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リハビリにカメラを握りしめて、カメラに慰められた話

昨日は久しぶりにこんなにも沈むもんかと言うくらい沈みました。
正直まだ少し引きずっています。でもかれこれ2日もカメラに触れられていません。
僕はカメラというものは日々触るものだと教わりました。
「寝るとき以外触っとけ」は尊敬する先輩の口癖でしたし。

震える手でカメラを握り、外に出ました。
当たり前ですが、いつも通りの何もない田舎です。

でもそれが逆に心を落ち着かせてくれました。
「あぁ、僕一人が悩んでたところで世界は何も変わっていかないんだな」と。
そう思えるとなんだか少し悩みが小さくてどうでも良いことのように感じられました。

古ぼけ、蜘蛛の巣が絡みついた手水舎。いつもちろちろと水が流れ落ちています。まるで厳しい龍が居眠りをしてヨダレを垂らしてしまったような、そんなコミカルさがありました。

ロードローラーは、なんだか優しい力持ちな顔をしています。ミラーがなんだか虫の触覚のようで、夕暮れの中で明日の仕事を待つ姿がなんだかすごく安心感がありました。

名も知らぬ草花が咲いて、実っています。
彼らを見つけた頃はもう日も傾いて、花が閉じかけていました。
生きてるんだな。
当たり前のことに、しみじみとした実感を覚えます。

僕は結局の所楽しくシャッターを切り続けていました。
どうしたら、この優しい世界を僕なりにプレゼンできるだろう。そんなことを考えながら。
楽しいのです。僕はカメラに知らぬ間に慰められていたようです。

夕闇に包まれる頃、僕は家の玄関前で心地よい疲労感と共に座り込んでいました。

世界は拒絶すれば拒絶され、飛び込めばそのままにさせてくれる。そんな当たり前のことをカメラは僕にそっと諭してくれました。

明日も、何か撮ろう。
そう思えた一日になりました。

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