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Flow into time 〜時の燈台へ〜 第5話

【前回の物語】
 七会は学習塾での勤務を始めた。七月最終週、大学近くの発掘現場で助手を務めることを探夏に告げると、車での送り迎えを申し出られる。快く受ける七会、当日、車中では高校時代の七会の父の車の思い出話に花が咲いた。

第5話 : 『道の曲がり角』

山荘郵便局は土曜は休業だ。入口脇の ATM が稼働しているので利用者はいるが、局員たちは完全週休二日制というわけだ。金曜日の夜、アキは「ひいらぎ」で久しぶりにユーリ相手に羽目を外した。何気なく小説の話をしてしまったことで心の鍵が開き、「星天航路」の一升瓶をユーリと二人で飲み干して、謎の小説について語り合った。一升瓶が空くと、アキは意を決して小説の原稿をユーリに見せ、自分が法律を犯して還付不能郵便物を持ち出したことを打ち明けた。犯罪者は、遅かれ早かれ自分の行為を誰かに打ち明けたくなるものだ。

「アキちゃん、それでこれからどうするの? この小説を最後まで読んで、ああ面白かったでは済まないでしょう」
「そうだね、もう意識の半分はこの小説の世界に住んでいる気がする」
「この小説、誰が書いたのか分からないけど、力あるね」

「ひいらぎ」の座敷の窓から日が差し込んでくる。今日も多くのハイキング客がやってくるはずだ。調理はオサムに任せて、今日はアキとユーリの二人でホールを回そうと話がついていた。二日酔いでは生産性も半分というわけだ。オサムはこんな時も、なぜか何も言わない。まるでアキもユーリも見えていないかのように。

「アキちゃんがこの小説で一番惹かれてるのは何? 七会さんか探夏さん? それともこの二人の、なんていうか……学生時代のキラキラみたいなもの? まさか、発掘現場じゃないよね?」
 夜通し二人で繰り返し読んだので、七会と探夏の「第1日」終了までは、詳細まで頭に入っていた。
「発掘現場ではないから、安心して。ユーリさんは何が好き?」
「私は今のところ、副塾かなあ……自由奔放なのに、誰からも憎まれない存在」
「靴を食卓に乗せるのも実践したしね。さすがの副塾でも食べ物の上には乗せなかったな〜」
「それはもう言わない約束!」

 アキとユーリが本当の姉妹のようになれたのは、間違いなくこの小説が連れて来た昨夜のおかげで、アキはそれだけでこの小説に、作者が応募したかっただろう文学賞を受賞させてあげたい気持ちだった。

「少し不思議に感じるのは、この小説から、場所の特定につながる情報がことごとく消し去られていることかな。七会と探夏が通っているのはどこの大学なのか、発掘現場はどこなのか、今読んだ段階だと、北海道から沖縄まであり得るよね。唯一特定されている地名は、福井県、か」
「あとは、タブリエかな。ネットで調べたら、タブリエが校内着として使われている学校はかなり限られてる。日本にはミッションスクールは多いけど、フランス系となると少ないよ」
 アキが物語の森を見る一方、ユーリは木に注目した。
「でも、福井もそのミッションスクールも、二人が物語時間の『今』を生きている場所とは違うわけだよね……」
「あくまで未来と過去として描かれている」
「そう、福井は未来で、タブリエは過去」
「もう少し読めば福井は現在になるけどね」
「そこまで進むのかなあ……七会が無事に福井に行けるのか、少し心配」
「助っ人、呼ぼう!」
 ユーリが提案した。そろそろ開店時間だ。

*     *     *

 ユーリがどこでそんな人脈を得たのかは謎だったが、翌週金曜夜、閉店後の「ひいらぎ」ではユーリの友人が二人、アキを待ち構えていた。ユーリがおもむろに紹介する。

「こちら劇作家のリンちゃん。今はまだ学生劇団の脚本を書いてる感じなんだけど、いつかきっと大作家になる人。大学院では AI を専攻した才女。仕事は……何してるんだっけ、興味ないから忘れちゃった」
「よろしくお願いします。とりあえず現在に生きてるけど、片足を1995年7月に突っ込んでしまったアキです」
「その、日時具体的なところがいいですよね、ユーリさんから聞いて惚れ込んでしまいました」
「誰が好き? 七会か探夏、それとも副塾とか?」
「正直に言ってよければ、片足を過去に突っ込んだアキさん。もちろん、小説は『第1日』までは読みました。ユーリさんがスキャンして送ってくれました」
「……やっぱり時間が混ざり始めてるよね。私たちのいる現実と小説の中の非現実、2024年の現在と、29年前の1995年……」

