見出し画像

【ミステリーレビュー】遠まわりする雛/米澤穂信(2007)

遠まわりする雛/米澤穂信

シリーズ初の短編集となる、"古典部"シリーズ第四段。


あらすじ


省エネをモットーとする折木奉太郎だったが、古典部の部長・千反田えるの依頼により、地元の祭事「生き雛まつり」へ参加することになった。
十二単をまとった"生き雛"が町を練り歩く、テレビ局が取材に来るほどの伝統行事なのだが、連絡の手違いで通行予定の橋が工事中に。
このままでは開催中止に陥ってしまう。
えるの機転で祭事は無事に執り行われるが、その「手違い」が気になった彼女は、奉太郎に真相を聞こうとする。
表題「遠まわりする雛」を含む、古典部の面々の入学直後から春休みまでの1年間を瑞々しく描いた全7編。



概要/感想(ネタバレなし)


カンヤ祭を中心に据えた長編3作を経て、次の一手として投入されたのは短編集。
時系列としては、過去の長編と前後する話も含まれていて、世界観を補完する役割もあるのだが、その先にもぐんぐん進んでいく。
文化祭に辿り着くまでに3冊かけたからといって、同じペースでイベントを切り取っていたらキリがない、と言わんばかりに、主要イベントと印象的な謎を紐付けてハイペースに展開。
結果的に、入学年度における完結編となる1冊であった。

奉太郎のスタンスを振り返りつつ、その例外となり得るえるの存在を印象づける「やるべきことなら手短に」は、ベタな七不思議モノから派生して、秘密倶楽部"女郎蜘蛛の会"の勧誘方法を探るというオマージュ要素たっぷりの展開。
さすがは古典部、というユーモアに捉えていたが、実は重要な意味を持っていて、ミステリーの導入としてはこれ以上ない伏線である。
自分にも生徒にも厳しい教師が、どうして授業範囲を間違えたのか、という「大罪を犯す」も、学園モノの序盤に置かれる日常の謎としてはぴったり。
奉太郎が推理によって信頼を勝ち取っていくまでの補完となっていた。

夏休み中の温泉合宿にて、えると摩耶花が現地で聞いた怪談の通りに首吊りの影を見たという話から、意外な真相が浮かび上がる「正体見たり」。
正月には、荒楠神社に初詣に行き納屋に閉じ込められてしまう「あきましておめでとう」、バレンタインには、里志と摩耶花の関係を深掘りする「手作りチョコレート事件」、そして、雛祭りのエピソードを春の情景とともに鮮やかに描いた「遠まわりする雛」と続き、主要イベントはおおむね網羅。
クリスマスが含まれなかったのが意外な気もするが、奉太郎がフル参加となればそれはそれで設定が弱くなってしまうか。
代わりに、校内放送の違和感から、その裏に広がっている真実を「九マイルは遠すぎる」的アプローチで見抜こうとする「心あたりのある者は」を差し込んで、クッションにしているあたりは巧みである。

キャラクターが先立っていた古典部の面々に、”高校生”が追い付いてきたといった感じ。
本作を読む前よりも、親近感が沸くのは間違いないだろう。



総評(ネタバレ注意)


原作の発表順はバラバラだったようだが、時系列順に並べたほうが関係性の変化がわかりやすいとのことで、単行本ではそのように整理されている。
省エネ省エネ言って怠惰に流れがちな奉太郎をとっても、徐々に行動までの判断が早くなっているのは、単にシリーズものだからテンポの停滞を避けているのではなく、演算がはやくなっていることを織り込んで、そう描いたということか。

本作は、学園青春ミステリー、あるいはボーイミーツガール・ミステリーとしての本領発揮といったところで、過去の長編が謎を中心に古典部がてんやわんやしていたのに対し、本作においての主役は明確に古典部。
彼らの関係性をしっかり描き切るぞ、という決意やら覚悟やらが受け取れる。
その分、ミステリー的な構造はシンプルで、複層的な仕掛けがあるのは「やるべきことなら手短に」と「手作りチョコレート事件」ぐらいで、姉の暗躍が見られないのが物足りない気持ちもあるのだが、ラスト2つでそうも言ってられなくなったのは僕だけではあるまい。

とにもかくにも、「手作りチョコレート事件」で描かれる里志と摩耶花、「遠まわりする雛」で描かれる奉太郎とえるの関係性。
全員が全員、不器用としか言いようがないし、まぁ予想できた背景でもあったりするのだが、明言されることで読み方が変わるところも多く、やはり衝撃的だったと言わざるを得ない。
この対比に加え、奉太郎と里志の関係性にも少し変化が出てくると思われ、これが2年生に進級後にどう作用してくるかが楽しみ。
なんなら、謎に取り組むまでの奉太郎の判断スピードの変化は、その時点では自認していなかったとしても、えるへの好意と比例していたのだろう、と捉えたくなる。
箸休め的な短編集かと思いきや、ここで一気にメンタル上の解像度を上げてくるとは、さすが気を抜けない著者であった。

#読書感想文


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?