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【考察】大江健三郎『死者の奢り』でキャリアを考える

はじめに:なぜ大江健三郎は紹介しにくい?

ご閲覧いただき、誠にありがとうございます。イシカワ サトシです。

このnoteは『小説のベネフィット(価値)を上げることに貢献する。』を目的とした一風変わった読書ブログです。

第三弾は大江健三郎の『死者の奢り』

世界に誇るノーベル賞作家、大江健三郎のデビュー作。ノーベル文学賞受賞作である「万延元年のフットボール」を始め、「飼育」「個人的な経験」「洪水はわが魂に及び」「燃え上がる緑の木」など、数々の名作を世に残してきました。

しかしですよ。。この作家、癖が強すぎて非常に紹介しにくい。。「世界が認めた日本人作家、のド定番」ですし、文学史では必ず名前が挙がる人物なのですが。。私の周りの本好きな人も、大江健三郎は読んだことがないって人、非常に多いです。

理由として、おそらく下記なのかなと。

・物語に登場する情景が想像しにくい。
・文体が非常に特殊。一文がかなり長いことが多く解読が困難。
・読むに耐えないほど、グロテスクな描写もたまに存在する。

小説の価値を上げなきゃいけないのに、いきなり価値を下げるような文章を書いてしまいましたが。。しかしノーベル文学賞まで受賞した作家が「無駄に読みにくくてつまらない作家」な訳がありません。評価されるには必ず理由があります。またこの作家さん、現代を代表する作家に高評価なんです!例えば伊坂幸太郎、中村文則、阿部一重、など。

「じゃあ作家さんだけが楽しい作品なの?」

いや、そんなことないかと思います。
大江健三郎は一部のエリート向けに書かれた作品ではありません。大江健三郎なりにわかりやすく伝えようとしてくれています。ただ厄介なのは、非常に前衛的な作品も多いので、読み方や順番を間違えると「何が言いたいの??」ってなりがちな作家さん。

なので今回は、大江健三郎ファンの中でも「最初に読むべき作品」に挙がりやすい『死者の奢り』を扱いたいと思います。私も大江健三郎をいくつか読んできましたが、『死者の奢り』から読む事をオススメします。いきなり『性的人間』とか読んでもほんとしんどいですよ。笑

しかしこれでもタイトル的に読みたい人は少ないかと思います。なので誰もが必ず考えるであろう「キャリア」「仕事」と交えて解説していきます。

就く仕事によって『人間の価値』は変わるのか

早速解説スタートです。
大江健三郎の場合、いきなりあらすじ紹介をしても「なんでこんな本読むの?」ってなりがちです。なので、ここでクエスチョン!

人間は就く仕事によって価値が変わると思いますか?

極端な例を挙げましょう。外資金融コンサルタントと、コンビニアルバイターのどっちが「価値」が高いでしょうか。仮にですよ。「人は平等だ!価値は一緒だ!」と答えた人。なぜそう思うのでしょう?

大学生は「自分の価値を上げるため」必死に就職活動に励みます。そもそもなぜでしょう。やりたい事をやるのも人生です。でも世間は人を「性格」で判断するのではなく、年収・勤め先など「価値」で判断しがち。私も転職を経験しているのでよくわかります。人が年収を上げようとするのは、「人と比べて価値の高い人間に見られたい」と無意識に思うそうです。

このように度々登場する「価値」という言葉。他にもキャリアでは大事なことがあります。それは生きる上での「環境」です。また極端な例を出しましょう。外資金融コンサルタントと、コンビニアルバイターの生活環境は一緒でしょうか。おそらく、衣食住や考え方など、生活環境は大きく異なるでしょう。

前回紹介した『海と毒薬』と通ずる点でもあります。日本人は特に環境に依存しやすい国民性。今回紹介する『死者の奢り』はこの「環境」に焦点を充てた作品の一つです。

あらすじ紹介:『死体処理』というお仕事

簡単にあらすじ紹介です。Wikipediaのあらすじをさらに短く編集してみました。また詳細なあらすじはWikipediaをご覧ください。

1,主人公〈僕〉は、アルコール水槽に保存されている解剖用の死体を処理するアルバイトに応募。休み時間、〈僕〉は外へ出て、水洗場で足を洗っている女学生に出会う。
2,彼女は妊娠しており、堕胎させる為の手術の費用を稼ぐ為にこのアルバイトに応募。女学生は、曖昧な気持ちで新しい命を産んだら、酷い責任を負うことになる。だからといってその命を抹殺したという責任も免れないという、暗くやり切れない気持ちを抱える。
3,全ての死体を新しい水槽に移し終えた後〈僕〉は一旦休憩を挟む。その際に女学生は部屋の隅に行って吐いていた。女学生は、水槽内の死体を眺めていたところ「赤ん坊を生んでしまおう」と思う。赤ん坊は死ぬにしても、一度生まれてからでないと収拾がつかないと考えていたところだと告白。
4,管理人室に戻ると、大学の医学部の助教授が、古い死体は全部、死体焼却場で火葬する事で決まっていると管理人に話し込んでいた。管理人は渋々、新しい水槽に移した死体を焼却場のトラックに引き渡す事を承諾。
5,管理人は<僕>に、アルバイトの説明をしたのが自分ではなく事務の人間だったことを覚えていてくれと言った。