「そしてこちらが、出版社でリンちゃん担当の、ナミさん。本職は教育関連なんだけど、リンちゃんの物語に惚れ込んで、脚本を持って営業して回ってるの。内緒だけど、会社のデータベースが使えるから、いろいろ調べるの手伝ってくれそう」
「……はじめまして、ナミさん。でもユーリさん、こんなすごい人たちと、どこで知り合ったの?」
「地元に住んでるアキちゃんがどう感じてるかは分からないけど、うちの店の前を通ってる県公認のトレッキングロード、全国的にすごい評判なんだ。オサムさんのお陰だよね……複雑な気持ちだけど、メディアの力はすごいよ。リンちゃんもナミさんも、それぞれの友達とハイキングで前の道を歩いてきて、お昼食べにこの店に入って、それで知り合ったってわけ」
「そっか、二人とも、そこのトイレで着替えたんだ。棚、あるもんね」
「そうなんです!」
 リンとナミが思わず声を合わせた。

「この小説、四人で一章ずつ毎週金曜日に読むことにしない?大学の研究室のゼミみたいに、毎週読む人を決めて、この座敷で朗読するの。気持ちを込めて声に出して。そうしたら、七会と探夏の気持ちが少し分かるかもしれないと思って」
 ナミが編集者らしい提案をした。ナミは仕事でも、とにかく誰より丁寧に原稿を読むことで知られている。
「水差してごめんだけど、どこを目指すの? この小説の舞台はどこかを突き止めるの? それとも、ひょっとして七会さんと探夏さんが実在の人物だとして、どこの誰かを突き止めるの? それとも、そういう推理的な感じではなく、この小説の隠れたメッセージを見つけるとか?」
 ユーリが全体の指揮を取っているところがアキには嬉しかった。自分の関心を自分以上に追求してくれている友がいる、これ以上のしあわせがあるだろうか?

「どうしたいかは置いておいて、メカニカルに考えて、アキさんだけじゃなくて局長もこの小説のことを知っていたというのは、重要なポイントじゃないですか? この小説、不達だったとして、どの文学賞に出すつもりだったのか、知りたいところですよね。ナミさん、データベース使える? この小説のこれまでのあらすじを入れたら、似たストーリーでの過去の応募作品が分かるんじゃない?」
「リン、いきなりだね。でも答えはイエス。説明するのは難しいんだけど……というか、これってリンの大学院での専門分野に関係あるよね……文学賞への応募作品は、今は全部、AI 言語モデルを使って数値化されてて、出版社を超えて共有されてるの。今は、応募作が送られてきたら、すぐにスキャンしてデータ化して、言語モデルで数値化して、過去の作品との類似度を調べるのが普通な感じ。数値化して少し抽象的な情報に変換することで、巧妙に登場人物の名前を変えたりしても、盗作だったり二重応募だったりすると、かなりの確率でバレちゃうんだよ」
 ナミはリンに連れられて来たというのが正直なところだったが、アキと話しているうちに、自分も1995年の住人になってみたいという、不思議な感覚に襲われつつあった。
「もし同じ作者が似たような作品を書いて、別のところに出していたらそっちにもヒントがあるはずだよね。毎週読み終えたところまでを言語モデルに入れて、数値化したファイルを更新していこうか。私の Github チャンネル使っていいよ」
 リンも乗り気だった。

「リンちゃんとナミさんのコンビって、なんとなく逃げてきたはずのロンドンの雰囲気を思い出しちゃうんだけど、結局そうやって、自分が知りたいことを追求していくのが私の運命なのかな?」
 アキはリンとナミに微笑んで見せ、その後、同意を求めるかのようにユーリの方を向いた。しばらく黙っていたユーリが口を開いた。

