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文学フリマへの道 『初出展の文学フリマを終えて』

今の正直な気持ちを言葉にしたら、「寂しい」のような気がする。

ちゃんと書けるかな。
最後まで書けるかな。
上手には書けない。
いつも文章構成は破綻している。
読んでくれる人には、申し訳ないけれど。
ただ、大事にしている「想い」だけ持って、ちゃんと向き合いたいと思います。

これが誰にも読まれなかったマガジン
『文学フリマへの道』最後の記事かもしれません。


あの日からたどり着いた文学フリマ

2024年、1月1日。

昨年の11月に文学フリマ東京37に参加してから
直感で「僕は本を作ろう。そしていっそ、出展してしまおう」
そう決めて、1月1日に文学フリマ東京38へ申し込んだ。

決意してからの葛藤のほとんどはマガジン『文学フリマへの道』に綴っていたけれど、決意なんてすぐに揺らぐし、ずっと怖かったし、何度も諦めては投げ出そうとしたことがあった。

よくもまあ、13本も記事を書いたものだなと、自分でも思う。
続けることが苦手な僕が続けられたのも
文学フリマに出展することを決めて、本を作らなければならない環境にした
それが大きかったんだと思う。
人間は本能的に楽をしたがる。僕はその典型的な人間で、本当に弱くて、情けなくて、逃げることばかりを考えるタイプだからこそ、徹底的に決めた。

商業誌も当然だけれど、スケジュールを組んで納期を決める。
いわゆる発売日だ。
そこに向けて進行するけれど、当たり前のことが大事だなと思う。

ただ、そこも難しくて、個人的には良いものを妥協せず作るのであれば
ある程度の柔軟性を持ったり、余裕を持ったスケジュール間にして
それなりに後ろに倒しても問題のない予定を組むことは必要なのかな、と。

僕はとてもビビリだから、今回の本づくりでかなり余裕を持たせてスケジュールを組んでいた。そうして何度も後ろに倒して、最終的に追い込まれた中で一気に出来上がっていったから、結局はギリギリにならないと作れないタイプの人間なのかもしれないけれど。自分を知ることが、改めて大事なのだな、と。

そうして「この日」と決めて、たどり着いたその日について
とにかく書いてみようと思う。


僕の文学フリマ東京38

京浜急行、平和島駅、10時15分。

僕はこの日、一緒に出展を手伝ってくれたケイタ君と待ち合わせをして
駅からだいたい25分くらいを歩いて、会場へと足を運んだ。

彼とは長い付き合いになるけれど、この後もずっと続くと思う。
本当に頼もしい後輩で、10歳くらい歳の離れた僕にもビシッと言ってくれて
「はい、その通りです、すみません」と僕の方が言ってしまうくらいの存在だ。
そして僕が作る本を商業誌の頃から触れているので、僕が作るものに対しても信頼してくれていて、今回も、初めて本を見せたときに「売りたいと思える本」だと言ってくれた。

今回の文学フリマは彼がいなかったら「余白者」ブースは成り立たなかった。
本当にありがとう、感謝しているし、これからも一緒に楽しんでいこう。

と、同時に思うこと。
今回も足を運ばせていただいた出展者さんの何人かは、ワンオペだった。
ものすごい人混みの中でも、ひとりですべてに対応し、合間をぬっては自分が気になる本も急いで見て買ってくる。終日ひとりであの会場のエネルギーを受け続けていたことに、心の底から尊敬の念と、お疲れさまでしたという、想いを持った。

これはやっぱり、出展しなければわからないことで
本当に僕もすごい経験をさせてもらったし、並べられている本たちの重みを
改めて感じたし、出展者さんへの尊敬と、本ってすごいなって、思う。

『余白者』ブース

そんなに大した準備はできていなかった。
最初から並べた本を売れるなんて、僕には思えなかったから。
本当ならキッチリと準備をして、ブース展開も本腰入れて
高さを出したり、POPもガッツリ作ったりと、いろいろあったんだろうけれど。

出展して、そこに自分のブースを出して、自分の本を並べる。
それでもう、自分の中で満足してしまう部分があった。
作り手としては、最低だと思われるかもしれない。
本は、届けてこそ、だと。
商業誌を手がけた時に、散々悔しい想いをしたのを思い出す。

