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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第九話 本当に欲しいものを、どれだけ自分に与えられる?

本当に欲しいものを、どれだけ自分に与えられる?

それから私は病気を理由に、しばらく秀吉と距離を置いた。子宮が受け取った子種がしっかり根付くよう、毎日布団の上に横たわった。
治長はなに事もなかった顔で、私に仕えている。彼は私の部屋の外で番人のように私を守り、控えている。襖一枚隔てた場所に治長がいる。呼べばいつでもそばに来る。それを考えると子宮がキュン、とうずく。あの夜の深い大きな波に飲まれたエクスタシーを思い出し、身体がカッと熱くなった。とろり、と蜜がにじみ、じんわり身体がしめるのがわかる。
その快楽を与える相手が、すぐそばにいる。呼べばすぐ来る。私はありったけの理性を総動員し、身体の欲求を抑え込んだ。

それはダイエットのため、すぐそばに美味しいお菓子があるが手を出さずにいられるか?と意志を試されるのに、似ていた。
快楽が欲しくて治長を呼び出すのは、ただの女。
私はそのような女ではない。
私が望むのは一時の快楽ではない。誰にも脅かされず、崩されることのない地位と権力だ。

私は股の間に力を入れ、蜜をせき止める。そして目をつむるった。まぶたの裏に映画のようなスクリーンが映し出された。そこに父を残した小谷城から、侍女達に守られお腹の大きな母や初と出て行く自分が見えた。私はその時の自分を、客席から見る。スクリーンの私は、何度もなんども後ろを振り返る。母上は一度も後ろを振り向かないまま、陣痛でその場に崩れ落ちた。私は母の名を呼びながら、炭のような焦げ臭い匂いに背中を引っ張られた。後ろを振り向くと、父のいる城が赤い炎に舐められていた。たくさんの兵士や馬が行きかい「城が焼けるぞ!」と叫ぶ声が聞こえる。場面が変わる。今度は北ノ庄城が赤く染まり、煙を吐き出しながら燃えていた。覚悟を決めた母の笑顔が城に重なり、泣き崩れる私と妹達がいた。
どちらも城を攻めたのは、秀吉だ。

私は固く閉じていた目を開いた。彼に対し、憎い、という気持ちはとうに超えている。戦国の世、秀吉でなければ他のものが父や母を滅ぼしただろう。「もし~だったら」
「世が世なら・・・」
という言葉は、通じない。

弱かったから、負けた。強いものが、勝つ。それが真実だ。

だったら、私は強くなればいい。
女として揺るぎない、最高の地位と権力を手に入れればいい。
今天下を治めている秀吉が一番欲しがっているものを与えれば、その見返り彼は私に地位と権力を与える。
彼が一番欲しがるもの、それがこれから産む私の子供だ。
私の子供が秀吉の子供。そう乳母の大蔵卿局は言った。
「茶々様、どのような子種を受け取ったとしても、お生まれになったお子は、茶々様のお子です。
秀吉様のお子が、茶々様のお子ではございません。
茶々様のお子が、秀吉様のお子です」

乳母のこの言葉が私を奮い立たせた。だから私は治長から秀吉の子どもになる子種を受け取った。
今私の子宮に根付こうとしている子が、秀吉の子になるだけだ。

治長はもうそこに介入しない。
彼に未練など持たない。
そうだ、早く治長を結婚させよう。
万が一、私が欲しても妻がいることを理由に、彼は私を拒めばいい。
彼が私に逆らえないことを知りながら、本気で思った。

私から流れ出した蜜は止まった。と同時に理性で止めた身体の要求が、私に牙をむく。治長のたくましい胸や私を見つめる熱いまなざしが浮かんだ。どんな女が治長の愛撫を受け、あのような快感を得るのだろう?そう考えると悔しくて、声を立てないよう爪を掌に刺し、唇を噛む。そしてこの黒い欲望を封印した。
それは断じて愛ではく、ただの欲望だ。
そんなものは、野心のない女が持てばいい。
私が求め焦れるのは、揺るぎない権力と地位。
何度も自分に言い聞かせるよう、呪文のように私はつぶやく。襖一枚隔てた空間で、私と治長はひっそりふけていく夜に包まれた。

