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テレワーク環境でのコミュニケーションとナレッジマネジメント〜SECIモデルから考える〜

2020/05/25現在、全国で緊急事態宣言が解除される見方もでてきているなか、すでにテレワーク・フルリモート環境になって早3ヶ月。テレワークにもすっかり慣れてきたころかと思います。

ただ、長期化する「在宅勤務」状態のなかで、テレワークで仕事を進める課題も見えてきました。

上記調査によると、テレワークで生産性が「上がった」人は26%「下がった」人の27%と拮抗した。変わらないが4割近くでもっとも多い結果に。

また、具体的なテレワークの課題については、多かった順に、(1)Wi-FiやPC環境、(2)コミュニケーション負担、(3)職場の一体感がなくなる、(4)仕事のメリハリが効かない、(5)柔軟な業務のアサイン難しい、となったそうです。

僕が所属するスペースマーケット社でも、「今後の働き方をどう考えて、どう実践していくか」をテーマに「#明日のワークスタイル」というウェビナーシリーズをこれまでに全3回開催しました。ありがたいことにご好評いただき、累計1700名以上の方にご参加いただきました。

「#明日のワークスタイル」でも参加者の皆さんに「テレワーク課題について登壇者に聞きたいこと」について事前アンケートを実施。「コミュニケーション課題」に多く回答が集まりました。

今回のnoteでは、テレワークで阻害されがちな「コミュニケーション」「ナレッジマネジメント」について考えます。先行理論やウェビナーでのディスカッション内容、弊社での取組み事例などをもとに課題を整理し、現時点でのベストプラクティスを探ってみます。

野中郁次郎氏が提唱するナレッジマネジメントのフレームワーク「SECIモデル」

今回の考察の理論的支柱として、野中郁次郎氏著『知識創造企業』で紹介されている、「SECIモデル」を使います。
(「セシ」だと思っていたのですが、どうやら「セキ」と読むそうです。「『せきもでる』って鼻からくるタイプの風邪かよ」という心の中のツッコミを書かずにはいられませんでした。)

「SECIモデル」とは、一橋大の野中郁次郎先生と竹内弘高先生らが提示した広義のナレッジマネジメントのコアとなるフレームワークです。知識変換モードを4つのフェーズに分けて考え、それらをぐるぐるとスパイラルさせて組織として戦略的に知識を創造し、マネジメントすることを目指します。

(『知識創造企業』を参考に堀田作成)

ビジネスで活用すべき知識を「暗黙知」と「形式知」に分けて考え、暗黙知を形式知に変換し、形式知を暗黙知に変換することで、個人のノウハウやナレッジを組織全体で共有・活用しようという考えです。

暗黙知:言葉にしづらい/まだされていない知識。主観的、経験的、アナログ。
形式知:言葉や図で説明できる/すでにされている知識。客観的、理性的、デジタル。

SECIモデルでは、知識の創造・活用を「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」という4つのフェーズで整理しています。

この4つのフェーズ別に「テレワークで発生するコミュニケーションやナレッジマネジメントの課題」を整理し、具体的な解決アイデアを示してみることにします。

①「共同化」(Socialization)

「共同化(Socialization)」とは、「共体験」を通じてメンタル・モデルや技能などの暗黙知を創造するプロセス。
たとえば、職人の修行において、親方と弟子がいっしょに作業する場合。弟子が学ぶべきことはマニュアル化されておらず、親方の仕事を見よう見まねで覚えます。

知識の「共同化」を実現するコアは「共体験」です。一緒に仕事を経験することによって、背中から学び、暗黙知を獲得します。

たとえば、OJTや合宿型研修を行う企業も多いでしょう。

しかし、テレワーク環境においては、「対面形式」でのOJTや合宿は当然ながら行うことはできません。離れた状態でいかに「共体験」を生むかがポイントになります。

以下に、テレワーク環境での知識「共同化」の課題と解決策をまとめてみます。

課題①:対面での「共体験」の機会が減る
解決策:ツールを活用してリモートでも「共体験」を実現する

例:tandemやzoom、teamsなどのコミュニケーションツールを使った「同時接続」型のオンラインOJT、オンライン会議への同伴

たとえば、弊社ではデザイナーのチームはFigmaとtandemを活用してペアデザインを実施していたそうです。tandemは、はルームを作成してそこに入ったメンバーと即座に会話を始められる、というSlackライクなビデオチャットツールです。気軽にコミュニケーションを始められます。(ちょっと重いので、全社導入は見送られましたが...泣)