僕の想いは、こうだった。
あれだけの会場の人数で、前情報も何もなく「自分が知らない本」に出逢うことは、本当に奇跡に近いことだ、と。そんな中で、ブースをたくさん装飾してしまうと、他のブースさんと同じ風に見えてしまって、風景として見えてしまい、それが本であると認識されなくなってしまうかもしれない。

一般的な書店で、あれだけの本が並べられている中でPOPを見てもらえる時間はおよそ「0.3秒」だと言われている。その1秒にも満たない時間の中で、本の内容を認知してもらうのに、たくさんの情報が表紙やPOPから事細かに読み取れるかというと、僕は難しいなと思ってしまう。

だから僕は「ワンメッセージ」にこだわった。
本の表紙も、ブースの装飾も、情報量をできる限り削ぎ落として、たった「一言」が行き交う人に刺されば、それでいい。言葉のチョイスは自分の本に合わせるメッセージを、あとは表紙からその人それぞれが受け取ったメッセージから「手に取るかどうか」が決まる、と。

ブースの色も、表紙のイメージを立たせるように、黒にして、白黒で「カラー」という情報量を削いだ。白と黒は、僕の好きな色でもある。「このブースは僕ですよ」と、言えたような気がした。


1人目のお客様

12時、文学フリマ東京38がスタートする。
ワクワクよりも、やっぱり不安が圧倒的に勝った。
ここで絶望して、次なんてもう考えられなくなるかもしれない。
いろいろ思ったけれど、もうこの瞬間は来てしまったから
僕はされるがまま、すべてを素直に受け取ろうと思った。
そして出来るだけ、楽しもうと思った。

最初に来てくださったのがnoteでもフォローさせていただいていた「おおもりカレー」として出展されていた大森さんだった。

ブースの目の前に現れて「1冊ずつください」と言ってくださったこと。
この文学フリマで最初のお客様だった。
正直、心の準備というか、何もできていなくて、買ってくださった時にお話しすることもできなくて、後からすごく申し訳ない気持ちになったけれど、表現されている方が初めてのお客様になってくれたこと、とても嬉しかった。

ありがとうございます、大森さん。
大森さんの本もじっくり読ませていただきます。


僕のブースで本を買ってくださった皆さん①

大森さんを皮切りに、出展されていた方が僕の本を手に取って、買ってくださった。

noteでフォローさせていただいてる、のりやまさん。
買ってくださって、お逢いできて本当に嬉しかった。
次回の文学フリマ東京で出展されるようで、今から読みたくて仕方ない。

出展者名『韋編三絶』で出展されていた松浦さん。
ありがとうございます。松浦さんの本もまた、じっくりと読ませていただきます。

出展者名『福本カズヤ』で出展されていた福本さん。
前回の文学フリマで本を購入させていただいたご縁。今回もまた福本さんの本も購入させていただきました、また読んだ感想を書くことが楽しみです。

『活字エンドルフィン』で出展されていた、みおさん。
僕のnoteマガジン『文学フリマへの道』を最初から読んでくださっていたと言われて、とても嬉しかったのと、恐縮ばかりでした。あなたに支えられてこの日を迎えることができました、ありがとうございます。みおさんの本も新たな自分に出会えそうで、早く読みたい。

『きんぶつ』で出展されていた、きんぶつさん。
前回の文学フリマで、きんぶつさんのブースを訪れたことで僕は突き動かされた。圧倒的熱量の表現と、行動力。そして実際にお逢いしたときの柔らかいお人柄に驚かされる。前回同様、今回も無料配布のフリーペーパーで出展されていましたが、次はぜひ値付けして販売してほしい。この人の本を買いたい。いや、純粋に人柄が好きだ。いつかどこかでじっくりお話ししたいな。

僕のブースで本を買ってくださった皆さん②

そして、一般来場者として
僕の本に出逢ってくださり、手に取って買ってくださった方も。

ブースにスッと立ち止まってくれて「1冊ずつください」と言ってくれた女性。
購入された経緯を聞きたくて「どちらで知ったんですか?」と聞くと「Xを見て来ました」と言ってくれた。ちょっと緊張しているような雰囲気もあって、このブースに来るのに勇気を出してくれたのかな、と感じて。とても嬉しかった。ありがとう、来てくれて、ほんとうに、ほんとに。

