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【短編】独占禁止⑹

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真の平等。その「高潔」な理想に至るには、二つの問題を解決する必要があった。

一つ目は賢人の討伐である。SFEが世界を統一してから、自由を取り戻そうと目論む賢人たちは身を潜めながら挽回のチャンスを狙っていたのだった。

彼らは当初のようなやり方では世界を変えることは不可能であると悟り、表立った行動を避けるようになった。代わりに、世界中の地下目立たぬ場所に秘密支部を作り、隠密ながら団結してSFEの計画阻止を企て、虎視眈々と機が熟すのを待っていた。

SFEは無論、彼らの存在に気がついていた。なぜなら、彼らは世界の約八割にものぼるSFE会員の全てをその手中に収めているのであり、さらにそれ以前の各国の政府が残した地球上の全人類のデータとそれを照らし合わせることで、SFEに対する反抗勢力を割り出すことは容易であったからである。

完全な平等に意見の対立などあってはならない。SFEはチップによる会員の思想統一達成後、賢人の存在が発覚すると、その理想の真の実現を目指し、未だ彼らの理念に与しない賢人たちの「教育」を第一の目標とした。

だが、ここまではまだ良かった。賢人たちは分が悪かったものの、人類にはまだ抵抗意思が残っており、事と次第によっては違う未来が生み出される希望があったのである。しかし、SFEの理想はあまりに「崇高」すぎた。それにより、人類の退路は絶たれた。彼らは平等を求め、考えに考え抜いた結果、究極の結論に達したのである。

二つ目の問題、それは精神の解放だった。彼らは、独占の究極形態を人間の肉体に見たのである。

個性。人種。性差。あらゆる不平等が生まれるのは何故か。彼らは真の平等を目指して、容姿、言語、生活、思想、その他あらゆるものを統一してきた。しかし、それでも人類は完全に同一にはなれなかった。それはSFEにとって堪え難い苦痛であった。

ある日、誰かが言い出した。

「賢人を『教育』したところで、人類に真の平等は訪れない。なぜなら、我々はそれぞれが異なった『肉体』を独占しているからだ。」

それが誰なのかは分からない。いや、誰でもいいのである。六十億人ものSFE会員は皆、すでに名前すらも失っており、そのうちに「個人」は一人たりとも存在しなかったのだから。言うなれば、彼らはそれ全体で一人の人間なのであり、故に会員の意思はそのままSFEという集団の意思だったのである。それから、SFEは真の平等の実現を人間精神の肉体からの解放に求めるようになった。

つまるところ、人間は肉体を有している限り生物学的な個体差からは永久に逃れられない。それは、原理である。人間は人間である限り、平等にはなれない。

けれども、人類は真の平等を実現しなければならない。これは、人類が持って生まれた使命である。では、それを遂行するにはどうすれば良いか。

残された唯一の解は精神を肉体から解放することであり、それはつまり、全人類の殉教を意味した。現世における肉体を捨て去ることこそが、真の平等へのただ一つの道だと、彼らはそう結論付けたのだった。

人類は平等に向けて精神を解放するため、自ら命を手放す道を選び取ったのである。

決して、踏み入れてはいけない領域。何があろうとも、揺らぐことのなかったはずの命というものの価値が、遂に陥落したのだ。平等という理想を前にして、人類は膝をつき、こうべを垂れ、遂に自らの命までをも差し出したのだった。滅亡は、もう止められなかった。

こうして、SFEは「賢人の討伐」・「精神の解放」、その二つを計画の主軸にして、理想の実現に向かい始めた。

まず、SFEは一つ目の「賢人の討伐」に取り掛かった。時間は一刻を争ったのである。SFEにそれを可能にさせたのは、統一前の政府の戸籍謄本だった。ここで重要なのは、彼らが頼れるのが過去のデータだったということである。

新たに子供が生まれても、届け出がなければSFEは把握できない。しかし、SFEは賢人たちの更新されたニューデータを取得する術を持たなかった。つまり、討伐に時間がかかればかかるほど、SFEは賢人側の人員把握が難しくなるのである。

