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【ミステリーレビュー】満願/米澤穂信(2014)

満願/米澤穂信

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史上初のミステリーランキング3冠に輝いた米澤穂信の短編集。

2014年に本作で3冠に輝くと、翌年には長編ミステリー「王とサーカス」にて再び3冠を達成。
クオリティの高さも然ることながら、その引き出しの多さを見せつけた結果となった。
文章の上手さと、ミステリーの醍醐味であるどんでん返し。
正直なところ、期待が大きすぎた感はあって、好みとは微妙にズレてはいたのだけれど、どの短編も後味が強烈で、著者を象徴する作品となっているのも納得である。

殉職した川藤巡査の死の真相を巡る「夜警」。
自殺の名所である温泉宿で働くかつての恋人から、発見された遺書の持ち主を探す「死人宿」。
生活力はないが誰もを魅了する男・成海が招く愛憎劇「柘榴」。
企業に身を捧げた男がバングラデシュにて負の連鎖に巻き込まれる「万灯」。
都市伝説の取材でドライブインを訪れた男と店主のばあさんの和やかなやり取りが、少しずつ不気味に変貌していく「関守」。
そして、下宿していた畳屋の妻・妙子が殺人を犯した理由、正当防衛を主張せずに刑に服した理由に迫る「満願」。

いずれも、探偵役が犯人を暴くスタンダードなミステリーではないのだが、真相がわかると世界がひっくり返る驚きに包まれている。
殺人の背徳感と甘美な死。
嫌だ、嫌だと思いつつも続きを読んでしまう感覚。
舞台としては昭和の価値観が色濃く残っている時代設定で、発展の影で悪意が蠢いている不気味さが、どんよりと暗く重たい作風にマッチしていた。
短編のコンパクトな文量で、この重厚な世界観が堪能できるとあれば、実にコストパフォーマンスの高い1冊であると言えよう。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


「夜警」、「死人宿」といった序盤の2編は、トリッキーな部分はあるにせよ、ロジックで結論を導き出せるという意味では正統派のミステリー色が強く、導入としてはぴったり。
変化球的な「柘榴」を直後に入れ込むバランス感覚も絶妙である。
子を持つ親としては、途中まで胃がキリキリするほど辛い話で、ミステリーとしての真意も掴みにくいのだが、最後の章を読んで見ている景色がぐんにゃり曲がるのを体験すれば、確かにこれは本作に入れるべき作品だったな、と。

「関守」も、ホラー要素を強めた世界観が巧みであった。
ミステリーとして読んでいたはずなのだが、"ホンモノ"っぽい都市伝説の取材という前フリに隠されて、わかりやすいはず答えが盲点の中に消えて言ってしまう。
この守備範囲の広さゆえに、オカルトもありなのかな、と思わせた時点で、作者の勝ちだろう。
名作との呼び声が高い表題の「満願」は、純文学のような美しさも感じさせ、ミステリーというジャンルの枠を飛び越えてしまった感もある。
最後、妙子は来たのだろうか、来なかったのだろうか。
無事に再会はできたのだろうか。
メインとなる殺人の動機より、そんなことのほうが気になってしまうぐらい、ふたりの関係性や物語に引き込まれていた。

大掛かりなトリックや鮮やかな解決があるわけではなく、短編集ではあるが、ライト層向けというより玄人好みといった印象。
ひとつひとつがボディブローのように効いて、とても短編集とは思えないずっしりと響く読後感。
短編だからさらっと読めるかな、と思っていたのは間違いだったな。


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