パっと見で買ってくれた女性。
「どちらが1作目なんですか?」と聞かれて、「こちらの余白です」と伝えると、そちらを買ってくださった。奥付をじっくり見ていたから、出版業界の人だったのかな。僕も業界のクセが抜けなくて、奥付をじっくり見てしまう。どうして買ってくれたのか、気になって仕方ない。買ってくださって、ありがとうございます。

たぶんWebカタログで「気になる」を押してくださっていた女性。
ちゃんとチェックして来てくれたのか、ブースに来てすぐ「1冊ずつください」と言ってくださった。もう本当に何度も言いたい「ありがとう」。そしてやっぱり気になる「なんで買ってくれたのか」。感想、怖いけど、聴いてみたいな。

大学生くらいの男性。
カメラを持っていて、写真撮る人なのかなと思った。ブースで2冊とも読んでくださって「どんな本なんですか?」と内容を聞いてくれた。上手く説明できた自信はまったくなくて申し訳なかったけれど、僕の説明を聞いてから『僕があなたに最期に伝えたいこと』を1冊買ってくれた。表現される方のだと思う。僕も写真は好きだからこそ、その人の表現にも触れてみたくなった。ありがとう、手に取ってくれて。

一度ブースを見てから、また戻ってきて買ってくれた男性。
たぶん時間をかけて会場を回っていたんだと思う。その人は汗をかいていて、じっくり会場の本を見ていた「本好き」なのだなと感じた。一度ブースを見てくれていて、離れてから帰り際なのか、また戻って来てくださって、2冊ともに目を通してから『余白』を買ってくれた。何を感じてくれたんだろう。戻ってまで買ってくれたのは、直感から何かを感じてくれたのか。嬉しい、忘れない。ありがとうございます。

僕のブースで本を買ってくださった皆さん③

そして、最後に紹介する人。

着物を着たお兄さん。
ブースを横切って、立ち止まってくれて、『僕があなたに最期に伝えたいこと』を本当にじっくり読んでくれた。読んでくれる人をじっと見ることはしたくなかったけれど、あまりにも読み込んでくれていたので、ちょっと顔を覗いてみると、ページを開くたびに何度も頷いてくれていて。
いまも思い出すたび、泣きそうになる。というか、泣いてしまう。
自分が表現したことに、何かを感じてもらえている瞬間に立ち会えていることが、こんな気持ちになるのか、と。いま、目の前で読み、頷いてくれるアナタがいてくれて、僕はこの気持ちになれた。本当に、心の底から感謝しています。

そのお兄さんは『僕があなたに最期に伝えたいこと』を買ってくださった。
あまりにも頷いていてくれたので、頷いていた理由を思わず聞いてしまうと、お兄さんは「すごい刺さる言葉が、たくさんあったので」と言ってもらえて。

ブースを去る際に「次も出られるんですか?」と聞かれたので「はい、たぶんまた出展すると思います」と伝えると、お兄さんは「また来ると思います」と、言ってくれた。

この人からの言葉をもらうために、僕は本を作ったのか、とすら思った。

お兄さんがブースを去ったあと、僕は我慢できなくて、その場で泣いてしまった。
「まだ早いですよ」とケイタ君が言う。
「うん、そうだね」と僕が言う。

報われた瞬間だった。
お兄さん、きっといろいろな日々を送っていて、喜びもあれば、大変なことだってもちろんあって、彼なりの人生を歩んでいるんだと思う。
その日々に、僕の本が、どこかで「余白」を届けられたとしたら。そんな大それたことは言えないけれど、間違いなく言えることは、僕は手に取って、アナタ自身が選んで僕の本を買ってくれたことを、僕は一生忘れないし、僕は間違いなくアナタに救われた。ありがとう、ありがとう。ほんとうにありがとう。


僕の文学フリマ東京38を終えて

5月19日、17時。

会場に響き渡るマイク音。
文学フリマ東京38は、大盛況で終了した。
それぞれの物語がそこにはあって、売れた売れないでは語れないストーリーがそこには確かにあると、僕は信じている。もちろん出展者側によぎることは、そういうリアルな部分もあるんだと、僕自身今回の出展で多くのことを感じたけれど、それでも確かに「出展者にならなければわからないコト」を感じ、得ることができた。

