マガジンのカバー画像

シノイキスモス短編小説集

12
フィクションです。
運営しているクリエイター

#短編

短編小説|ベイカー

短編小説|ベイカー

 エトーにとって、パン作りは趣味であると同時に、ある種の快楽を得る手段となっていた。たいてい週末の時間を使ってパンを焼く。小麦粉から自分の手で生地を作り、こねて発酵させ、成形し、オーブンに入れて焼く。シンプルな丸パンやフォカッチャから、八つ編みのずっしりした大物まで作った。パン作りのために、わざわざ家賃が割高なオーブン付きキッチンのある部屋を借りている。

 パン作りは祖母から教わった。エトーの祖

もっとみる
短編小説|バスタオル

短編小説|バスタオル

 彼の部屋には、何度洗ってもにおうバスタオルがある。何枚かあるバスタオルのうち、一枚だけ。部屋干ししているからかもしれない。でも、他のバスタオルだって部屋干ししている。条件は同じだ。なのに、どうして。

 とても疲れて仕事から帰ってきて、シャワーを浴びた後にそのバスタオルにあたると、彼は気分が悪くなる。どん底まで落ちこむ。他のバスタオルがあれば迷わずそちらを使うけれど、におうタオルしかないときだっ

もっとみる

短編小説|フレー厶

 霧が立ちこめる港湾都市の一角。なだらかな坂になった通りに、白い西洋風の建物が並んでいる。そのなかでも特別年季の入った3階建ての地下、ひっそりと営業しているバーにぼくはいる。同じ丸テーブルには、一人の小柄な女性がいて、この人は横山さんといった。中学校の頃の同級生で、たしか一度いっしょに保健委員になったことがある。中学を卒業してからは、今日まで会ったことはなかった。昔と変わらないおかっぱ頭をしている

もっとみる
短編小説|INTERMISSION

短編小説|INTERMISSION

 長い映画と同じで、長い人生にもインターミッションが必要だった。インターミッション者を満載した大型バスが、街のターミナルにたどり着いた。「ようこそ、幕間の時間へ」そんな文句の書かれた横断幕が掲げられているのを、トウジは車窓から眺めた。今までせわしなく何かが映っていたスクリーンが真っ黒になって、観るべきものがなくなったような日々が始まった。
 
 実際の映画の場合、インターミッションの間にすることと

もっとみる