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暮らすように宿に泊まる 主婦のひとり旅

扉を少し開けると、
宿の主人は、駆け寄って扉を押さえ、
私の荷物を持ち、
「いらっしゃいませ。せやまさん、ですね?」
と声をかけてくれました。

名前というのは特別です。
呼んでもらうと、ぐっと距離が縮まります。
まだ会って間もない人なら、なおのこと。

それから、
世間話を少しして、
設備を見ながら説明してもらい、
「あとはゆっくり過ごしてください。何かあればいつでも声をかけてください」と。
あまり踏み込まれすぎない、でもこちらからは話しかけやすい、絶妙な距離感です。

ひとり旅のわたしに、ちょうどいい。


今回泊まったのは、鎌倉の長谷にあるhotel aiaoi。
古いビルの3階を改装した、全6部屋という小さなホテルです。


aiaoiではカフェラウンジから、各部屋に続く廊下に入る前に、靴を脱ぎます。

脱ぐと、ここまでの道のりで凝り固まった足が、じんわり緩みます。
しかも、床の木にはなだらかな凹凸があり、
足裏の土踏まずに沿ったり、反対に刺激してくれたり、いつまでも感触を確かめていたいような気持ちになります。



部屋は、一人部屋kokageyaを選びました。
一歩入ると、ほうっと息が漏れます。

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壁の間のベッドスペースは、
窓の先に続く遠くの山までが、部屋の延長のような錯覚を生みます。
京都のうなぎの寝床と呼ばれる町屋のような、
カウンターだけのビストロのような、
細く長いゆえの、不思議な心地よさがあります。

そして、
ホテルの名前がよぎる藍染めのベッドランナー、
洗面に使われる古道具、
懐かしいスチールのデスクには鉛筆とメモ用紙、
kokageのような柔らかなオレンジの灯り。

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どれもが愛されて選ばれて、ここに在るのを感じました。
一つ一つに個性がありながら、それが部屋にいる人を刺激しすぎることなく、よく馴染んでいました。


着いたのは16時頃。
外は暑く汗をかいていたので、先にシャワーを浴びます。

シャワーは共用です。
鍵をかけて順番に使用します。
この宿で、どうかな?と気にしていたポイントでしたが、シャワールームは十分に広く、清潔でした。
使いやすかったので気に入って、私は夜寝る前にもう一度汗を流しました。


まだ、陽が高く暑かったので、
部屋でのんびり、外が涼しくなるのを待ちます。

アンティークデスクに座っていると、
背筋を伸ばしてノートを広げたくなりました。
noteではなく、ノートです。

部屋の空気を味わい尽くすため、
旅の間は、出来る限りスマホは開かずに過ごすことに、決めていました。

けれど、きっと書きたくなると思って、
ノートをトランクに入れました。
心に浮かんだ言葉を詩にしたり、その日の日記を書いたり、読書をして過ごします。



18時頃。
夕食に出掛けます。
とは言え、この時期お休みしている店も多いため、特に目星をつけていません。

せっかくなので、宿主さんに地元の方のおすすめを聞いてみます。

「どこか夕食におすすめのお店ありますか?
  野菜がおいしいところがいいんですが」

快く、鎌倉駅の小町通りにある、「なると屋+典座」を勧めていただきました。夕刻の江ノ電に乗り、鎌倉駅へ向かいます。

はじめは、小町通りなんて観光地に?と思っていましたが、こちらのお店は2階にあり、とても静かで落ち着けました。

先客に、地元の方と思われる方が2組。
私が注文している途中で帰られ、食事中に客は私一人でした。

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運ばれてきたお膳には、野菜がふんだんに使われています。まさに今、私が求めていたものでした。
ゴーヤの塩漬けがこんなに美味しいなんて。ひじきご飯が進みます。
どの小鉢も、夏バテ気味の体にすっと入ってきます。出汁と塩気のバランスも良く、毎日食べたくなる味付けでした。



帰りは、小町通りを少し散歩。
時刻は19時過ぎでした。

鎌倉で一番賑わう小町通り。普段なら、まだまだ沢山の観光客が店を見て回っている時間。終電がなくなった後でも、ぶらぶらしている人がいるくらい。

けれど、今はお店のシャッターはほとんど閉じて、怖いくらい人がいません。自分だけ、間違って生き残ってしまって、街を彷徨っている気分になります。

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足を駅に向け、夜の江ノ電に乗って帰ります。

夜に江ノ電に乗るなんて、地元の人らしくなってきたかな、なんて思いながら外を眺めます。暮らすように泊まりたかった今回の旅。旅の目的をほんの少し果たせているようで、嬉しかったです。

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電車から降りて、夜の海を散歩します。

涼しい風が吹く海沿いの道には、散歩している人やジョギングしている人がいます。
小町通より人がいて、あぁ地元の人は変わらずに生活しているんだなぁ、と安心します。


部屋に帰り着き、シャワーを浴びて、ホテルに用意してもらっている寝巻のワンピースに着替えます。
夜は、部屋の照明が暖かくよく映えます。

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窓には、カーテンが別置きして用意されている心遣い。撮影後に掛けました。

ベッドでゴロゴロしながら読書をします。
両隣の壁は、風合いのある塗り方の漆喰(しっくい)です。サンゴ礁からの石灰石がルーツと言われる漆喰は、コンクリートと同じ色と思えぬ、優しい雰囲気です。

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子供たちはどうしてるかな、久しぶりの祖父母の家をきっと楽しんでいるだろうなと、思い出します。
私もこの時間を楽しもうと、ベッドのふわふわでゴロゴロと転がりました。


壁の凹凸をなで、
真っ白で、肌触りの良いリネンにくるまれて、
その日は眠りに落ちました。






※ハッシュタグに合わせて、サムネイルを自分で撮影したものに変更しました。(8月13日)

※こちら、本記事のプロローグです。

※こちら、本記事の続編です。







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