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階段を、一段ずつ

ついにこの日が来た。
今日は、王子の結婚相手を決める舞踏会が開かれている。

彼に恋をしたのは14歳の時。
父を病気で亡くした私は、残された母と妹二人とこれからどうやって生きていけばいいかと、途方に暮れていた。財産も減る一方で、いつ住まいを追われるかと、常にびくびくして過ごしていた。

その時に出会ったのが彼だった。

偶然私たちの境遇を知った彼が、私たちが家を失わなくて済むよう、国王の息子という立場を惜しげもなく使い、瞬時に手配してくれたのだ。一つ年下の彼は、純粋無垢で穏やかで、誰にでも平等に優しい少年だった。
助けてもらったにもかかわらず、彼はいずれこの国を背負っていく人物としては優しすぎるのではないかと、初めて会った私ですら少し不安に思った。
彼の周囲の大人たちはあからさまに懸念を口にし、「王となる者の資質」のようなものを説いては、彼に植え付けようとしていた。

その時、私は決めた。
彼の持つ優しさを失くしてはならない。
私が彼を、立派なこの国の王にしてみせる、と。
彼がその優しさを持ったまま、国民からも家来からも信頼され、敬われ、そして王としての手腕を十分に発揮できるような人物にしてみせる。
彼の隣で。

それから私は、「彼を最上の国王にすること」と「自分が王の妃となること」を実現するために必要だと思うことを、全部やってきた。
国を治めるために必要な知識、教養、高い思考力を身に着けた。
彼の目に留まるよう、容姿、立ち振る舞い、言葉遣いの美しさを追求した。王の隣に立つものが美しいと、必ず人々の尊敬や信頼を得る助けにもなるはずだ。
彼がどういったことに関心を持ち、何に喜びを感じるかといった情報を集めた。彼が欲しい時に欲しいものを与えられるようにならなくてはいけない。

難解な書物を読むことも、美しさのために食事を我慢するのも、全然つらくなかった。
私には、明確な夢があったから。

幸運だったのは、母が再婚したことだ。
再婚相手の家柄がとても良く、私はより王家に近い存在となることができた。
王家に通う者や家来たちにも、私の評判が自然と広がっていった。

「王子は少し頼りないが、いつかあの家の娘が妃となってくれたら、安心だな。」
「教養もあり美しい娘だ。彼女こそ、王子の妃にふさわしい。」

そんな声が聞こえるたびに、自分が確実に夢に近づいていることを実感した。

ただ、一つだけ不安があった。
母が嫁いだ先の家にいた、一人の娘だ。
血のつながらない妹になったその子は、私がこれまで出会ったどの女性よりも美しかった。顔立ちが整っているだけではない、指の先から足の先まで、規格外の美しさだった。
そしてその外見は、彼女の持つ内面の美しさが滲み出ているからこそ、こんなにも美しいのだと分かって、怖くなった。

―“天性の魅力”。

私にはないもの。そして、ずっと欲しくて、憧れて、どこかで畏れていたもの。
自分にはないということを、誰よりも自分が分かっていたから、私は努力することで、それを越えようとしてきた。

この子と王子が出会ってしまったら、私はこの子に勝てるのだろうか……。

その時訪れた不安を、私は全力で振り払った。頭を振って、必死に自分の中から追い出した。

大丈夫、大丈夫だ。今まで以上に自分を磨けばいいだけだ。
生まれ持った素質がどんなに見事でも、それを越えられないとは思わない。
努力を積み重ね、積み続けていれば、いつか誰よりも高いところに行き、夢をつかめるはずだ。

もう、信じてやり続けるしかない。
これまでずっとそうやってきたから、今さら別の生き方なんかできないのだ。

私は彼女を遠ざけていたが、母と妹たちは新しい妹の存在が気に入らなかったようで、義父が国外に長期に出かけているのをいいことに、召使いのように扱った。
可愛そうだとは思ったが、私は彼女をなるべく見ないように過ごした。


―舞踏会も終盤になり、私の番が来た。私は王子の前に進み出る。周囲の者たちも、満足そうな表情でこちらを見ている。

妹たちが身支度の手伝いをさせたから、あの子はこの舞踏会が開かれていることは知っている。
でも、あの家には、あの子が着られるようなドレスはない。
あの子をここまで運ぶ馬車もない。連れてきてくれる人だっていない。

ダンスを踊れる靴だって、どこにもない。

今日はあの子は、シンデレラは来ない。
大丈夫。私は今日、ついに夢を叶えてみせる。

音楽が始まる―。

                     

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お読みいただきありがとうございました。

メモ魔塾特進科7月のMリーグ「ショートショートの乱」のエントリー作品になります。

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