【毎週ショートショートnote】呪いの臭み
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【呪いの臭み】
……もはやこれまでか。
「蘭丸、火を放て。誰も立ち入らせるでないぞ」
小姓にそう告げ、信長は障子を閉めた。
周囲の喧騒も小姓の嗚咽もふつりと途絶える。
ためらいはない。
実体光忠をするりと抜き、真一文字に腹を裂く。
……メラメラと燃える音がする。
白い障子が下から上へ紅蓮に染まりゆくさまを揺れる瞳でただ眺める。
――人間五十年 下天のうちをくらぶれば 夢まぼろしの如くなり
紅蓮の炎が廻転し、最後に大きく弧を描いたかと思うと、大炎は醜怪な花へと変化した。
強烈な異臭が鼻をうつ。
裂いた腹からまろびでた我が臓物の匂いか、それとも地獄の匂いか。
紅い巨大な花は、中央部から粘液を滴らせている。
『わしを食いたいのか』
心で問いかけると、その花はニタリと笑んだ。
……ああ、これは花ではない。呪いだ。
粗末にした幾多の命が、紅蓮の呪いと化し、我が命を奪いにきたのだ。
『ならば、塵も残さず食ろうてみせよ』
呪いは、嬉しそうにその口を大きく開いた――。
*
信長の首は、ついぞ見つからなかったという。
【了】
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