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【ミステリーレビュー】さよなら妖精/米澤穂信(2004)

さよなら妖精/米澤穂信

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ベルーフシリーズへと繋がっていく、米澤穂信の青春ミステリー。

もともとは"古典部"シリーズとして執筆されていたようだが、異質な世界観となったことから、登場人物を整理して別シリーズとして発表。
守屋路行が主観人物となっており、ベルーフシリーズの主役である大刀洗万智はヒロインのひとりの位置づけである。

本作において特徴的なのは、ユーゴスラビアから来た友人・マーヤの故郷を推理する、という命題が最初に提示されており、路行の日記を辿ることで、推理に必要なパーツを集めていくというスタイルをとっていること。
舞台となっている1992年は、ユーゴスラビア紛争の時期で、彼らがそんな行動をとっているのは、彼女がスロベニア、クロアチア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニアのどこに帰ったかで、安否の心配がまったく異なってくるからである。
小説の大半は日記での回想に割かれており、マーヤが日本にいた頃のエピソードを振り返っていく中で、"日常の謎"系の小さなミステリーをいくつか挟みつつ、本題に収束していくという構成。
そのため、平凡な日常生活を送っていた路行が、同世代ながら世界に目を向けているマーヤに感化されていくという、若者らしさに溢れた青春劇こそ見どころであり、命題を含めて、ミステリーとしての期待値を上げすぎないほうが良いだろう。

とにかくマーヤという少女像を丁寧に描写している印象。
いや、万智、いずる、文原といった面々も、勝手に会話がはじまりそうなほどキャラクターが明確に書かれていて、ある意味、この日記を書いた路行のほうが、将来はフリーライターになる万智以上に物書きの適正があると言えたりして。
さっぱり読むには最適で、読後感は、十分に切ない余韻を与えてくれる。
このミステリーとは別に置かれた、海外のマイナー国の文化や政治的事件を背景に、日本文化を顧みるという作風こそ、ベルーフシリーズの醍醐味なのかもしれない。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


「王とサーカス」との繋がりであるが、結論から言って、本作を読まずとも、「王とサーカス」は面白かった。
一方で、そちらを先に読んでしまった身としては、"マーヤが死んでいる"という本作の肝について、なんとなくネタバレを踏んだ形になってしまったので、少しもったいない気持ちにもなる。
よって順番に読むのがベターなのだが、それを除けば前日譚としても十分機能していたので、ここは良しとしておこう。

当初驚いたのは、本作では路行の主観で突っ走るため、万智が必要以上に機械のような人間として描かれていること。
万智が主観の「王とサーカス」では、多少ドライな気質はあっても、一般的な女性として描かれていたように思う。
それだけに、10代の頃の万智が、いかにも探偵役といった"切れ者だけどコミュニケーション下手"という設定を割り振られているのに、少し抵抗があったのだが、終盤、路行は知り得なかった万智の役割が明かされ、ようやく納得。
最後の最後で万智の見え方が変わるので、彼女の行動を見ながら読み返したり、彼女が主人公の小説が読みたくなったり、というのは必然なのかもしれないな。

自分は何も成していないという焦りから、マーヤの置かれた環境に自分も身を投じたい、という急に沸いた使命感は、なんとも若者らしい。
本作が書かれたゼロ年代初頭は、自分探しの旅に非観光地に出向くのがブームになっていて、自己責任論が噴出した時代でもある。
いずるには耳ざわりの良い結論を与えてやって、自分は現地に、というスタンスは、作品が違えば、ヒーローが取るべき行動であるのかもしれない。
だが、それを打ち崩すように知らされる真実と、その後に訪れる無力感。
ここまで描き切ったからこそ、元・若者は路行に共感できたのではなかろうか。

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