春  「だったら僕の職場は関係ないじゃないですか」
木田  「大熊健太くん。ご存知ですよね」
政春  「知ってますけど」
木田  「そりゃそうですよね。担任ですもんね」
政春  「何で知ってるんですか?」
木田  「僕の仕事なんで」
政春  「・・・」
木田  「健太くんのお父様が学園に莫大な寄付をしていることは?」
政春  「聞きました」
木田  「その寄付金があなたのせいでなくなるかも知れません」
政春  「僕のせい?どういうことですか」
木田  「大熊さんは会社を経営なさっているんです」
政春  「だから?」
木田  「あなたに関係がある会社ですよ」
政春  「まさか・・・大手建設」
木田  「正解です」
政春  「工場を売れってことですか?」
木田  「あ、これ(銀行の封筒)取っておいてください」
政春  「(中を見て)これ・・・」
木田  「気にしないでください。私たちからの気持ちです」
政春  「受け取れません。結構です」
木田  「受け取っても受け取らなくても私たちにとっては一緒ですから」
政春  「しまってください」
木田  「大丈夫。ただのお車代です」
政春  「受け取れません!」
 
暗転。
    M:大手建設のCMソング

<5>に続く


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