確認男 卒業式の教室編

「卒業おめでとうー」
「おめでとうー」
 高校最後の学び舎の教室で、みなみとお互いの卒業を祝いあった。

 さっきまで校内を練り歩いて、ひたすら写真を撮りまくっていたが、教室に財布を忘れたことに気づき、1人さびしく教室に取りに来た。
 3階の校舎の端の教室。
 階段を上がるのが面倒で仕方なかったが、もうそのしんどい思いをしなくなると考えると、寂しい気もする。
 窓から校庭を眺めて、もうこの景色を見るのも最後かと思ったら、いつもと変わらない景色でもセンチメンタルになった。
 教室に視線を戻すと、窓枠の左の隅に自分の名前が書かれていることに気づいた。
 こんなところに、名前なんか書いたっけ? と不思議に思っていたら、みなみも教室に来た。
 なんで、みなみが教室に来たか分からなかったが、みなみは少し息切れしていた。

「あれ? これからみんなで、打ち上げかなんかあるんだっけ?」
 特に教室に用もなさそうで、棒立ちになっていたみなみに聞いた。
「そうだね。この後クラスであるみたいだね」
「よしっ。じゃあ、いこうぜー」
 俺が颯爽と、みなみのそばを通り過ぎると、「ねぇその前にさ、なんかちょっとのんびり話さない?教室で」とみなみに止められた。

「あ、いいよ別に」
 みなみも、今日が最後の教室でエモくなっているんだろうなと察した。最後の教室で、みなみとの会話、それもなんかエモい。

「3年間一緒だったのウチらだけだよ」
 言われて気づいた。3年間同じクラスだったのはみなみだけだ。学年で7クラスあるなかで、3年一緒となると、なかなかの確率になる。敦彦でも1年のときはクラスが違ったし。
「あ! たしかにずっと一緒だったね」
「すごいよね。なかなか、こんないっぱい人数いるのに」
「そうだね」
「3年間も一緒だったなんて......」

 感傷に浸っているのか、みなみはやたらと俺と3年間一緒だったことを言ってくる。もっと他に思い出なかったのだろうか?
「すごい偶然だ」と、とりあえず共感しておいた。

「よし、じゃあいこうぜ、そろそろ」
 いつもと雰囲気の違うみなみと話しづらく、逃げたくなった。実際に打ち上げに遅れていることは事実だったし。

 俺がそそくさと逃げるように教室のドアに手をかけたところで、「あのさぁ」と再びみなみに止められた。
「ん?」
 俺はドアに手をかけたまま振り返った。みなみは俯きながら教卓の方を睨んでいた。

「ちょっと言いたいことあったんだけどー」
 みなみは何か言いたげに口を尖らせていた。妹が頼み事するときも似たような口になっていた気がする。
「慎吾くんって、ほんとに何も気づいていないの?」
「え?」
 質問の意味が分からなかった。
 俺がみなみについて、気づいていないと思われていること。なんだ? みなみは妹キャラだが、実は弟がいる姉ということには気づいている、というより知っている。

「あっ、あれのこと? 途中でみなみが家引っ越したってこと?」
 家族のことから思い出した。みなみがひっそりと100m圏内で引っ越ししていたことは、前に桃子から聞いた。みなみの帰り道が変わっていなかったから、俺はみなみが引越ししてから、少しの間気づいていなかったことを思い出した。

「それも、そうなんだけど……」
 みなみは困ったように笑っていた。その笑顔が余計に妹と思わせるような、幼さが出ていた。
「え......? ほんとに何も気づいてなかったんだ……」
 みなみは腕を組みながら、顎を触ってボソッと呟いた。声の小ささと言葉から、心の声が聞こえたんじゃないかと疑ったが、確かにみなみの口から発せられたはずだ。