課題②:チーム間での共同作業や共同思考の機会が減る
解決策:あえて曖昧に仕事を振る

例:チャットでメンバーに仕事を依頼するとき、メンションせずに各自で相談して拾ってもらう

この事例は、「#明日のワークスタイル」でNTT東日本 渡辺さんが紹介していたtipsです。「メンバーの自主性を促すために、あえてチャットでメンションせずに仕事を依頼してみている」と聞いて、目からウロコでした。

実は、『知的創造企業』でもこのようなコミュニケーションは推奨されており、「意図的な冗長性や組織のゆらぎは、個人の主体的なコミットメントを誘発・強化する」「あえて担当者が曖昧なかたちで仕事を共有することで、他メンバーの職能領域に踏み込んで、別の見方からのアドバイスや情報を提供する」と述べられています。「曖昧さ」や「冗長性」が「共体験」を促進するということですね。

日本企業に多い、「戦略的なジョブローテーション」も「冗長性・ゆらぎ」を生むための施策とも考えられます。

②「表出化」(Externalization)

表出化(externalization)とは、暗黙知を明確なコンセプトに表すプロセス。暗黙知がメタファー、アナロジー、コンセプト、仮説、モデルなどの形をとりながらしだいに形式知として明示的になっていきます。
たとえば、経験によって得たコツ・ノウハウを、言葉や図で表現し、「マニュアルに落とし込む」ことが該当します。

「表出化」では「新規のコンセプト」を「既知の言葉」で表現する必要があります。効果的なのが、「メタファー」「アナロジー」「モデル」です。

・メタファー:あるものをシンボルとして思い描くことによって、別のものを知覚したり直感的に理解したりする方法
例:LCCを「空飛ぶバス」と表現したエアバス社
・アナロジー:二つの異なったものの間の「共通点」にとくに注目することで、未知の部分を減らす方法
例:民泊を「暮らすように旅をする」と表現したAirbnb社
・モデル:メタファーやアナロジーを構造化したおおまかな説明や図
例:「まだ、ここにない、出会い。」を「マッチングのリボン図」で表現したリクルート社

具体的な手法としては、ブレストやインタビュー、エスノグラフィーなどのアプローチがあるでしょう。ちょっとした雑談もアイデア創出のための一つの手段です。このあたりは、いわゆる「デザイン思考」に受け継がれて詳細に検討されています。

「表出化」フェーズのテレワーク環境での課題と解決策を以下にまとめます。

課題①:グループでの対話・ブレストが難しい
解決策:共同編集ツールでオンラインブレスト

「#明日のワークスタイル」にご登壇いただいたパナソニック岸原さんのチームでは、全国の離れたメンバーと定期的にオンラインブレスト会を行っているそうです。Google Docsなど共同編集系のツールが揃ってきているので、十分可能ですよね。

課題②:創発の源泉となる「雑談」が生まれづらい
解決策:意図的に「オンライン雑談」の時間を設ける、積極的に情報共有する

僕が所属するビジネス開発部では、毎朝30分間「朝会」を欠かさず開催し、意図的に雑談の時間を設けています。ちょっとしたアイデアや日々の発見などをメンバー全員で共有しています。

ちなみに、この「朝会」の雑談で僕がポロッと言った「スペースマーケットを使ってホムパしてくれていたような方々も、今はzoom飲みしてそうですよね」という発言から、以下の「オンライン飲み会プロジェクト」が発足し、バカルディジャパンさんの協賛までいただき、具体の案件として実現しました。(僕自身はポロッと言っただけであとは何もしてない。弊社プロデューサー陣がすごい)

課題③:社外とのネットワーキングが難しい
解決策:既存のネットワークをフル活用する、ウェビナーを主催する、SNSや記事で情報発信する

どうしてもリモート環境だと、社外との新しい繋がりを作るのが難しいですよね。こんなピンチのときにこそ、これまでの繋がりをフルに活用しない手はありません。

たとえば、弊社で4月にリリースした、以下の「オンラインイベント支援サービス」について。

実はこれ、僕の大学のインターン時代にお世話になったアルファボート堀野さん(通称:ほりーさん)からふらっとメッセンジャーでお声がけいただき、実現した企画。

(2020/3/6ほりーさんとのメッセンジャーより笑)

ここから共同でウェビナーも開催させていただき、200名以上の方にご参加いただきました。

(これで味をしめて...)その後の働き方についてのウェビナー「#明日のワークスタイル」でも、これまでお仕事でお世話になっている方や、一緒に施策を検討させていただいている方にご協力いただきました。

ウェビナーを主催のメリットは、もちろんリード獲得など財務KPIにヒットする面ももちろんありますが、「登壇者同士で仲良くなる、同じ目線を向ける」こともばかになりません。

