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#エッセイ
他人は変えられないということ
人間関係でイライラしてしまうことって誰でもあると思います。
私も前職でかなりストレスをためこんでいました(笑)
まぁ、今はこんな風に(笑)なんて言ってられますけど、当時は大分深刻な問題。
詳細は相手の名誉にもかかわるので省きますが、まあとにかく厄介で毎日のように怒っていました。
そんな時、ある言葉に出会ったんです。
「他人は変えられない」
人が人を叱るとき、そこに発生する原因は様々で、
ゆーてバリキャリは無理。
色々と模索中な今日この頃。
Twitterを有効活用しようとか、noteの書き方を考えたり、他のブログを検討してみたり。
でも一個気づいた事がある。
私にバリバリ何かをやるスタイルは向いていない。
元よりマイペースな性格。
他人の真似をするのが苦手なくせに、他人の影響を受けやすい面倒くさい性格。
本を読んだり、Twitterのフォロワーさんを見て私もTwitterを頑張ろう!発信を頑張ろう
Twitterで知見が広がる
Twitterって、色んな人がいるじゃないですか。
一昔前だと考えられないんですが、現在の交友関係は全てTwitterを通じて知り合った人ばかりです。
地域も生活環境も当然バラバラで。
その人たちの日常的なツイート見てると、自分の周りだけじゃ当然知りえない知識を得られる。
それを一番大きく感じたのは、家庭環境。
うちの家族は比較的仲が良くて、多分両親も険悪ではない。
でも、それが当たり前
マウントを取るつもりはなかった。
ある豆知識をnoteに書こうかなとキーボードを叩いておりました。
書き終えて、さぁ推敲しようと目を通した瞬間、思ったのは。
「おまえ、何様のつもりだ???」
決して上から目線で書いたつもりも、マウントを取ったつもりもなかったんですが、自分での自分の文に不愉快になってしまいました・・・。
有益なことを伝えようと書いたのがいけなかったのか、意識しすぎたのがいけなかったのか・・・。
とにもかく
どうせ誰も見ていない。
あ、決してネガティブな感情ではないです。
以前読んだライティングの本に「どうせ誰も見ていないんだから、好きなことを書けばいい」と書いてありました。
その時は確かになぁと納得したのですが、最近こうも思ったのです。
どうせ誰も見てないから好きなこと書いちゃえ。
どうせ誰も見てないから書かなくても同じ。
これって表裏一体なのでは。
私は誰に頼まれるでもなく、キラメイジャーのレポを原則毎週書いてます
結局舞台の話ではあるんだけど
私は浅草が好きだ。
理由は2つ。
・私の人生を変えた舞台が上演された劇場「浅草九劇」がある
・ヒプステtrack2で好きになった「鬼瓦ボンバーズ」がアサクサディビジョン
そんな感じ。
それ以外にも浅草を何度か訪れた事はあるけど、いずれも観光目的ではなく、実際の所浅草観光的な事はしたことがない。
ちなみに私は浅倉大介さんも好きなのだが、彼も台東区出身なので浅草には不思議な縁を感じている。
タイトルをつけなくちゃいけない
文章にはタイトルをつけなくてはいけません。
当たり前の事ですが。
意図的に「無題」とする事はあっても、基本的にはタイトルをつけるもんです。
私はタイトルをつけるのが大変苦手でして。
パッと浮かぶことはごく稀です。
下手すると記事を書くより悩む事もあります。
さきほど自身のエッセイ記事をマガジンにまとめたよーとツイートをしまして。
せっかくだしnoteのエッセイ記事でも読んでみようかなと「
流行りの服を買ったら負け
多分私は、同年代の女性より服に興味がない。
お金を使う優先順位を考えた時、『洋服を買う』がかなり下位に位置する。
上位は言わずもがな『観劇等の趣味』だ。
とはいえ、最低限の清潔感とTPOは弁えている。
その結果行きついたのは、流行り物は買わない。という選択肢だ。
ファストファッションブランドをよく利用するのだが、中でも『GU』は流行りのファッションをお手頃価格で、というのがある様に思う。
これめっちゃ素敵だからマジ見てくれ頼むーわたしの執筆スタンスー
noteのTOPページを眺めていたら、こんな記事が。
ほほう。と思ったので、私も書かせていただこうかなと。
単純に書きたいから書く仕事に抵触しそうな文章はともかく、noteにはいろんな事をつらつら書いてるので、ガジェットの話もするしー、特撮の話もするしー、もちろん舞台の話もするしーって感じですよね。
だから文字数はあんまり気にしてなくて、今ここにはないですけど、めちゃくちゃ長いのを書いたこと