 その言葉から、まさかとは思うが、みなみは俺のことが好きなんじゃないかと疑ってしまった。
 冷静に考えたら、卒業式の後に男女2人きりのシチュエーションで、みなみはすごい何か言いたげな様子。これは、ひょっとするとひょっとするんじゃないか?
 俺は、この3年間のみなみとの思い出を走馬灯のように振り返った。その中でも、今思えば脈アリと思わせる行動を、頭の引き出しから探した。

 今年のバレンタイン。みなみは雪の降る中、わざわざ受験会場まで来て、俺にチョコを渡してくれた。脳みそをフルに受験に注いでいたから、その時は、糖分ありがてえ! 脳みその栄養! くらいにしか考えていなかった。
 今思えば、あれは相当思いのこもったチョコなんじゃないか? 

 そういや、去年も学校帰りに、急にみなみから手を繋いできたこともあった。 

 あの日も寒い日で、「手袋片方だけ失くしちゃったから」という口実で手を握られた気がする。それも、「こっちのほうがギュッてできるんだよ」とか言って、恋人つなぎだった。
 その日の別れた後、みなみの小さくなっていく背中を見ながら、手を嗅いだんだった。
 両手で鼻と口を覆って、全力で息を吸ったりした。それから4日位、手を洗わずに、手を吸っていた気がする。微かにハンドクリームの甘い匂いがした。
 5日経ったら、我ながら自分の行動に狂気を感じた。そんな自分を引き出したみなみの手すら怖くなった。
 そんな封印された記憶とともに、あの日の匂いを思い出した。

「え? 気づく?」
 脈アリと言われればなんとなく思い当たる節はあったが、確認した。もしかしたら、俺が手吸いしてたことをみなみが知っていたということに、俺が気づいていないという可能性もある。

「え…… 言わなきゃ気づか――」
 みなみは分かりやすく頭を抱えた。
「えー、もうちょっと気づいてくれてると思ってたんだけどなー」

「き、気づくって……。な、何に?」
 手吸いのことを知られてないように願いながら確認した。

「え? だって、こんな三年間も一緒でー、ずーっと行き帰りも一緒だったじゃん?」

 やばい、帰り道の話をやんわり出してきた。

「うん」
 心拍数が一気に上がったことを悟られないように、平然と返事をする。

「で、卒業式だからー、そろそろ言ってくれるのかなー?って待ってたんだよねー」

「手吸いしてましたってことを?」と思わず確認しそうになったが堪えた。
 だって、みなみの前で手吸いをしたのは、手を握られた日だけ。それ以降は、家で誰にも見られずに手を吸ってたし。

「あ! 卒業おめでとうってこと?」
 一応さっき言ったはずだが、手吸い以外の話題が他に浮かばなかった。

「だから!」
 自分の思い通りの返答じゃなかったようで、みなみは笑顔だったが口調は怒っていた。「そりゃそうだけど」と呆れてもいた。

「え? ……なんだよ?」
 本気で怒っていないその様子から、手吸いのことではないなと確信した。
 俺なら、自分が握った手を4日も全力で吸われたら、いくら可愛いみなみでも、ドン引きだし、距離を置く。
 だから、俺を引き止めてまで2人きりで話そうとするみなみには気づかれていないはずだ。

「みなみにしか言わない……、みなみだけに言うこととかないの?」

 ”みなみ”だけ? なぞなぞか大喜利のようにしか聞こえなかった。
 ここでみなみだけに言うこと......、やはり手吸いのこと? いや、それはないし......

