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描写⑧現実的な”線”

 「直線と曲線どっちが好き?」

 彼女は突然に聞いてきた。卑猥な質問かと一瞬思ったが、すぐに切り替えた。月並みな人生を送ること27年と4カ月、それなりに人生経験を積んできた。今更好色家のラベリングをされるわけにはいかない。

 「答える前に一つ聞いてもいいかな。その質問にはどんな意図があるのかな」

 「単純な性格分析よ」

 「直線かな。直感的には」

 「なるほどね。夢想家の傾向が少し強いのかもしれないわね」

 直線のどこが夢想家の傾向があるのだろう。僕にはわからなかった。

 「実に個人的な意見ではあるけれど、僕としては直線の方が現実的に思えるな。直線で構築された角ばった図形からは、路上で酒におぼれながら夢を語る男、というよりは企業の名のもとに堅実に生きるサラリーマンを想起する」

 「あるいはそうかもしれないわね。私が直線に対して夢想家の評価を与えるには理由があるの。“交わり”について考えると少しは私の意見に賛同してくれると思う」

 「“交わり”っていうと?」

 「時間は大丈夫かな?少し長くなるけど説明するわね。人生を図式化するとき、線を用いることが多いわよね。そして、その平面上の線は直線であることが多い。その簡易的な図においては、人や物事との出会いは直線同士の交わりとして表現する。ここに私は違和感を覚えたの。同一平面上において、直線同士が交わる点は多くても一点しかない。ところが、実際の人生においては予期せぬ邂逅というものが時として起こる。直線による図式では人生の醍醐味である邂逅、運命のいたずらを網羅できていないと思う。では一体どうすれば網羅できるのか。私は“曲線”がその答えだと考えた。一つの人生を曲線として表せばいい。それは人によっては二次関数であってもかまわないし、三次関数であってもかまわない。あるいは今度は一次関数であってもかまわない。一次関数と二次関数が持つ接点の数は0個の場合もあれば2つの場合もある。きっとあなたも中学の数学の授業で習ったわよね。つまりは直線それ自体に問題があったっていうよりは画一的に直線で表現することが問題だったと思うの」

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