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【経営企画担当者のためのIR/SR実践講座】第7回:実質株主判明調査とは?

前回投稿で、IR支援会社の中心サービスとして実質株主判明調査が挙あげられることを説明した。

今回は、その実質株主判明調査の目的や意義、そして手法の一端について説明したいと思っている。

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実質株主判明調査とは?

ここで改めて実質株主判明調査とは何か?ということについてご説明したい。

一言で言うならば、表面的に確認できる株主名簿記載の保有順位ではなく、カストディアンの背後に存在する機関投資家を特定し、実態的な保有順位を判明させることで、有効なIR/SR戦略を構築するとともに、アクションを起こすための基礎的な最低限の資料を提供する調査である、とでもいえるだろうか。

カストディアンとは?

これは具体例をみてもらうのが最も手っ取り早い。

企業の株式保有順位は企業が発行する有価証券報告書やそれを基にした四季報や日経会社情報などをみるとわかりやすい。

トヨタ自動車の2020年3月期の有価証券報告書、64ページに記載されている「大株主の状況」によると、トヨタ自動車の大株主は以下であることがわかる。

第1位:日本トラスティ・サービス信託銀行(12.71%)
第2位:豊田自動織機(8.48%)
第3位:日本マスタートラスト信託銀行(7.18%)
第4位:日本生命(4.53%)
第5位:ジェーピーモルガンチェースバンク(3.61%)
第6位:デンソー(3.20%)
第7位:ステートストリートバンクアンドトラストカンパニー(2.79%)
第8位:三井住友海上火災保険(2.02%)
第9位:資産管理サービス信託銀行(1.82%)
第10位:東京海上日動火災保険(1.82%)

トヨタはカストディアン他、典型的な日本企業の大株主構成となっていてわかりやすい。

第1位の日本トラスティ・サービス信託銀行、第3位の日本マスタートラスト信託銀行、第9位の資産管理サービス信託銀行が国内カストディアンと呼ばれる面々だ。

そして、第5位のJPモルガン、第7位のステートストリートが海外カストディアンと呼ばれる面々だ。

ちなみに第2位と第6位はトヨタ御三家の豊田自動織機、デンソーが親子持ち合いしている状況(アイシン精機がどれほど保有しているかは不明)。

加えて生保、損保も保有しており、保険会社の政策保有先としても大きなポジションを占めている状況がわかる。

国内カストディアンと海外カストディアン

国内カストディアンと海外カストディアンの違いは国籍が日本か、それ以外かということだ。

日本トラスティ・サービス信託銀行や、日本マスタートラスト信託銀行、資産管理サービス信託銀行は資産管理信託銀行と呼ばれ、一般の信託銀行のような信託業務は行わず、有価証券の保管や管理事務に特化しており、普段の生活で耳にすることはない。

ちなみに日本トラスティ・サービス信託銀行は三井住友信託系、日本マスタートラスト信託銀行は三菱UFJ系、資産管理サービス信託銀行はみずほ系とメガバンク色がついており、加えて信託業務を行えるりそな銀行も資産管理信託業務を行っている。

最近のニュースだが、日本トラスティ・サービス信託銀行と、資産管理サービス信託銀行は共同持株会社であるJTCホールディングスを2018年10月に設立し、2020年7月に両行を統合し日本カストディ銀行となった。

上記の通り、カストディアンは有価証券の保管や管理を行っており、誰の有価証券を保管・管理するのか?というと、それは機関投資家の有価証券ということになる。

機関投資家は直接名義で企業の株式を取得することもできるが、税制上の利便性や保管に係る事務負担軽減を実現するため、保有株式の保管を資産管理信託銀行に委託することが一般的だ。

資産管理信託銀行(カストディアン)は複数の機関投資家の保有する銘柄を同一名義で保管するため、前掲のトヨタ自動車の例で言えば日本トラスティ・サービス信託銀行名義の裏には数百、数千といった機関投資家の預け株式により成立しているということになる。

基本、海外も同様と考えてよく、第5位のJPモルガンの背後には数多くの外国籍の機関投資家が名を連ねているといった状況だ。

実質株主判明調査のアウトプット

カストディアンの裏側に実質的な機関投資家が存在することはおわかりいただけたかと思う。

したがって、先ほどのトヨタ自動車が実質株主判明調査を行うとどうなるか?

結果的には、表面的な株主順位である前掲順位とは違う、カストディアンの裏側の機関投資家の名前が列挙された名簿がアウトプットして提供されることになる。

例えば、トヨタ自動車は日本トラスティ。サービス信託銀行が表面的な筆頭株主となっていたが、調査アウトプットには(あくまでも例だが)野村アセットマネジメントやアセットマネジメントOneといった国内大手機関投資家や、海外カストディアンの裏側に控えるものとしてはフィデリティなどと言った海外大手機関投資家が名前を連ねているものと思われる。

実質株主判明調査の手法とは?

表面的な株主名簿と、実質的な株主名簿の双方が存在することはおわかりいただけたと思う。

では、調査会社はどのようにして実質株主判明調査を行なっているのだろうか?