「アキ、あのね。局長からこの小説の話を最初に聞いたのは、アキが山荘にくる前だったの。局長が毎日のようにうちへ飲みに来た時期があって、心配になって聞いたの。そしたら、七会と探夏が知り合って、一緒に車で発掘現場へ行くところまで、教えてくれたの。局長、とても楽しそうだった。まるで二人の知り合いみたいな感じだったよ。だから、嘘じゃない、私もここから先は知らない」
「不思議だよね……七会が特別美人って描写も、探夏がすごいイケメンって描写もないし、今のところこれといったラブシーンもないし、なんでもない大学生のただの日常だよね、なんで私たち、四人も集まって語り合ってるんだろう?」
「この後の七会と探夏、どうなると思う? 読めば分かるんだろうけど、ひっつくのかな? 明日と明後日って、二人がお茶飲みにいったり、食事に行ったりするんだよね。なんだか興奮する……」
 何より物語が好きなリンは、二人の今後を勝手に想像し始めている。

「でも、二人が車の中で話した、『南仏キッチンタブリエ』って店名、実はかなりヒントだよね。場所、絞れるかも。現実的にアプローチするのと、あくまでフィクションの中で二人にロマンを託すのと、どっちがいい? 意外と今、V1まで来てるよ」
 ナミが四人の向かうべき方向を定めにかかった。
「V1って何?」
 すかさずユーリが尋ねる。
「航空用語で、離陸決心速度。飛行機が離陸する時って、荷物も燃料も満載でしょ。V1速度を超えたら、仮に飛行機のエンジンに故障が見つかっても、もう離陸をキャンセルできないの。止まるための滑走路が足りないから。だから、V1を超えたら、結果は関係なく、飛び立つしかない。つまり、現実を知るしかない。悲しい結末かもしれないとして」
 ナミはどんな時にも物事を達観している。
「楽しく読んで二人の青春にロマンを感じて終わり、にするのもあり。いろいろ調べて、この不思議な小説が生まれた背景を解き明かすのもあり」

「じゃあ、まずこの小説に、タイトルつけよう」
 リンが提案した。
「『この小説』はかわいそうだよ。原稿にはタイトルはなかったけど、私たちでつけようよ。その方がきっと、七会さんと探夏さんも嬉しいと思うよ。みんなに異論がなければ、劇作家の私がつける。頭の中にもうあるから」
「『七会と探夏の熱い夏』とか、昭和ドラマみたいなタイトル、つけないでね」
 ユーリが茶化す。
「まさか。タイトルは、『道の曲がり角』」
 リンが発表した。
「その心は?」
「この物語が最後どうなるか、私たちは知らない。ひょっとしたら未完で終わってるかもしれない。でも、一つ確かなのは、1995年の七会さんと探夏さんは楽しそうで、29年後にその二人と交流してる私たちもとても楽しいってこと。結末を知ったら、ひょっとしたら悲しくなるかもしれないけど、今はしあわせだよね。すべては道の曲がり角の向こうにある。その原点は、あの交差点。二人が大通りの交差点を右に曲がった時に、ドラマが始まる」
「七会さんと探夏さんだけのものじゃなくて、現在組の私たちへ向けたタイトルでもあるってわけね。いいね、そうしよう」

「じゃあ今日が、『道の曲がり角』の初回の読書会ってわけだね。今日は原稿発見者の私が朗読する。局長の方が早く見つけたみたいだけど、まあよしとして。座敷上がらない?ハイキングの人たちみたいにわいわいやろうよ」
 アキの提案に三人が続いた。カラオケ機器が置いてあるステージは、少しだけ高くなっている。アキはその段に座り、ユーリ、リン、ナミの方を向いて一度大きく深呼吸をした後、いつも話すよりは少し低めの声で、『道の曲がり角』第2日の朗読を始めた。

(第6話に続く)


【前後の物語】
第1話:カスタムハウス

https://note.com/sasakitory/n/n8eeff7be3fa7
 郵便局員アキが見つけたものとは?
第2話:副塾長のハイヒール
https://note.com/sasakitory/n/n989324f8cb34
 物語はいよいよ1995年に〜七会と探夏が出会う日
第3話:ユーリのスニーカー
https://note.com/sasakitory/n/n72c9ca85f90a 
 ユーリから告げられた秘密とは?
第4話:タブリエ
https://note.com/sasakitory/n/n63098b31494b
 七会と探夏の1995年の夏の第1日
第5話:いまここです!
第6話:ソロとハーモニー

https://note.com/sasakitory/n/nb0b8307742cc
 七会と探夏の根本的な違いとは?
第7話:6月24日(月)公開予定〜お楽しみに!


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