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3月8日

もうすぐ春が来るというのに雨が続いていた
何日目の雨だろうか

いつもなら憂鬱な気持ちだけど今日は違う
いつもより1本早い電車に乗る
ガラガラの電車はいつもの電車ではないかのように静かだった

ゆっくりと座って本を読む
早起きと活字で眠気に襲われる

本が逆さまだって気づかないくらい本を読まない私が
なぜ本を読んでいるか

それは先月のこと、どうしても学校へ早く出ないといけない日だった
ギリギリセーフで乗った電車はガラガラだったので
ドアの一番そばに座った
上がった息を整える

人はまばらで静かで眠くなる
片道1時間の有効活用は寝ることだ

30分くらいしたところで男の子が乗った
少し離れたところに座って本を読む
同い年くらいだろうか
違う制服を着た彼は細身の色白で
朝日の照らされた彼の、本を読む姿がとても美しかった

私が降りる駅の一つ前で彼は降りていった
次の駅で私も降りる
その時彼が座っていた椅子に何かがあることに気づいた

黄色と緑の・・・なんだろう

栞(しおり)だ

彼が落としたのだろうか
ドアが閉まる音がして急いで降りる

あ、時間がやばい

走って改札を抜ける

そして今日にいたる
彼がいたら返してあげようと思って
彼が来るのを待っている
早起きが出来なくて、あれから数日がたっていた

ただ何となく、共通点があればいいなと
わからない本を何冊か買って待つ。

同じ駅で彼が来た
極度の人見知りとちょっと意識している気持ちとで
心臓はばっくんばっくんと音を立てる

今日は彼が近くに座った
私は意を決して彼のもとへ行く

「あ、あの、これ忘れ物じゃないかなって思って!」
栞を手渡す
彼は少し驚いていたが

「ありがとうございます。探していたので助かりました」
と反則級の笑顔を振りまく
もう眩しくて見てられない

私はお辞儀をして元の席に着く
恥ずかしさを紛らわすため本を読むふりをする
もっと後で渡せばよかった
気まずいじゃんって
一人反省会をする

少し深呼吸をして本を盾に彼をのぞく
彼と目が合う
慌てて本で隠す

彼が近寄って
「僕と同じ小説読んでいるんですね」
と言いながら横に座った

彼の手には私とたぶん同じ本があって
私は一行も読んでないから
「奇遇ですねー」とこれ以上本の話が進みませんようにと願った

彼の本にはさっきの栞が挟まれていた
「その栞はなんかの花ですか?」
つい声をかけてしまった
彼は優しく微笑んで
「ミモザの花です。黄色いぽんぽんした可愛い花で僕が栞にしたんですよ」
「すごーい器用ですね」人見知りの私が普通に話せた・・・
「3月8日はミモザの日なんですよ」

「3月8日は私の誕生日だ」

「奇遇ですね^^では誕生日プレゼントです」って言って内ポケットからもう一枚の栞を出して手渡してくれた
「失くしたと思っていたのでもう一枚作りました。なので新しいほうをあなたに上げます」
彼が降りる駅に着く
「あ、あ、ありがとうございます。お、お礼をしたいのですが!」
私は頑張って声をかけた
「ではまた同じ時間で会えるといいですね」
動き出す電車、彼はずっと手を振ってくれていた

あれから10年。
今でも大切にしているミモザの栞
お互いの本に挟む栞は今でも宝物
あの時と変わらない姿で目の前にいるのが彼だ

そして息子の名前は栞糸(かいと)
栞と赤い糸が結ぶ私たちの宝物。


二つの話し

このお話は彼女バージョンのお話でした
彼氏バージョンもございますので
ぜひ併せてお読みいただければ
より深い世界をお楽しみいただけるようになっております( *´艸`)



儚く/美しく/繊細で/生きる/葛藤/幻想的で/勇敢な 詩や物語を作る糧となります