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【ミステリーレビュー】インシテミル/米澤穂信(2007)

インシテミル/米澤穂信(2007)」

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「インシテミル 7日間のデス・ゲーム」として2010年に映画化もされた、米澤穂信によるデスゲーム&本格ミステリー。

時給11万2000円という誤植かのような報酬に引き寄せられて、人文科学的実験の被験者として集まった12人の男女。
7日間、地下に構築されたクローズド・サークル"暗鬼館"の中、人を殺せばボーナスが貰える異常な環境で生活するという、いわゆるデスゲーム風の設定である。
設定として面白いところは、ただ殺人鬼から逃れるだけのサバイバルではなく、誰かに犯人であることを指摘されれば、報酬が大幅に目減りすること。
そのため、強力な武器を保持したからといってなりふり構わずに殺して回るわけにもいかず、だからこそ、序盤は全員で殺人ボーナスを放棄する方向で話はまとまっていく。

結局、中盤で殺人が発生し、徐々にサスペンス色が強くなっていくのだが、こうなってくると、連続して殺人が発生したからといって、犯人が同一とは限らない。
報酬という動機は誰の前にも転がっており、謎は一気に拡散。
ひとつの解決が、すべての解決に繋がらないだけに、最後まで何がどう決着するのかわからないドキドキ感が持続していた。
パニック小説さながらの疑心暗鬼になりながらも、読者は登場人物である結城理久彦の視点を経由しながら、徐々にゲームのルールを理解し、それによって浮き彫りになる謎が推理によって解明されていく本格ミステリーのカタルシスも味わうことができる。
設定は異色ではあるも、1冊で、2度、3度おいしいミステリーだったと言えるだろう。

なお、堀が深いイケメン真木が"様になっているビジュアル系"、金髪のパンクファッションの岩井が"様になっていないビジュアル系"と揶揄されるが、見た目も声も女性的な美男子、箱島こそビジュアル系と称されるべきではないか、と声高に訴えたくなる。
世間一般におけるビジュアル系と、我々、どっぷり浸かっているバンギャル界隈でのビジュアル系の認識の乖離を、まざまざと見せつけられてしまった感。
内容とはまったく関係ない部分ではあるが、属性的に触れずにはいられないポイントだった。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


ネタがわかってしまえば、たいしたことはない。
どのミステリーにも言えることだが、その隠し方が極めて巧みだったなと。

結局のところ、被害者を殺した凶器は誰のものか、に尽きる。
というのも、凶器はひとりひとり違うものが配布されていると推測され、絞り込みのポイントになる。
そこに思い至っていれば、ダミーの凶器を用意できた人物、と容易に推測できそうなものだが、結城の視点では、半分程度の凶器候補しか確認することができなかったうえ、何かを隠す大迫の怪しげな態度への不信感が、その考えを頭から外してしまうのだった。
ミッシングリンクを匂わせて、発生した事件はすべて同一犯の仕業ではないかと考えさせたり、視点人物の結城も読者に対して語っていない情報の存在を仄めかしていたり、とブラフを多く仕掛けているのも、読者の意識を凶器のすり替えから逸らせるのに役立っていて、ものの見事に騙されてしまうのである。

真犯人はどうして自殺も視野に入れてまで大金を手に入れる必要があったとか、結局、"クラブ"や"主人"は何者だったのかなど、細かい点は語られずに終わってしまうので、その点は読後の爽快感を幾分か抑えてしまった部分なのかもしれない。
主催側の立ち位置に近い(あるいは同業者)と思われるヒロインの須和名にしても、仮に襲われていたとしたらどうしていたのだろう、などの細かい疑問も含めたら、舞台設定におけるファンタジー要素が強い分、ツッコミどころを作ろうと思えばいくらでも捻出できる。
ただし、だからこそプリズン内での結城と岩井の楽屋トークや、須和名による共興としての評価が映えるのだし、サバイバル色の強い他のデスゲーム作品とは異なる新鮮な味わいをもたらしていたのも事実。
このままつらつらと思ったことを垂れ流していても、それこそ"空気の読めないミステリ読み"になってしまうので、面白かったという感想だけ添えて、筆を置くことにする。


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