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第4回:(コラム)「東証市場区分変更」 【新版】経営企画担当者のためのIR/SR実践講座

こんにちは。
T&Aフィナンシャルマネジメントのさいとうです。
企業経営者や経営企画部門に所属する人たちが知っておくべきIR/SRの知識・スキルについて説明している本連載。
前回まではIR/SRの基本的な定義や目的などをお話してきました。

今回はIR/SRを取り巻く時事問題として最近話題に上っている、東京証券取引所の「市場区分変更」についてご説明します。
端的に言うと、今まで第一部、第二部という本則市場に加え、マザーズ、ジャスダックという4市場で構成されていた東証市場区分が、プライム、スタンダード、グロースの3区分に再編されるというものです。

その区分変更が行われることになった背景や、実務的なポイントについてご説明したいと思います。

≪T&Aフィナンシャルマネジメント≫
T&Aフィナンシャルマネジメントはベンチャー企業に特化した経営財務支援、クライアント目線に立った中小規模M&Aのご支援をしております。
また、上場企業をはじめとする大企業~中堅企業の経営企画をはじめとする経営管理部門のサポートなど、幅広なご支援をご提供しております。

市場区分変更の概要

今回の市場区分変更は、先ほどご説明のとおり、従来の4市場を3市場に再編するものですが、再編に至るまでには多様な背景がありました。
歴史的な経緯からいうと、2013年7月に東京証券取引所と大阪証券取引所の現物市場が統合されたことから端を発し、2018年から開始された「市場構造の在り方」に関する検討に至ります。

市場区分変更の背景には、①国際的に最上位市場とされる東証第一部に上場されている社数が多いものの、平均的な時価総額が低いこと、②各市場区分のコンセプトが曖昧であること、③投資対象としての市場代表性を備えた指数が存在しないことなどが挙げられています。

第一部に上場されている社数が多い点については、国際比較において、東証一部が2,187社で時価総額の中央値が480億円であるのに対し、NASDAQでは1,480社(同1,261億)、ロンドンでは504社(1,402億)、ドイツでは307社(959億)であり、東証の「小粒感」が目立ちます。

また、現在の第二部、マザーズ、JASDAQの3市場の位置づけが曖昧であることや、東証一部上場全銘柄で構成されているTOPIXは市場代表性が乏しいといった指摘がありました。

それらの諸問題解決のため、現在の4市場を3市場に再編することとし、2022年4月4日の一斉移行を予定しています。
以下に各市場のコンセプトをご説明します。

プライム市場
多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資者との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場
スタンダード市場
公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向けの市場
グロース市場
高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ、一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの市場

私の理解としては、東証一部から厳選された会社が属する最上位としてのプライム市場。
マザーズの延長線上としてとらえられる成長性の高い新興市場的側面の市場がグロース市場。
従来の第二部、JASDAQといった、安定的な古参企業が属するのがスタンダード市場。
東証の理解とは異なるかもしれませんが、世の中一般的にこのような理解がなされているものと考えています。

各々の市場区分における上場基準が設定されており、「新規上場基準」と、「上場維持基準」が定められています。
東証公表のプライム市場の基準は以下のとおりとなっています。

プライム市場

市場区分選択ですが、現市場区分で市場第一部の企業は市場選択に係る手続きを経てスタンダード、プライムが選択できる(新市場区分の上場維持基準を満たしていない場合は、基準への適合に向けた計画書の提出・公表を要する)他、市場第二部、JASDAQスタンダードに属する企業はスタンダード。
マザーズ、JASDAQグロースに属する企業はグロース市場を選択することできます。

一方で、それ以外の例えばマザーズ上場企業がプライム市場やスタンダード市場を選択する場合などは、新規上場と同様の審査手手続きを要することとなり、従来のような市場間のスライドが認められなくなったことがポイントと言えます。

東証

新たなポイントである「流通株式時価総額」について

今回新たに登場した概念として流通株式時価総額という概念があります。
プライム市場においては新規上場基準、上場維持基準ともに100億円と設定されています。

この流通株式時価総額は、上場株式数から流通株式とはみなされない主要株主の所有分や、役員その他の特別利害関係者の所有分、自己株式、金融機関・事業会社の保有分、その他を控除して求められる株式数に株価を掛け合わせたものとなります。

これは、従来からの株式持ち合いや特定者による保有が多い状況が、正常なガバナンス機能の発揮を阻害しているとの指摘から生じたものと思われ、それらの解消を暗に求めているものと考えられます。
例えば、時価総額200億円の企業であっても、流通株式比率が30%であれば流通株式時価総額は60億円となり、プライム市場の上場基準を満たすことができません。
この状況を解消するためには、特定者の売却を促すことや、もしくは現在政策保有してもらっている金融機関や事業会社に株式の放出を要請する必要があります。