前述したように、あらすじを最初に述べたところで「なんでこんな本読むの?」ってなる作品なんですよ。。笑
Wikipediaには、サルトルの実存主義がうんたらって書いています。しかしそんな複雑に考えないで、もっと楽に読みましょうって思う訳です。私も実存主義は正直わかりません。。

主人公〈僕〉は死体処理でどう思考が変わったのか

このようにあらすじを追っただけの場合、「何が言いたいの?」となる小説の典型例。ではどのように読むのが良いのでしょうか。前述したように「仕事によって変化する思考」に着目していきます。

まず主人公の〈僕〉。
死体のアルバイトをしている間、死体を見て「様々な思考」が生まれていきます。

そういう事だ、と思った。死は《物》なのだ。ところが僕は死を意識の面でしか捉えはしなかった。意識が終わった後で《物》としての死が始まる。
死んでから火葬される死体は、これほど完璧に《物》ではないだろう、と僕は思った。あれらは物と意識との曖昧な中間状態をゆっくり推移しているのだ。それを急いで火葬してしまう。

言わば心の中で「死者と対話」をしているのです。この小説では実際に〈僕〉と死者が対話する描写があります。死体処理という不思議な環境下で、〈僕〉は今までにない考え方がどんどん生まれているのです。

死体と対話しているので、客観的には相当ヤバイやつですよね。。この本ではこんな場面があります。〈僕〉と教授の対話シーン。

教授:「こんな事、何のためにやっているんだ?」
〈僕〉:「お金が欲しいと思って。」
教授:「こんな仕事をやって、君は恥ずかしくないか?君たちの世代には誇りの感情はないのか?」
僕は激しい無力感にとらえられた。この手ごたえだけ重い、不可解な縺れをとくことはできないな。生きている人間を相手にしているのでは、決してそれは、やれないな。

ここら辺がこの本の面白いところ。すでに〈僕〉は「死体処理をしている人間」として思考しているのがわかりますでしょうか。死体処理の仕事前後で、僕の頭の中は違うものになっています。「死体ありき」で感情の描写が生まれています。

死体処理歴30年、管理人の思考

本作の重要な登場人物である管理人。死体処理歴30年のベテラン選手である管理人ですが、彼もこの変わった環境にいることで、一風変わった思考がこびりついています。

「俺に最初の子供が生まれた時には、不思議な感情だったな」と管理人がいった。「毎日死んだ人間を、何十人と見廻って歩いたり、新しいのを収容したりするのが俺の仕事だ。その俺が新しい人間を一人生むというは不思議だな、むだなことをしているような気持ちだった。・・・・・

どうでしょう。「誕生日」「生誕祭」という言葉が全世界でありますよね。人間は新しい命が生まれたら、お祝いするくらい嬉しいと思うもの。しかし、死体を毎日見ている管理人にとっては、違うようです。

終わりに:仕事で歪んだ思考はどう対処すれば良いのか

「どうせ死体処理という特殊な環境だからでしょ?」と思った人は要注意です。通常の社会でも、仕事環境によって思考が歪むことが多くあります。

実体験ですが、私もそんな経験があります。
私は前職に、あるWEBマーケティング会社に勤めていました。この職種は業界的にもブラックになりやすい職種の1つ。私も朝の9時から終電まで働く生活を繰り返していました。周りからは「もう辞めときなよ。。」と言われていましたが、私としてはその仕事が「楽しかった」のです。結局体がボロボロになり、適用障害になるまで働いてました。

これはある一例ですが、世の中にはこんな環境があるらしいです。

死ね、という暴言が当たり前になっている環境
徹夜が当たり前なのに、残業代が全く出ない環境
仕事に失敗したら、責任をとるために罰金がある環境

でもこのような環境にいる人って、自分が「ヤバイ環境にいる」ってことに気がつかない。なぜか。「周りも同じ思考で働いているから」です。特に日本人は「和」を重んじる国民性のため、尚更「ヤバイ環境にいる」ことに気付きにくい。

ではどうすればこの「ヤバい環境」に気づけるのか。

色々な考え方に触れることが大切なのではないでしょうか。
具体例として、全体主義・社会主義は「情報統制」「思考統制」によって破滅へと進みました。ここでいう「ヤバイ環境」とは、多様性が欠陥しており、様々な価値観が混入しない環境のことかと思います。言わば、「閉ざされた壁の中で生きる状態」

思考の多様性を増やすには、様々な思考に触れる機会を意識的に作らないといけません。例えば、様々な人とお話する、本をたくさん読む、様々な所に出かけるなど。。

この本は極端な物語で、このような気づきを与えてくれます。あらすじだけでなく、ちゃんと読めばこのような視点に気づける価値の高い作品。表面だけなぞることを推奨しない、熟読を重ねる価値がある作品かと思います。

いかがでしたでしょうか。
最初にも述べましたが、大江健三郎を読んでみたい人はまずは『死者の奢り』から読んでみましょう。しかも60ページとかなり短めです。また特徴的な文体を持つ作家ですが、『死者の奢り』は比較的マイルドで読みやすいかと思います。他にも名作は多いので、また別の機会に紹介したいなと。

小説の価値を感じてくれる人が、一人でも増えてくれたら幸いです。


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