「星野だよね? ってこと?」
 俺の真面目で全力の答えを、みなみは「もうほんとムカつく」と一蹴した。
 頬をフグみたいに膨らませてるみなみは、さらに可愛かった。ほんとに怒って、頬を膨らませる奴なんていないし。 

「え? わかんないよ、何がいいたいのか、全然!」
 俺もしびれを切らして、みなみが言いたいことを求めた。

「ほんと鈍感だよね!」と、みなみは呆れて笑っていた。

 その言葉で、やはり、みなみは俺のことを好きなんじゃないかという疑惑が再浮上した。
 鈍感なんて言葉、恋愛以外に使うことは、まぁない。手吸いに対しては、絶対使わない。これは、さらに確認する必要がある。

「てか、なんでいつまでもこんな2人で喋ってんの? はやくしないと、打ち上げ始まっちゃうじゃん!」
 俺は、再びドアに手をかけて外に出ようとした。
 半ば賭けだったが、みなみは、「いいよ! 遅れていこう! ふたりで」とこの2人きりの状況を変えようとはしなかった。

 俺に気があって、告白しようものなら、俺を引き止めるだろうという計算通りだ。
 言葉で確認するだけでなく、俺自身の行動での確認で、より確信に近づけた。

「えー?」と俺は動きを止めて、露骨に疑問を声と表情に出した。
「せっかくだし――」
 みなみが何やら言い訳をしようとしたところで、「遅れていくの? 2人で?」と追撃する。

「だって、最近こんなに2人で一緒になることなかったじゃん!」
 みなみはただをこねるように、両手にグッと力をいれて、上下に振った。
「いや、そうだけど」
「ずっと狙ってたんだよ? 2人になる時」
「2人で遅れていくのは まず――」
「大丈夫だよ!」
「え? 狙ってた?」
 一拍遅れてから、みなみの言葉を理解した。

 そして、キタ! と心の中でガッツポーズをした。サッカーのゴールパフォーマンスのように、芝生を膝で滑りながら、両手でした。
 歓喜のあまり、現実でもしそうになった。
 いや、もうこれは脈アリでしょ。
 ”ずっと狙ってた”なんて、殺し屋とか賞金稼ぎでないと、そうそう口にしないぞ。まぁみなみが殺し屋なら脈アリどころか脈を止められるだけだ、それはそれで本望な気もした。

「ずっと、二人になるときないかなーって、卒業式の時から、ずっとさがしてて。せっかくチャンスできたんだから」

 みなみが教室に来た理由がわかった。少し息切れしてたのは、俺が1人教室に行ったのを急いで追いかけてきたからか、と納得がいく。

 それでも、俺は、「え? 捜し物?」と確認する。自分の思い通りに事が進まないむず痒さで、顔が赤くなっていくみなみを見つめていたくなった。

「だから、2人きりになりたいなって思って......」
「あーなんかあれだ! なんか言いたいことがあったってこと? みんなに聞かれたくない、恥ずかしい、あれか!」
 ここでやっと、みなみに譲歩する。確認しつつ、みなみを告白する誘導だ。

「うん」
 俯いたみなみは茹でダコみたいに見る見る赤くなっていった。
「え? な、なに?」
 もっとみなみを赤くさせようと追い確認をした。

 幾ばくか沈黙した後に、みなみは俺の目を見た。
「好き......だよ」
 みなみは目まで赤くして、表情は真剣そのものだった。

 けど、俺はみなみをもっと困らせたかったし、この時を楽しみたかった。
 このまま終わるのはもったいなすぎる。

「え? この学校がってこと?」 
「え? それを俺に伝えたいってことだよね?」
「もうそゆこと? ねぇ!わかんないよ!みなみ!」
 俺はみなみの顔を覗き込みながら、執拗な確認をした。顔を近づけると同時に声も自然と大きくなった。
 その勢いにみなみは後退りして、両手を胸の前で広げていた。

「3年間ずっと好きだったよ!」
 みなみは俺の追求から逃れようと、吹っ切れたように告白した。

「俺?」と自分を指差しながら、みなみに確認する。 
「うん」とうなずきながらも、みなみは後退りする。

「俺?」
 後ろへ下がるみなみに構わず、俺はどんどん前進した。
「うん」 
 みなみはさっきよりも強くうなずいた。

「俺もぉ」
 十分過ぎる確認を終えて、みなみが、こんな俺のことを好きという事実に体が溶けた。






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