正直これらのノウハウはIR支援会社にとって企業秘密であり、虎の子でもあることから詳細までは分からないが、一般的な手法としては以下を挙げることができる。

公募投信の運用報告書
免税搭載申請書からの推定
ヒアリング調査

調査手法について

公開情報として最も多くの情報を提供してくれるのは公募投信の運用報告書だろう。

ファンドには大きく公募と私募があるが、広くお金を集めて運営されている公募投信については定期的に運用報告書を提出する必要があり、それらには保有銘柄の数と評価額を記載されている。

アナログな方法かもしれないが、運用報告書に記載されている保有銘柄をデータ化すれば、各々の機関投資家が保有している銘柄をファンドの決算のタイミングで知ることができる。

そしてこの公開情報で概ね80%〜90%程度の実質株主を判明させることができるようだ。

しかし、ヘッジファンドをはじめとする私募ファンドなどは運用報告書の提出義務はなく、海外機関投資家の場合は二重課税を回避するために作成される免税搭載申請書などを使って確認するとともに、最終的には「何株持っていますか?」とヒアリング調査を行い、最終的な実質株主を判明させるというプロセスを経ているようだ。

これらの調査は、1件の機関投資家にまとめて複数銘柄の保有状況をヒアリングすることができることなど、調査銘柄数が増えれば増えるほど精緻化してゆくことから、受託数の多い調査会社ほど精緻な結果を効率的に導出できるという特性を持つ。

代表的な調査会社とサービス内容について

では、そんな実質株主判明調査だが、どこにお願いすると対応してくれるのか?

基本的には以下だろう。

IR支援会社
信託銀行

IR支援会社の代表格はアイ・アールジャパンかと思われる。

同社は第6回でも記載した通り、日本のIR/SRコンサルティングサービスの先駆けとなった会社だ。

また、ウィルズジェイ・ユーラス・アイアールといったIR/SRの支援会社も同様なサービスを展開しており、加えて外資系ではアイプリオジャパンなどはそのインフラにおいて投資家筋からも一定の評価を得ており、選択の一考に値する一考に値するものと思われる。

そして膨大な運用報告書を分析するといった作業系に強いのが信託銀行かもしれない。

細かな免税搭載の分析やヒアリング調査といったメニューには強みは持たないものの、最低限の運用報告書ベースの「公開情報」は入手しておきたいという企業であれば信託銀行が提供する判明調査でも事足りるかもしれない。

サービス内容

基本的なサービスは①運用報告書をベースにした公開情報での判明調査報告、そして②ヒアリングを含む詳細情報まで踏み込んだ判明調査報告の2つに大別されるものと思われる。

先に書いたように公開情報だけでも80%〜90%の判明率となることも多いが、より100%に近い精緻な判明調査を求めるのであれば後者のサービスを依頼することが望ましいと思われる。

まとめと次回に向けた考察

実質株主判明調査の概要と手法、そしてその必要性についてはご理解頂けたと思う。

判明調査を活用したIR/SR戦略については次回詳細にご説明したいと思っているが、IR/SRの戦略構築とアクションプランの策定においては、自社の実際の株主が誰か?ということ抜きには考えられないことは事実である。

そしてIRにおいては競合他社を保有しているにもかかわらず自社の株主を保有していない原因分析を行なったり、SRにおいては実質株主にアプローチし、総会議案に関わる事前理解を得ることなどの働きかけが必要となってくる。

今回ご理解いただきたかったのは、表面的な株主名簿では何も理解することはできず、分析のためには必ずどんな方法でも判明調査をすべきです!ということだ。

T&AフィナンシャルマネジメントのIR/SRコンサルティングサービス

T&AフィナンシャルマネジメントCFOサービスの一環としてIR/SRコンサルティングサービスをご提供している。

上場企業のみならず、将来的にIPOを志向している企業で、資本政策の立案から上場を意識した機関投資家との対話を考えられている起業からのお問い合わせを受け付けている。

経営企画担当者のためのIR/SR実践講座
第1回:IRの目的とは?
第2回:IRの対象とは?
第3回:個人投資家向けIRとは?
第4回:機関投資家向けIRとは?
第5回:SRの目的と手法とは?
第6回:IR支援会社が提供するIR/SRコンサルティングとは?
第8回:実質株主判明調査を活用したIR/SR戦略
【(新版)経営企画担当者のためのIR/SR実践講座】
第1回:IR/SRってなんだろう?
第2回:IRの目的とは?
第3回:SRの目的とは?
第4回:(コラム)「東証市場区分変更」
第5回:IRの対象とは?
第6回:機関投資家の種類とは?
第7回:個人投資家向けIRとは?
第8回:SRの手法とは?
第9回:(コラム)経営企画担当者が知っておくべき「コーポレートガバナンスコード」とは?
第10回:IR支援会社が提供するIR/SRコンサルティングサービスとは?
第11回:実質株主判明調査とは?


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