これにより、緊張感のあるガバナンスの効いた経営が可能となり、後でご説明するコーポレートガバナンス・コードの主旨に則った企業経営が可能になるものと考えられています。

新市場区分選択

今後の実務的なフローとなりますが、2021年6月30日を移行基準日として、以降、上場会社に新たな市場区分の選択に際して必要な提出書類等が案内されます。
要は合否通知ということになろうかと思いますが、ここでプライム市場への上場が可能と判断されれば年末までに市場選択手続きを行うこととなりますが、希望する市場の上場維持基準を現状充足していない場合は「計画書」の提出が必要となり、それを公表する必要があります。

従って、仮にプライム市場への上場を希望するものの、以降基準日において上場維持基準を充足していないからといって一発でプライム市場への上場不可というわけではなく、計画書の提出により一定期間の「猶予期間」が与えられることとなっています(猶予期間の具体的な期間は明確化されていません)。

そして、2022年4月4日が一斉移行日と予定されており、各上場企業が選択した市場に一斉で移行することとなります。

今後の市場をめぐる動向

東証の上場区分変更を中心に、上場企業を取り巻く環境は大きく動いています。
先日2021年6月11日にコーポレートガバナンス・コードの改訂版が公表され、プライム市場を見据えた、より一歩踏み込んだガバナンス体制の構築の必要性が要請されています。
コーポレートガバナンス・コードについては、別途本連載の別コラムで詳細をご説明する予定です。

また、国内の株価指標は複数存在しますが、代表的な日経225とTOPIXのうち、TOPIXの算出ルールの変更も予定されています。
具体的には、従来は東証第一部に上場している全銘柄の加重平均で指数計算がされていましたが、今後は段階的に(2022年10月末日から四半期ごとに10段階で構成比率を低減)流通株式時価総額100億円未満の企業を指数から除外してゆく動きを予定しています。

TOPIXは代表的な指数としてインデックスファンドの参照指数に設定されていることが多く、東証第一部に上場しているだけで、一定量のパッシブ資金(インデックスファンド資金)が流入していました。
しかしこの変更により、計画書を提出してプライム市場に残存している旧東証第一部銘柄が指数から除外されることでパッシブ資金の流入が受けられなくなると同時に、プライムやスタンダード、グロースといった市場区分を問わずに流通株式時価総額100億円以上ある銘柄はTOPIXに参入されますので、時価総額が相応に大きい銘柄はプライムでなくともTOPIX銘柄としてパッシブ資金の流入を受けることができるようになります。

東証②

まとめ

2021年から2022年に予定されている、東証の市場区分変更について概観してみました。
今回の市場区分変更の主旨は、どうしても小粒な上場会社が多く存在する市場第一部を見直すことで、国際的に競争力のある市場創造を行おうとする東証をはじめ、金融当局の思惑が垣間見られます。

一方で、東証第一部上場会社の中で、かつてのマザーズからステップアップ上場し、現状小さな時価総額である企業にとっては、「東証の第一部上場企業増加」の動きに乗せられて一部に上場したのに、実質「格下げ」されることに恨み節を唱える企業も少なからずあります。

今回の措置の評価はどうであれ、上場企業に求められているのは不断の企業価値向上に係る努力と、そして昨今は特にコーポレートガバナンス強化となり、それらによって市場から評価を受ける取り組みが明確に必要となったことを意味しているといえます。

経営者のみなさまや経営企画担当者は、タイムリーな情報をキャッチし、必要に応じた措置を継続してゆく必要があります。

【(新版)経営企画担当者のためのIR/SR実践講座】
第1回:IR/SRってなんだろう?
第2回:IRの目的とは?
第3回:SRの目的とは?
第4回:(コラム)「東証市場区分変更」
第5回:IRの対象とは?
第6回:機関投資家の種類とは?
第7回:個人投資家向けIRとは?
第8回:STの手法とは?
第9回:(コラム)経営企画担当者が知っておくべき「コーポレートガバナンス・コード」とは?
第10回:IR支援会社が提供するIR/SRコンサルティングサービスとは?
第11回:実質株主判明調査とは?
第12回:実質株主判明調査を活用したIR/SR戦略とは?
【(旧版)経営企画担当者のためのIR/SR実践講座】
第1回:IRの目的とは?
第2回:IRの対象とは?
第3回:個人投資家向けIRとは?
第4回:機関投資家向けIRとは?
第5回:SRの目的と手法とは?
第6回:IR支援会社が提供するIR/SRコンサルティングとは?
第7回:実質株主判明調査とは?
第8回:実質株主判明調査を活用したIR/SR戦略

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