見出し画像

「頑張ったで賞」をもらうことができない残酷な世界

自分の中で頑張ったなと思うことも世間に評価されないことがたくさんある。努力は決して実を結ぶわけではなく、報われないことの方が断然多い。

そして、世の中はあまりにも残酷で、結果だけが評価対象にあたる。結果が出ていない世の中の作品は全て価値がないものとされてしまうのがオチ。

結果が出ていなければ、どれだけ作品を作ったとしても意味がない。

自分の中で「頑張ったで賞」をあげることはできるかもしれない。でもそれは世間からの評価ではなくて、あくまで自己満足の世界なのだ。自己満足で終わらせることができればそれで良いけど、大半のクリエイターは自己満足なんかでは終わらせたくないはず。

僕も世間から評価されたいし、それがどれだけ難しいことなのかを知っているつもりだ。

結果が出せなければ、どれだけ時間を費やしたとしても、それは砂を積み上げる作業でしかない。

ああ、あまりにも残酷な世界だ。

結果を求められている世界には、「頑張ったで賞」なんてものは存在しない。

努力の方向性を間違えると、報われることが確実にないこの世界。

何かの名言で、「努力は裏切らない」という言葉があったが、努力はいとも容易く自分を裏切ることがあるんだよね。方向性を間違えた努力は決して実らない。報われない努力は世間からすれば全て無駄だと評価されてしまう残酷な世界。

数ある作品のうちどれだけの作品が報われてきただろうか。そして、どれだけの作品が泣いてきたのだろうか。栄光の裏には泣いている人だらけ。むしろ泣いている人の方が、栄光を掴む人よりもはるかに多い。

世間から評価されること。それはとてもありがたくてクリエイター冥利に尽きること。僕は物書きとして結果を出すために、今日も淡々と文章を書いている。

正しい方向で正しい量の努力をしたものだけが報われる世界。でも何が正しくて、何が正しくないかなんて誰にもわかりっこない。

だからこそ積み上げなきゃだし、バットに球が当たるまでは打席に立ち続ける必要がある。そして一発屋で終わらせないために、自分の型を突き詰めていく。

自己分析。他己分析。PDCAではなく、Dだらけのサイクルを回す。

自分を省みて改善をし続けた人だけが、栄光への切符を掴む仕組み。

今はSNSやブログなどで、過程を発信できるようになり、過程を見せれば、応援者や支援者が増える時代になった。

とはいえ、結果を出さなければ、飽きが生じて、いとも簡単に離れていってしまう。

あなたに興味がなくなってしまえば、手のひらをあっさり返すなんてことはよくある話。

綺麗事だけで生きていけるほど人生は甘くない。それでも僕はやっぱり綺麗事を大切にして生きていきたいと思ってる。綺麗事を語りながら、本気でやって自分の全力を出し尽くして、それでダメなら諦める覚悟はもうとっくにしている。

30歳までに結果が出なければ、僕は今やっていることを綺麗さっぱりやめることにした。だから30歳までは僕は文章を書くことに全身全霊を注いでいく。

綺麗事ばかりでは生きていけないけど、綺麗事がなくなる世界はやっぱり寂しいから僕はいつまでも綺麗事を語ってたい。

とはいえ結果にはシビアにならなくてはならないので、きちんと結果を出せるように正しい方向性を見極めて、そこに向かって本気で努力する。

人生に「頑張ったで賞」はない。

「頑張ったで賞」ではなく、2020年は今以上に結果を出して、綺麗事を語ろう。

今日も結果を出すために、淡々と作業を積み上げる。

やがて大きな景色を見るために淡々と毎日積み上げる。

今から進む道は山あり谷ありかもしれない。

誰も模倣する人がいない道。修羅の道と呼んでも良いだろう。

「頑張ったで賞」ではなく、真っ向から評価してもらうために。

やるべきことを一つ一つ丁寧に全力でやっていこう。

ありがとうございます٩( 'ω' )و活動資金に充てさせて頂きます!あなたに良いことがありますように!