「#明日のワークスタイル」でご登壇いただいたNTT東日本さんとは、「サテライトオフィスサービス」を協業でリリースすることができました。

もちろん、各種SNSやnote含めた記事で情報を積極的に発信し、いつでも声がかかりやすいように「旗を立てておく」ことも有効ですよね。

③「連結化」(Combination)

連結化(combination)とは、コンセプトを組み合わせて一つの知識体系を創り出すプロセス。表出化された形式知を整理・分類したり、分析したり、組み合わせたりすることで、コンセプトを具体化させます。
たとえば、表出化フェーズでできたコンセプトを組織図やオペレーションシステムに整理して落とし込むことで、組織内にそのコンセプトが浸透します。

「連結化」では、個人や少人数チームで「表出化」したコンセプトを組織で実行できる、以下のようなかたちに落とし込んでいきます。

「連結化」のアウトプットイメージ
・ハードなプロダクト開発の場合:プロトタイプ
・ソフトなビジョンやシステム、プロセスの場合:オペレーションモデル

テレワーク環境でアイデアを整理、優先度付けして具体に落とし込む場合の課題は以下のようなことが考えられます。

課題①:社内の根回しが難しい
解決策:
・主観的判断→チャットで積極的にチーム全体にアイデアを共有
・客観的判断→客観的なデータや事実を集める

自分のアイデアを組織として実行に移すためには、何かしらの判断が必要です。これまで行っていたような「この企画ならXXさんに持っていけば話早そう」のような「根回し」もオンラインだとどうしても難しく思えます。

これは個人として意識的にやっていることなのですが、日頃から気になったニュースや思いついたアイデアは臆せずどんどん積極的に共有するのが代替策の1つじゃないかなと思います。
(もともと情報収集癖があることもあり、社内で1,2を争うくらい全社の情報共有チャンネルに投稿を投げ込んでいると自負しています笑)

また、「根回し」が「キーマンを見つけて判断を仰ぐ」という「主観的なアプローチ」だとすると、「データを集めて説得する」という「客観的なアプローチ」はオンラインでも十分有効です。顧客調査を新しく実施してみたり、ログデータを整理してみたり。

課題②:他企業との協業を推進するのが難しい
解決策:企画書!企画書!企画書!

他企業とのアライアンスやパートナーシップを検討する場合、これまでだと、なんとなく定例を行ってブレストして形にしていくケースもあったとは思いますが、ソーシャルディスタンス前提では「膝を突き合わせて検討する」ことはできません。

人はどうしても目に見えないものは理解しづらい生き物。文書化、言語化、つまり「企画書」を作って作って作りまくるが吉です。僕も3月に入ってから呼吸するように企画書を作っています。

先日発表した「間借り支援サービス」で協業いただいているSubsclifeさんは、対面での打ち合わせはもちろん、一度もビデオ会議すら実施することなく、テキストベースのやり取りでリリースまでご協力いただきました。(急ピッチななかの準備で本当にありがたい...)

(こんな感じのオペレーションフローも含めた企画書をお送りして、目指したい方向性や連携内容についてご理解いただきました)

④「内面化」(Internalization)

(やっと)最後のフェーズ「内面化」(internalization)とは、「行動による学習」によって、まとまった形式知を個人の暗黙知へ体化するプロセスです。
まさに僕が今、一連のプロジェクト(連結化された形式知ともいえる)の振り返りとしてこのnoteを執筆していることも内面化にあたります。

「内面化」のポイントは、「行動による学習」によって、メンタルモデルや技術的ノウハウを獲得すること。また、自身の専門や所属組織を超えた、体験の幅を広げることです。

「内面化」された知識はさらにループして「共同化」され、創られた知識が一部門内の各部署から他の部署へ、一部門から他部門へ、あるいは組織外へ移転していきます。

テレワーク環境での「内面化」の課題です。

課題①:(個人課題)メンバーの「学習状態」が見えづらい
解決策:「目標とアウトプット」の単位を細切れにして、アウトプットベースで判断できるようにする

たとえば、自分が新卒メンバーの教育担当の場合。オフィスで横の席に座っていれば、なんとなく「今これやってるな」「これできるようになったな」などと窺い知ることができました。しかし、離れているとどうしても見えづらくなってしまいます。

「目標とアウトプットを細切れにする」は、先日のNewsPicksのWEEKLY OCHIAI「リモートワーク疲れの正体を考える」でキャスターの石倉さんがおっしゃっていた解決策です。「なるほど」と感嘆し思わずメモしました。