別に本という形にこだわらなくてもいいと思う。
それぞれの表現があって、良い悪いもなくて、すべてが尊い。
そういう想いを改めて強く感じた1日だったと、思う。

出展者名『余白者』
初出展で、右も左もわからず、自分の表現したいことを本にして、ブースに置いて、誰からも見向きもされないかもしれない不安と闘いながら過ごした1日は、ありがたいご縁をいただいたフォロワーさんたちと、SNSという小さな繋がりから何かを感じ取ってくれた尊いお客様と、本当にその場の奇跡的な出逢いから僕の本を選んでくれた方々に支えられて、無事に、終えることができました。

こんなに事細かに書いてよかったのか、ちょっと不安ではあるけれど、書きたかった。書かなければならなかった。皆さんのことを書いたつもりだけれど、もしも書きそびれてしまった誰かがいたら、ごめんなさい。ほとんどメモしていたので、僕がいなかった時に起きたことは、拾えきれなかったけれど。
ここまで来れたことへの、自分への感謝の気持ちもあった。僕も、それなりに頑張った。うん、受容していこう、自分自身も。


最後にいま思うこと・これから先のこと

ここまで読んでくれたアナタに、感謝したい。
たぶん、自分が書いたnote史上、最高の文字数になっている。
付き合ってくれて、ありがとうございます。

僕が体験したリアルをそのまま書きました。
見ず知らずの僕が紡いだ、ひとつの物語です。
支離滅裂だったり、読みづらかったら、ごめんなさい。

いま、思うこと。

冒頭にも書いた「終わっちゃったな」という寂しさ。
そして、振り返りながら書いた自分の物語に、改めて感動したこと。
僕なりの勇気を振り絞って、本を作り、発信し、出展したこと。
ほんとうによく、ここまでやったなと思う。

僕が目的にしてきたひとつ「自分を変える」こと。
少しはできたのかなと、思う。うん、少しだけ。

ブースに足を運んでくれた人には、僕はどんな風に見えたんだろう。
普段の僕はよく優しいと言われて、コミュニケーション得意ではないけれど、じっくり話せば「話しやすい」と言われるけれど、実際にどう映ったのかなって。
書いている時の自分と、普段の自分のギャップは、自分でも感じるから。
人柄としても受け入れてもらえたら嬉しいけれど、あんな僕からあの本が生まれたことに対して、どんな感想を持つのか。気になることだらけだ。

今回購入してくださったすべての人へ、改めてありがとうございます。
本に対しての感想。
大丈夫かなって、怖いけれど、なんでも待っています。

また僕の日常に戻って、文章を書きながら、日々バカみたいに真面目なことを考えながら、次の「行動」について選んでいければと思います。

本に対するリアクションだったりを受け止めてから「次」が決まるのかな、と。

今回、ほんととんでもない数を刷っているので、人生かけてすべて誰かの手に届けていこうかなと。必要としてくれる方がいるかはわからないけれど、もしもいるとしたら通販も考えなきゃだし、そういう風にして買ってくださる方と巡り会えたら、嬉しい。


そして『次』があるのか、どうか。
でも、着物を着たお兄さんが「また来ると思います」と言ってくださったので、その人のためだけに、出展する価値はあるのかな、と。

でも正直、悩むところはある。次に出るの、怖いな、と。いろいろな思いがあるけれど、少し心を落ち着けてから、次の文学フリマに出るかどうかを、決めようかなと思う。

「また買いたい」って言ってくれる人が、1人でも現れたら、出ようかな。

期待しすぎず。
でも、やりたい表現を「またやりたい」と思ったら、自分の意志に従って。

それなりに続いたnoteのマガジン『文学フリマへの道』。
今まで読んでくださった方がいたなら、本当にありがたいことです。
ひとりの弱い人間が、バカ真面目に葛藤して、もがいて、本を作り、イベントに出展したストーリーに触れてくれて、感謝しています。

この記事で初めて読んだという方がもしいたら、さかのぼって読んでみると、何かを感じることがあるかもしれません。もし良かったら、ぜひ。

さあ、そろそろ7000字くらいになってしまうので、もう終わりにしましょうか。

もっと書くことはできるんだけれど、しばらくは心を整えて、また次へ。

『余白者』は、目の前のアナタに、言葉を紡ぎます。
弱さを抱えるアナタと共に歩み、これからも言葉で表現をします。
また、どこかで出逢えたら嬉しいです。

僕は変わらないので、いつでも声をかけてください。

アナタの余白に、なれるように。

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