そして待望の妊娠が確定した。医師からのお墨付きをもらい、ようやく私は秀吉に対面した。しばらくご馳走のお預けを食った犬のように不機嫌な彼は
「体調はどうじゃ。
どうして、わしに会わなんだ」
と吐き捨てるように言った。

そんな秀吉に見せつけるよう、私は誇らしげにお腹を撫でた。
「お子が・・・」
「えっ?」
「お子ができました。」
「なんと!!」
「あなた様のお子です。
身ごもりました」

そばにいた大蔵卿局や治長達が一斉に声を上げた。
「おめでとうございます!」
花が咲いたような祝福の声に、秀吉は無言だ。何も言わない。

私は脇の下に嫌な汗が流れるのを感じた。
自分の子ではないことに気づいた?と思い、心臓がバクバクした。
重い沈黙が部屋に流れた。

その時「茶々!ようやった!!
褒美を与える。
そなたに山城淀城を与える!!
これで、豊臣の跡継ぎができた!
ようやった、ようやった茶々!!」

私はみなの前で顔を真っ赤にして喜ぶ秀吉にて、抱き寄せられた。
私はようやく、彼がじっと喜びを噛みしめていたことに気づいた。
爆発した彼の喜びは一気にボルテージが上がり、祭りのような騒ぎになった。侍女達が酒や肴を運び、秀吉はどんどん盃を重ねた。そして上機嫌で酔っ払い、治長に向け「おい、お前も飲め」と盃を差し出した。私は秀吉の差し出した盃を、頭を下げたままにじり寄る治長に手渡す。彼は痛みをこらえるような顔に、笑みを浮かべていた。

私は無表情で「それでよい。それでよいのだ。治長」と心の中で伝えた。治長は無言で、秀吉の盃をぐっと飲み干した。私は治長から盃を受け取った。そしてまた彼に心の中で呼びかける。
「治長、私と同じ痛みを共に持てるのはお前だけだ。
墓場まで持っていく秘密を生涯抱える思いに同調できるのも、お前だけだ」
その思いを背中に込め、私は秀吉の横の席に戻った。私は冷めた目で盛り上がる宴会を見つめた。

喜びを爆発させる秀吉を見て、私に罪の意識がみじんもない、と言えば嘘だ。だが、欲しいと望み手に入らぬものを、ちがう形で与えるのは罪なのか?
秀吉は母上に憧れ手に入れたい、と望みながら手に入れられず、代わりに私を手に入れた。
それと同じことではないのか?

そうやって本当に欲しいものを、どれだけ人は自分に与えられるのだろう?
みな、途中であきらめる。
だが私は、あきらめない。そのちがいだけだ。
本当に欲しいものは、どんな手段を使ってでも手に入れる。そうやって欲しいものを手に入れた私は、喜びの美酒に酔い猿のように真っ赤な顔をした男に身体を寄せた。

彼は約束を守った。その言葉通り、私は秀吉から城を授けられた。
女でありながら、城持ちになった。
私はつわりを超え、体調が落ち着いた頃、与えられた京都の山城淀城に移った。大蔵卿局や治長達もみな一緒だ。
秀吉から毎日のように、私の体調を気にする手紙が来た。

私は日に日に大きくなるお腹を抱え、城から空を眺めた。くっきりした青い空はこれからの私の未来のようだ。私の天下への道は、この城から始まる。
この城で私は豊臣の後継ぎを産む。私は限りなく愛おしい思いを込め、お腹を撫でた。その姿を後ろに控えた治長が、熱い目線で見守るのを知っていた。

私はこの城にちなみ、世間から「淀の方」と呼ばれるようになった。


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したたかに生き愛を生むガイドブック

あなたが本当に欲しいものとは、何でしょう?

その望みに目をそらさず、向き合ってみましょう。

まだ~だから

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と自分でジャッジするのは止めましょう。


純粋に望むものが分かった時、あなたの目の前にクリアーになった道が広がります。



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