たとえば、「月100万円売上」という目標があった場合。

「1ヶ月で100万円分の案件を獲得しよう」
→「1週間で1つの案件を獲得しよう」
→「1日で10件テレアポしよう」
→「3時間で新規顧客ターゲットリストまとめよう」
→「1時間で企画書読もう」

のように、まずは「目標とアウトプット」のセットを時間で細切れにすることで、メンバーとしてもアクションに移しやすくなり、「行動による学習」が促されていきます。

課題②:(組織課題)職場の一体感がなくなる
解決策:
・組織全体の形式知→改めてVMVに立ち返る
・組織個別・個人別の形式知→社内オンラインイベント、社内報、(社内ラジオ)

最初に紹介したアンケート調査でもテレワークの課題として挙げられていたように、同じ空間で働いているからこそ感じられた一体感がなくなる、という点は、今後のオフィスのあり方を考える上でも重要なポイントです。

まずは、改めて企業の「ビジョン・ミッション・バリュー」に立ち返ることが重要ではないでしょうか。『知識創造企業』でも「一人ひとりの思考や行動だけに依存するかわりに、組織は集団的なコミットメントをつうじて、個人の思考や行動を組織として方向づけながら促進することができる」と記載されています。企業が指し示すビジョンや果たしたい目的が明示されていることは、個人の組織へのコミットメントに繋がります。

また、VMVを伝達する手段として「社員総会」を行う企業も多いですが、今の状況ではそれもオンライン化する必要があります。

VMVのような「組織全体の形式知」だけでなく、他部署の動きやメンバーの相互理解など「組織個別・個人別の形式知」も重要です。後者を伝達する手段としては、社内報や小規模なオンラインイベント(zoom飲みも)などが考えられます。

また、弊社では、(ほぼラジオが好きな僕含めた一部社員の趣味なのですが、)社内ラジオを配信しています。最近は、新しくジョインしていただいた方をゲストに呼んで30分ほど仕事のことからプライベートなことまでざっくばらんに話す企画を実施中です。zoomの録画機能で簡単にできちゃうので、社内ラジオめっちゃおすすめです。

さいごに:知識創造企業を実現するために

以上、テレワーク環境でのコミュニケーションとナレッジマネジメントの課題とその解決策について、SECIモデルを中心に整理してみました。

野中先生は、「知識創造企業」を実現するためには、経営層、ミドル・マネージャー、現場社員が「ナレッジ・クリエイティング・クルー」として、それぞれの役割を果たすべき、と述べています。

「知識創造企業が新しい知識を創るには、第一線社員、ミドル・マネジャー、トップ・マネジャーの参加が必要である。一人ひとりが知識創造者=ナレッジクリエイターなのである」

各レイヤーが果たすべき役割については、以下のように説明されています。

経営層は「ナレッジ・オフィサー」として、ビジョンを確立し、従業員が創り出す知識の価値を正当化するための基準を設定する。
ミドル・マネジメントは「ナレッジ・エンジニア」として、ビジョンと現場をつなぐ橋の役割として、経営層の掲げる理想像と現場メンバーが立ち向かう現実の矛盾を解きほぐす。
第一線社員は「ナレッジ・プラクティショナー」として、経験に基づく暗黙知を創造し、技術やスキルに基づく形式知をを活用する。

現在のような、危機ともいえる状況に僕たちは何ができるか。

『知識創造企業』から読み取れるのは、

経営層は、市場環境や生活者の認識、生活様式が変化する中で、再度会社の進むべき方向性を指し示すこと。「ピンチをチャンスにするにはどうすべきか」を従業員が自発的自律的に考え出すための土壌をつくること。

ミドル・マネジメントは刻一刻と変化する外部環境や内部環境を把握し、経営が目指す方向性を具体的な目的や目標に落とし込むこと。現場メンバーが自由に動きやすいようにすること。

現場の第一線社員は、今こそスキルアップや学び直しで知識を蓄積すること。「ピンチをチャンスに変える」ためのアイデアを生み出すこと。

『知識創造企業』を読み返しながら、そしてこのnoteを書きながら、人間が唯一手にした武器である「知識」や「知恵」をフル活用して、ピンチをチャンスに変えていきたい。今後も自分にできることや果たすべき役割について全うして世の中を少しでも前進させて行きたいと思いました。

長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!

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「SECIモデル」に興味を持った方は、ぜひ『知識創造企業』原本も読んでみてください。

「有事の戦略」については、先日「アンゾフのマトリックス」を用いて整理してみた記事もあるので、もしよければお時間あるときに。

最後までお読みいただきありがとうございました! サポートいただいた金額は、さらなるインプットにあてさせていただきます。 今後とも何卒よろしくお願いいたしますm(__)m