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描写⑨古本屋


 僕は古本屋が好きだ。定番の本や流行の本が余すことなく蓄えられている本格的な本屋よりもむしろ、禿頭に残った僅かな髪の毛のように、まばらに本が棚に収められている、そんな古本屋が好きだ。古着が好きな人は、古本屋に目覚める資質がある。古着の醍醐味は”一期一会”の出会いだと僕は思う。何があるかわからない、次あるとは限らない。そんなものに僕たち人間は限りなく弱い。普段なら買わないようなものであっても、強迫観念に迫られたのなら手に取り会計を済ませてしまうかもしれない。古本屋でも同様に、目当ての本がある日もあればない日もある。古本屋をいくつも巡って、欲しかった本を110円で手に入れることができた時の喜びは比肩し難い、高尚なものであるとさえ僕は時々思う。
 小田急線沿いの駅を降りて歩くこと数分、大型の古本屋がある。”日本最大”と謳ってはいるがその真偽は判らない。だが確かに大型ではある。僕は時々、電車を乗り継いで40分かけてこの古本屋に立ち寄る。某有名女性作家は、他の古本屋では最低でも550円で売られている。今をときめく直木賞作家なのだから当然だ。商業上の理由から村上春樹の「街とその不確かな壁」がハードカバーで売られるのと同じだ。ところが、この本屋では文庫本として売られているのである。もちろん比喩だ。具体的には、今をときめく某女性作家の小説が110円で売られているのである。然るべき手段を用いて、他のついづいを許さない破格を商品につける大型のスーパーを想起する。規模が大きいからこそ為せる術なのだろう。

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