見出し画像

【ショートショート】冬の樹

 昼ご飯を買いにコンビニへ行き、思わず体が震えるその帰り道。ふと目についた樹を見上げて、「冬だなあ」と呟いた。隣を歩いていた先輩が温かな缶コーヒーで両手の温度を上げながら、「何当たり前の事言ってんの」と口を尖らせる。

「こんなに毎日寒いのに。お前は今ようやく冬が到来したのかよ」
「違いますよ。そう言う意味じゃなくて」

 先輩はじとりと私を見てから缶コーヒーのプルタブを開ける。かこっとアルミの音が雑踏に紛れて聞こえたのを合図に、ポケットに手を入れ携帯電話を取り出す。

「こう言う葉っぱのない樹を見たら、冬って感じしません?」
「あー、渡会の言わんとする事はなんとなく分かる」
「でしょ?」
「でもその前に寒さで冬感じるだろ」
「先輩は情緒がないなあー」

 かしゃりと樹を画面に収めながら先輩の、「うっせー」の抗議を無視する。しかしすぐさま、「生意気な後輩め。さっきのティラミス代請求すんぞ」と言葉が飛んできて慌てて携帯電話をポケットに仕舞った。
 せっかく奢ってもらったティラミスを死守せねばと、「先輩は情緒たっぷりのイイ女!」とおべんちゃらを献上した。下り坂に差しかかりそうだった先輩の機嫌は、ぎりぎり平坦な道のままで済んだようだ。脇腹への小突き一発を甘んじて受けつつ、会社へと足を進める。

「さっきの続きですけど」
「え?続きすんの?」
「しますー。だってああ言う樹って冬しか見れないじゃないですか」

 そうだっただろうかと記憶の発掘調査中の先輩を横目に、タイミング良く目に入った街路樹を指さす。青々と緑の生い茂った街路樹は、目には良いのかもしれないし景観にも良いのかもしれないが、季節感はない。

「昔と違って今って一年中緑があるじゃないですか。だからこそ、冬になったら葉っぱが落ちるって、いいなあって思うんです」
「渡会のそう言うとこ、私はいいと思う。彼氏は出来なさそうだけど」
「はー、セクハラー!今の時代女同士でもセクハラ認定出ますからねー!」
「うっせー!早く戻るぞー!寒いー!」

 痛い現実を突き付けてくる先輩の余計な一言に抗議しつつ、無意識に素早く会社へと向く足を今度は意識的に動かす。冬を楽しむ心はあるが、やはり体は寒さを訴えているようだ。
 とりあえず会社に戻ったら、まずは温かいカレーで体を労わる事にしよう。あと先輩へのおべんちゃらはもうひとつ程献上しておこう。デスクに積まれた書類は私ひとりでは対処しきれない。



冬のあの葉っぱのない樹が一年で一番好き。


下記に今まで書いた小説をまとめてますので、お暇な時にでも是非。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

527,588件

「ほら餌の笹代だ」的な感じでサポートよろしくお願いします! ポチって貴方に谢谢させてください!!!