映画『価値ある男』ー家族から孤立した男性が抱える苦悩
寂しさや孤独、不安…
ときに私たちを支配する負の感情は、人目につかないところに押し込まれ、気づけば1人ではどうにもできないほど大きくなってしまいます。
映画『価値ある男』も、そんな負の感情にうまく向き合うことができず、家族に距離を置かれてしまった孤独な主人公の物語です。
威厳のある父親でも子どもたちのヒーローでもない、地味な中年男性の物語を通して、監督はどんなメッセージを伝えたかったのでしょうか…。
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監督の子ども時代に基づく”エリック像”
この映画の主人公エリックは、パン屋として働いていることから、夜にラジオを聴いて仕事をする、という毎日を送っています。
しかしそのせいか、食事の時間を除けば、あまり家族と過ごす時間がありません。
もともとこの物語は、監督が子ども時代のほとんどを過ごしていたというおじさんの家庭からインスパイアされているのだそう。
パン屋で働いていた監督のおじさんは、その仕事柄からか夜に働き昼に寝る、という変わった生活リズムだったため、必然的に一緒に過ごす時間が少なく、監督自身もどう接して良いか分からなかったといいます。
おじさん自身もまた、家族との距離のつかみ方が分からず、動揺してしまうことが多くありました。
そんな彼の姿は、家族とすれ違い、無視されることが多くなってしまったエリックの姿と重なるものがあります。
感情を曝け出せない男性たち
さらに、監督が子ども時代に感じていたそのもどかしさは、おじさんだけでなく、自身の父や祖父に対しても同じだったといいます。
デンマークの田舎町で生まれ育った監督ですが、あまり自分の感情を表すことが得意でない大人たちが周りに多かったのだそう。
祖父は怒り以外の感情を見せることは滅多になく、一方の父も、4人の女きょうだいの中で育ち、自分の感情を表すことに苦労していました。
この父の家族構成は、家族の中で女性ばかりに囲まれて暮らすエリックの状況とどこか似ているようにも感じますね。
おそらく彼らは、単に感情がないというわけではなく、「男は寡黙で威厳があり弱みを見せてはいけない」というある種の古いステレオタイプにも囚われてしまっていたのかもしれません。
だからこそ、エリックもジョークを通して”楽しい父親”を演じ、ネガティブな感情を押し殺そうとしていたのかもしれないですね。
『価値ある男』は、そんな大人の男性が直面しやすい苦悩を反映しているのではないかと言えます。
この映画における「ラジオ」
また、監督はこの映画を作るにあたり、”落ち込んだ中年男性”の物語をどう面白いものにするのか、という点が一番難しかったと語っています。
そこでキーになったのが、ラジオ番組でした。
家族とうまく話せないエリックは、ラジオが話し相手となり、このラジオのユーモアを通して家族と話すことを試みます。
しかし、空回りするジョークの数々は、さらに鋭い言葉となってエリックを追い詰めていきました。
ジョークの面白さにランキングをつけるラジオの会話や「チットチャットラジオ」から聞こえてきた、エリックを貶めるような幻聴。
「ラジオ」は、自分の本当の気持ちを表にあらわせず、自分自身の価値を認められないエリックの様子を見事に表しています。
ラストシーンの意味とは?
物語の終盤、幻聴が聞こえてきてしまうほど追い詰められてしまったエリック。
しまいにはパン生地をかぶるというおかしな行動に走ってしまいました。
しかしそれは、これまでのように家族を笑わせようとも目立とうともしたのではなく、まるで何かから隠れ、本当の自分の存在を消そうとしているようにも感じられます。
子どもたちには呆れられてしまいましたが、おそらく奥さんは、エリックのことを愛していないわけではなかったつもりなのでしょう。
ですが、生活習慣のすれ違いから、必然的に彼に関心を寄せることがあまりなくなってしまった。だからこそ、”異常事態”になって初めて彼の苦しみに気がつくことができたのかもしれません。
なぜもっと早くに気がついてあげられなかったのか…。
思わずそう言いたくなる映画の結末には、会話と思いやりの欠如がはっきり見てとれます。
エリックも彼の家族も、あとほんのちょっとでも話をすることができていたら、もう少し事態は変わっていたかもしれませんね。
監督は、この映画を観た中年男性が、恥ずかしさや批判を恐れることなく、自由に自分の気持ちを話せるようになって欲しいと願っています。
そして、もしもエリックのような人を周りで見かけたら、彼らが大丈夫かどうか、そっと尋ねてあげて欲しいと…。
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