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19世紀ピアニズム〜音のドキュメンタリー幻のショパン弾き「マリー・パンテ:SPレコード録音全集」

Fragments of History ~ ピアニストの黄金時代を担ったピアニストたち(3)


オデッサで生まれ、晩年スイスで教職に就いたマリー・パンテは、1928年に仏コロンビアでテスト録音を行った。その際、演奏された中の一曲はショパン「告別のワルツ」であることが記録として残されている。残念ながらこの貴重な録音は現時点では所在が確認されていないが、この未発表に終わったセッションの6年後の1934年、パンテは再び仏コロンビアを訪れ、今度は12インチ盤1枚2面にそれぞれモーツァルトとアルベニスを一曲ずつ残し正式に発売した。その二年後には10インチ盤1枚2面、12インチ盤2枚4面にショパンとスイスの若手作曲家だったMarescottiを録音し発売した。この、あまりにも落ち葉拾い的なレコーディング・キャリアからパンテがレコーディングにそれほど積極的ではなかったことが窺い知れるが、私のような後世の音楽ファンにとっては誠に歯がゆい思いで一杯だ。

というのもこれら残された音源の総てが、パンテが特別に魅力的なピアニストだったことを指し示しているからである。パンテのピアニズムは、ロシア派のドラマティックな表現をフランス派の高度な技巧と清楚さで磨き上げたもので、まさに「いいとこ取り」であると言えよう。そしてパンテの特別さは、音楽に命を吹き込むことができる演奏家だと言うことに尽きる。モーツァルトを弾こうが、アルベニスを弾こうが、パンテの演奏には誰もがうっとりと耳を傾けてしまうのは当然のことなのだ。なかなかどうして、上手なピアニストは沢山いても、これがみんな出来ない。

わけてもパンテのショパンには、誰にも真似の出来ない味わいがある。おそらく仏コロンビアでのセッションの後、今度は仏パシフック・レーベルに、少なくとも12インチ2枚4面にマズルカ選集を録音を行なった。
このセッションにはベヒシュタイン製のピアノが使用されており、これらのマズルカに鄙びたテイストを加えている(優秀なパシフィックのエンジニアの手によってマイクは近接設置され、ドライな音場で明瞭な演奏を堪能出来ることもこのレコードの価値をいっそう高めている)。
選曲はどれも地味で陰鬱なものが多く、メランコリックというよりも土着的にジワジワとした哀しみが、むしろ救いようがない。フリードマンやホロヴィッツのような鋭角的なリズムと強烈なダイナミクスを用いずに、どっしりとした解釈がわたしにはより感じるものが多い。数あるマズルカ録音の中でも、パンテのマズルカ選集は最高峰である。

マズルカと並んでパンテが夜想曲を得意としていたことは非常に幸運である。この少ない録音の中で、夜想曲第15番(Op.55-1)、17番(Op.62-1)、20番(嬰ハ短調 Op.posth.)の3曲を聴くことが出来るが、なかでも特筆すべきものは第17番のレコードであろう。これは一聴あっさりとした演奏で肩すかしを食らったような印象を受ける。それは恐らく、インテンポで弾かれ、また恣意的に休符を延ばさない解釈による。多くのピアニストたちは夜想曲を思い入れたっぷりに弾くが、そのほとんどがティピカルで退屈なルバートに支配されている。そういった手垢を取り去り、本来のショパンを取り戻してくれるような歴史的名演奏である。


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