夜のコンビニとキミとホットサングリア#03

「なーにしてんの?」

突然、声が飛んでくる。

「どなたですか?」

「そんなに畏まらなくても、焼いて食べたりしないよ?」

「それは解りますけど。」
「地球最後の人類です、みたいな難しい顔してコンビニの前で30分以上も煙草吸って、何考えてるの?ブラックホールの在り処について?フェルマーの最終定理について?クオリアの証明について?夜空にホワイトホールでも探してた?私からすると、あなたはそれ以上の謎かなぁ。」

「僕からすると、キミのほうが、それ以上に謎だよ。こんな時間にこんな場所にいて、見ず知らずの男に声を掛けて、僕が理性より本能に従う人間だったなら今頃どうなってることか。危機管理能力が圧倒的に欠乏している。」

「たばこの煙は、あなただけでなく、周りの人が肺がん、心筋梗塞など虚血性心疾患、脳卒中になる危険性も高めます。とのこと。」

どうやらこの場面において、危機管理能力が
欠乏してるのは、僕の方らしい。

「歌みたいに暗譜してるのか。憎たらしい注意書きだ。だったら、売らなけりゃいい。」

「でもそれがあるから、潤うひとがいる。
自然災害や病気、存在を認知させて、それらしいこと言って不安を煽って、成立するビジネスがある。人間って無情だよね。哀しいよね。」

たしかに哀しい。
聡明なひとだとおもった。

僕はそれまで女性に良いイメージを持ったことがなかった。話しかけられることもなくはなかった。でも関わることを避けていた。理由もなく、ではないし、その人たちが悪いわけではなかった。

一言で表わすと、怖かった。

この人は猫みたいに寄り添ってきた。
ひとなんだけど、僕が知っているようなひとではなく、理性と本能をバランスよく持ち合わせていて、純然たる動物でありながらも
自分のことも世界も俯瞰して捉えていた。

そしてそれは僕の感覚にも薬みたいに
溶けていった。

そのまま、彼女の家に行き
出してくれた、ホットサングリア。
月明かりだけのキッチン。
何を話すでもなく、話し続けた。

味わい深い香りが立ち込めるそこに
眩しいくらいに光が射してきた。

気がつくと
朝が僕らを迎えにきていた。

僕が僕でいていい場所を見つけた気がした。
もうひとりで泣かなくていいんだよって言われている気がした。
また、おいでよ。って。

それからはコンビニに
間に合わせの煙草を買いに歩く道中でよく出くわした。

心の安寧をはかるためのお守りのようなアイテム。
明日もこいつが吸えたら。吸えるなら。それだけですら僕にとっては
大いなる生の衝動でしかなかった。

あの子と飲むホットサングリアもそれでしかないとも言えた。
走りすぎた日、走らなかった日、いつだって待っててくれる。

明日の保証なんてない日々でも明日の理由がある。
明日も僕が生きる理由が誰かのためなんておこがましいことは言えないし、言わない。でも僕のためにまだ生きてみたい。

全て終わった。なんて世界一自分が不幸な人間です。みたいな顔はもうしない。夜分に懸命に働いていてくれる人がいて、あの子に出逢えた。
僕は今、何をしている?何が出来てる?
昨日と同じことしてたって同じ今日、明日が来るだけ。
変わらなくちゃ。もっと強くなりたい。こんな僕と話してくれる
あの子の為に。自分の為に。

未来の為に。

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