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【小説】スーツ

バイトに慣れてきたときの事だ。

その男は仕事帰りらしく、グレイのスーツを着てやってきて、辺りを見渡しながら大声でこういった。

「店長はおるか?」大きすぎる声だ。

「店長ですか、どんな御用でしたでしょうか?」店長はなるべく呼ばないように教えられていた自分は答えた。

「お前、俺を知らんのか?」いつものお客さんや無いで、知らんやろ、心の底ではそう思った。

「入ったばかりなんで、存じ上げないです。」できる限りの丁寧言葉だ。

これで大丈夫じゃないかな、問題はない筈だ、だって知らない物は知らないんだから。

人間慣れると間違いを犯しやすくなるらしい、車の運転で3年目が一番事故が起こると言われているから、仕事に慣れた時期は要注意なのだろう。

誰でも仕事に慣れるには時間が必要で、だからこそペーペーにはゆっくり教える人がいて、初めにじっくりと教えを乞う。

自分も教えてもらっていた筈だが、慣れてきて自信が着くと、大火傷をしてしまう。

本当の意味での火傷ではない、人間との対応の大火傷だ、これで良いと思っていると、問題視してくる人間が居る。

「知らんのやったら店長読んでこんか、店長は解っとるんや。」横柄な人間だなー、店長は何処かなー。

考えていると誰かが店長を呼びに行ってくれたらしい、店長がペコペコしている。

誰なんだろうな、自分には関係ないけど、そっちは放っておいていつもの仕事に入る。

長い事話しているな、何かあったのかな、自分は関係ないし、大体品出しの仕事だし。

「何が有ったんですか?」話し終わった店長に聞いてみる。

「うん、毎年一回くらい来る人らしいんだけど、店長呼べって言ってくるらしいよ。」店長も半年前に代わったばかりで知らないらしい。

「なんかパートの人が知っていて、教えてくれたんだ、うるさいから覚えておいてね。」こっちも何度も対応したくないなと思った。

「結局スーパーに何しに来たんですか?」自分の疑問が解けやしない。

「はがきを出したいって言ってたんだけど、こっちに資料も無いしね、帰って貰ったんだよ。」不思議な人だった。

自分は直ぐにそのバイトを辞めた、接客は向いていないのだ、人を覚えるのも苦手だって気が付いたからな。


或る日の事、学校に行く道すがら、スーツの男が歩いていた、アッあの男だ、人を覚えるのが苦手な自分も思い出す。

ふらふらとしながら、コンビニに入っていく、何とはなしにそのあとを付いていった。

「店長はおるか?」大声で叫んでいる。

スーツがしわくちゃになって居た。


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