人口比率を考えると、賢人側が即座に群勢を増やし、SFEが脅威に晒されるということは現実的ではなかったが、しかし、賢人側に生まれてくる子供を把握できないということは彼らにとって大いなる危険をはらんでいた。

たとえデータ上の賢人の討伐を完了したとしても、残党がどれだけいるかをSFEは知る方法がない。さらに言えば、仮に賢人たちの住めるような環境を全て破壊し、捉えた残党を拷問して仲間の居場所を吐かせ、地球上のすべての賢人を実際に討伐しきったとしても、計画は完遂しない。

なぜならば、SFEは本当に地球上のいずこにも賢人が存在しないのかどうかを確かめることができないのであり、その事実は同時に、「精神の解放」を永久に実現不可能にするからである。

ゆえに、SFEは「賢人の討伐」を第一にかつ迅速に達成する必要があった。そこで彼らはあるシステムを構築した。それが、「非対称監視教育システム」である。

その概要は以下のようになる。

・人類を監視役と監視対象に分ける。チップを埋めつけられたものを「看守」、埋め込まれていないものを「囚人」と呼び、看守に取り締まりをさせる。
・取り締まりは「囚人」が発覚次第、何よりも最優先で行われる。「看守」は指令が出たら、あらゆる作業を中止し、「囚人」が確保されるまで、総力をあげて捜査を行う。
・捕らえられた「囚人」は「看守」によってSFE本部へと送られ、マイクロチップを脳に埋め込む「教育」を受ける。

こうして、六十億対二十億の壮大な鬼ごっこが始まることとなった。

最初は当然「看守」が優勢であり、「囚人」はみるみる「教育」されていった。「教育」された「囚人」は新たな「看守」となって、捜査に加わる。「囚人」に勝ち目はないように見えた。

しかし、「囚人」も負けていなかった。「看守」たちと同じ格好をし、アジトを転々として、捜査を撹乱。時には、「看守」を捕らえ情報を抜き出した後、外科手術を施し、「看守」のマイクロチップを取り除いて、「囚人」に戻したりもした。彼らはこれを「再教育」と呼び、「看守」に対抗していった。

その結果、「看守」と「囚人」の数は拮抗し、捜査は長引くかのように思えた。けれど、「囚人」たちの作戦にはある大きなデメリットがあった。

捕らえた相手を完全に支配下における「教育」に対し、「再教育」は拘束力がなかった。人間は元来様々な思想を持っているものであり、「看守」を「囚人」にしたからといって賢人になるとは限らなかったのである。

「再教育」を受けた者の中には、賢人たちの主張を理解できないものも当然いたし、手術の後遺症が残るものもいた。その中でも最も危険だったのが、自ら進んで「教育」を受けたものだった。

彼らは「再教育」を受けた後、賢人たちの説明を受け、怒り、抵抗し、逃げ出そうとした。あまりの苦痛に耐えかねて、発狂し、自ら死を選んだものまでいた。このように、元SFE会員の「囚人」は賢人たちの仲間にならないものもたくさんいたのである。

しかし、仲間にならないだけならまだよかった。もしくは、逃げ出そうとするくらいならいくらでも対策のしようがあった。一番厄介だったのは、一瞬で状況を理解し、賢人の仲間になったふりをする優秀なSFE会員だった。賢人たちはそのような者たちを「エージェント」と呼んだ。

エージェントは非常に狡猾に立ち回り、賢人たちの情報を根こそぎ奪ってから、それをSFEへ密告し、「囚人」を一網打尽にした。彼ら「エージェント」の登場と活躍により、「囚人」は一気に数を減らし、追い詰められることとなった。それから半年も経たぬうちに、賢人たちの努力も虚しく「囚人」はその九割が「教育」を受け、壊滅状態に陥った。

こうして「賢人の討伐」の達成が見えてきたSFEは、次のステップである「精神の解放」に移った。

その実現のために生まれたのが、「検診」だった。

次の話は9/24更新!

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