見出し画像

日本修行編 第7話

己との戦い...

**

朝も夜も、殺伐とした駅のホーム
黄色い線の内側に前のめりに立ち、電車が皮膚すれすれに風とともに通り、乗り込み、黒ずんだ車内の床1点を虚に見ながら座っている...
崩れかける精神のように

がたん. ごとん.. がたん... ...

職場の最寄りの駅に着いた瞬間(とき)、駅内のトイレに駆け込み嘔吐する。
口をゆすぎ、顔を洗い、店まで走り、何もなかったのかのように笑顔で挨拶を交わし、コックコートを羽織り、エプロンと気合を締めれば、昨日とも明日とも変わらない思いで今日へ挑む。
少しでも、全員がいい1日を終えれるように。

それでも、何をやっても怒られる毎日、若手2人のミスでも責められ、恐怖で身体と頭が動かない
飛んでくる拳と鍋、繰り出される蹴りに「すみません」「やります」「やらせてください」「帰りません」...
自分の行動に正常に自信が持てなくなる、間違っていないと分かっているにも関わらず、ダメなんじゃないか、僕がやっていいのか、確認した方がいいんじゃないか、でも煩わせたら... また...
若手の2人に指し示すためにも、自らを奮い立たせ、落ち着いて仕事をする。
だが、100回に1度のミスや若手のミスで、蔑まされる僕を2人はうすら笑いながら見ている。
今思えば、人としても未熟な19や20の子に深く干渉する必要もなかったのだろう。
それでも、人としてもある程度はまともになってもらいという思いもあった。
彼らの目の前で、彼らのミスで蔑まされる僕を彼らは明から様に下に見始め、僕の言うことも聞かなくなっていった。

以前のトラウマを抱えることとなったレストランでの1件が僕にとって後悔であった。
あそこで啖呵を切らず、やり続けていれば...
・・・レバ、ジシンヲナクサナカッタ?
・・・レバ... ・・・レバ... と、終わったことに思いを巡らせても何も変わらない。
ここを乗り越えなければ、トラウマを克服することも、料理人として先がないと背水の陣の意気込みだった。
だからこそ、どんなに罵られようが、痣ができようが、自らを鼓舞し続けた。
全ては先へ上へ行くため。

殴られることは別によかった、何よりも仕事ができない自分、そして若い2人のミスをカバーできず面倒見れないという自分自身に憤り腹が立った。
殴られる以上に自分で自分を殺したいくらい恨み憎んだ。
なんでこんなにできない... なんで... 才能がないことなんて百も承知だ。

それでも、やるしかない...

次第に耐え切れないほどストレスもたまり、特にあまり出来がいいとはいえない19歳の子にはかなり辛く当たってしまっていた。
「大野さん、洗剤が出ません...」
「・・・」
洗剤のキャップを上へカチッと上げてないだけだ、これも3回目...
くだらないことに腹がすぐに立ち、その子の胸ぐらを掴む自分がいた。
自分自身の余裕の無さが他者にまで悪影響を及ぼすようになる。

罪悪感、劣等感、次第に自分で自分を傷つけるようになってきた...


2ヶ月と少し経つ頃、僕の中で何かが変わっていった。っというより、何かがわかるようになっていった。
野菜の火入れができなければ、魚の火入れはできない。
魚の火入れができなければ、肉なんてもってのほかだ。
シェフに口すっぱたく言われた。
1から学ぶつもりで入った僕は、野菜の掃除の仕方から、ブランシールから全てを0から再び学び直し、見つめ直すことにした。
野菜のおいしいという瞬間を感じ取れるようになってきた。
極太のホワイトアスパラガスを鍋で、少量の油だけでオーブンも使わず、鍋の上だけで火を入れる春のスペシャリテ。

画像1

焼かせてもらえるようになった最初のころは、塩をするタイミングや、3回も4回もナイフの先で火入れの確認をし、怒られ続けていた。
ある時を境に、確かめずともピタッと瞬間を感じ取れるようになった、聞こえるようになったとでも言うのか... おいしいオーラが見えるんだ。
それからと言うものの、身体も動くようになり2人のことも落ち着いて相手をでき、営業中も怒られることなんて全くといっていいほどなくなった。
ガルニ(付け合わせ)のタイミングもシェフのタイミングに緩急全て合わせることができ、褒めることは決してしないシェフなので、アセゾネ(味付け)が決まっていると「チッ、ムカつく」とよく言われたもんだ。
悪態や皮肉を言われれば、シェフに認めてもらえた証拠だ(笑)

魚も焼かせてもらう日が増え、休憩時間には自分で発注し買った肉を、シェフの機嫌が良い時を見計って、シェフに自分で火を入れ、つくったソースを味見してもらう日々も多くなった。

自分の成長が肌で感じ取れ、何年分の何十年分の技術がここ3ヶ月ほどで身についただろう... 全てがうまく回っていくようになり、店の雰囲気もよくなり、これからさらにというとき...

事故は起き、僕は絶望と死の淵へとたたされる...

To be continued... 

#シェフ #料理人 #料理 #食 #修行 #美食 #フランス料理 #侍キュイジニエ

料理人である自分は料理でしかお返しできません。 最高のお店 空間 料理のために宜しくお願い致します!