目が光る(11)

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どうやら火はすぐ鎮火したようだった。

尻に火がついた人は何とか話すことはできるようで、その話ぶりから判断するに軽傷のようである。

むしろズボンが破けて、あらぬところが丸出しになっている方が問題だった。

一方、顔から火が出た少年はというと、それは重傷だった。まともに話すこともできない様子である。

しかし、周りは妙に安心しているように見えた。まだ火が消えただけだけである。一刻も争う事態だというのにこの余裕はなんなのだろうか。

彼はいたたまれなくなって、天宮に聞いた。

「先生、あの子大丈夫なんでしょうか?重傷のようですが、早く病院に連れて行かないとまずいんじゃ」

天宮は笑っている。その顔に全くあせりは見えなかった。人が死にかけているというのに、どうしてそんな態度ができるのだろうか。

しかし、彼の心配は杞憂だった。天宮は不審そうな彼をなだめるように言った。

「病院?やあねえ、そんなところに連れてってどうにかなるわけないじゃない。むしろそっちのが危ないわ。あの子は大丈夫よ。医務室があるからね。とりあえず、そこに運ぶわ。」

彼はそう言われてもなお不安だった。たかが医務室にこの重傷の患者を治療できるような、そんな設備があるとは思えなかった。

まだ不審がっている様子の彼を見て、天宮は根負けしたように肩をすくませて言った。

「何、心配なの?そんなに信じられないんだったらついてくればいいわ。もうそろそろ治療の時間だけど、そこに行きがてら医務室に寄りましょ。だったら、ほら、足持って。運ぶの手伝いなさい。」

二人は少年を誰かが近くに置いたのであろう小さめのタンカに乗せて食堂を後にし、医務室へと向かった。

(*)

二人は医務室に着くと、一旦タンカを床に置いた。

医務室は食堂とは正反対の、本堂の西端に位置しており、いくら少年とは言え、二人で運ぶのは流石に大変だった。 

彼は医務室まで辿り着いた時にはもうヘトヘトだったが、天宮は一滴も汗を流していないように見える。

彼がその様子に驚き呆れていると、天宮は乱暴に引き戸を開けて、医務室にズカズカ入っていった。

部屋の中から天宮の無神経な大声が聞こえてきたと思うと、すぐに天宮が出てきた。そして、それに続くように女医だと思われる白衣の女性が現れた。

女性は色白で、すっと通った鼻筋に切れ長の目を持った、天宮とは異なるタイプの美人であったが、その顔はどこか印象に残らないような奇妙な感じだった。それでも、彼がこの女性をしっかりと認識できたのは特徴的な髪が原因だった。

彼女の髪は、腰まであるロングで、白髪というより銀髪に近い、でもカラーを聞かれるとするなら白としか言いようがないような色をしていて、異様に艶がなかった。その髪型で白衣をまとっているものだから、まるで生気を感じない。ここまで覇気がない人間というものを彼は見たことがなかった。

隣の天宮と比べると、本当に同じ人間か疑いたくなってくる。いや、天宮も通底の人間であるかと言われれば、大きく外れているわけではあるが。

とにかく、その女性は変な感じするのであった。

天宮と女医の二人は医務室から出るとすぐに、少年を担ぎ上げ医務室に入ってしまった。彼は出遅れた気まずさから、少しまごつきはしたものの、二人に遅れて医務室に入った。

見るともうタンカは片付けられていて、少年の姿はなかった。代わりに部屋の奥にあるベッドはカーテンが閉められて見えないようになっている。恐らく少年はそこに寝かされているのだろう。それは分かる。しかし、彼には分からないことがあった。

どうして女医はデスクに向かって座っているのだろう。生死の境にいる緊急の患者が運ばれたはずの医療機関としては、それはあまりにも奇妙な状態であった。

彼には悪い予感がした。それはあくまで女医の風貌に引っ張られたものであったが、彼はそこまで自覚してはいなかった。それでも、この女医から肌で感じる生気の乏しさに、彼はよくない気持ちを駆り立てられていた。

天宮は彼が必要以上に女医を怪しんでいるということを敏感に感じ取った。そして、今にも彼が女医に向かって怒り出しそうな雰囲気だったので、慌ててその場を繕うことにした。

「あ、大丈夫よ!あの子ならもう心配いらないわ。コイツがなんとかしてくれるから。」

彼は天宮の方に向き直した。そして、その言葉の意味を頭の中で数回反芻した。けれど、彼にはそれが理解できなかった。何の対処もしないで、何が大丈夫なのだろうか。彼は今度はかえって、何かを繕おうとしている天宮を不審に思った。

天宮は天宮で、ギンギンに光っている彼の目が自分に向いたことに安堵した。そしてそれが自分に向いている限りにおいて、彼を落ち着かせることは彼女にとって容易であった。天宮はあえていつもの調子で彼に説明を始めた。

「そうだ。紹介がまだだったわね。この真っ白いのは識名神子っていって、まあ、ここの女医みたいなもんね。今日みたいに症状が出た子たちの治療を担当してるわ。とりあえず、こいつは慣用句病でできた傷なら大抵治すから心配しなくていいわよ。あんたは優しいから、早く治療しないとって思ってるんでしょうけど、ここはコイツに任せなさい。あんたよりよっぽど詳しいんだから。」

天宮は言い終わってから、彼の目を見た。彼の目はさっきよりその光を弱めている。それを確認し、彼女は安堵した。

彼は心の底では天宮の言うことを信じ切ってはいなかった。というより、腑に落ちないところがあったという方が正しいかもしれない。彼はそのわだかまりを解消するように、女医を見た。

女医は何も言わなかった。加えて、どれだけ彼が睨みつけようが、何の反応も示さなかった。その姿は、まるで人形のようだった。

二人はしばらくそのまま睨み合った。すると、次第に彼は、意思すらないようなその冷たい表情にどこか人間を超えた神妙なものを感じはじめた。そして、どうもそれはあの少年の回復に繋がっているようであった。それを認めた時、彼の中に天宮の言葉がストンと落ちた気がした。

天宮はそれを見逃さなかった。彼の目の光がすっと消えたのである。彼を連れて行くには、今しかなかった。

「さっ、あの子のことはさコイツに任せて、あたしらは行こうか。もうそろそろ治療が始まるし、ちょうどいいわ。あんたも気になるでしょ?ついてきな。」

実を言えばこの間彼は、治療のことなどすっかり忘れていた。それよりもこっちの治療の方が断然気にかかっていたのである。しかし、天宮に言われて一度思い出してしまうと、どうしてもそれに対する興味は尽きなかった。

仕方なく彼は天宮に従って、少年を識名に託し、医務室を出ることにした。もう彼の中に識名への不審は消えていたが、依然として彼女に対する違和感は残っていた。しかし、結局この違和感が何なのかは分からず、彼は少しの謎を残す形で医務室を去り、治療の舞台に向かった。

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