僕の壮絶な高校野球人生No4
僕はご飯を食べ出してから2時間が経過していた。
2時間も食べ続けているのに、僕のお弁当の中のご飯は半分以上残っていた。
部員の中で2時間で全部食べきることができたのは1人だけだ。
途中で吐き出す人間が大勢いたが、僕は吐くことに抵抗があったので
とても吐くなんてできなかった。
もう初日の時点で全員が理解していたと思うが、7合のお米を2時間で食べることなんてほぼ不可能なことだ。
それでもそんなことを言うと強烈な仕打ちを受けてしまうので誰もそんなことを言うことはできない。
その日以降も毎日7合のお米を食べなければいけなかったので、グラウンドの横のトイレはみんなの吐き場になり、お米の腐った匂いがトイレのまわりは充満していたのを覚えている。
通り過ぎるだけで、吐きそうになる匂いだ。
もう一生あんな匂い嗅ぎたくない。
僕もさすがに吐かないと食べれないことがわかったので、2日目からは胃にご飯を入れてトイレの横で吐くという、胃の中でご飯を運ぶようなことをやるようになってしまった。
2時間ずっと監視されてるので、どこかに捨てることもできない。
時には僕の目の前で、お弁当の中に吐いてしまった部員がその吐いたものを食べさされるところも何度も見てきた。
本当に辛かった。
食べ切るまでは練習をすることもできないし、ご飯も暑さで段々と腐ったような匂いになってくる。
「俺は一体何をしているのだろうか」と思うようになった。
学校からグラウンドに向かっている道で、途中何個か二つ道があるスポットが何箇所かある。
僕はこのスポットに来ると毎回、
「こっちに行けばどこに行けるんだろう。このままこっちを進めばグラウンドに行かなくていい。
前にも後ろにも野球部員はいなくなる。俺の自由にどこにでも好きな場所に行けるようになるんだ。」
そう思うようになった。
そして夏休みに入って10日ほど経ったある日、
ついに、
僕は逃げた。
野球部指定のカバンはとても大きかったので、
僕はそのカバンの中に5日間くらいは生活できる分の服を入れ、
朝、母親に作ってもらった7合ご飯と少しのおかず、大量のスポーツドリンク、
自分の持っているお金を全て持って、
いつも通り「行って来ます!」と言い、僕は家を出た。
高校の最寄りの駅に自転車を停めており、その自転車でどこかへ逃げようと思っていたので、まずはいつも通り最寄り駅まで行った。
その時に他の部員と会ってしまうと一緒に学校まで行かないといけなくなるので、
僕はいつもよりも30分ほど早い電車に乗った。
無事に駅では部員に会わずに済んだ。
次は部員のほぼ全員が通る大通りを抜けないといけない。
距離にしたら自転車を全力で漕いで大体3分くらい。
その間には、みんなが朝ご飯を買うローソンがある。
そしてその大通りは監督やコーチも車で通る可能性がある道だった。
一本手前の線路沿いの道もあったのだが、そこは野球部の寮の目の前の道なので
通ることができない。
僕は覚悟を決めて、自転車を全力で漕いだ。
夏の朝のジメジメとした空気と何匹かのセミの鳴き声を感じながら大通りを駆け抜けた。
ローソンの横まで来た時、僕の視界には何人かの部員の姿がはっきりと映っていた。
「もしかしたらあの怖い先輩かもしれない。無視したら止められるかな。」
そんな恐怖と戦いながら前だけ向いて進み続けた。
「もう俺は戻って来ない。こんな奴らに何を言われようがどうでもいい。」
そう自分に言い聞かせて、自転車を漕ぎ続けた。
そしてローソンを越え、
僕は無事に誰にも止められることなくその大通りを突破することができた。
気づけば、僕の額には大量の汗が流れていた。
その汗をカバンの中に入れていたタオルでゆっくりと拭いた。
そのタオルを顔から剥がした時に見えた太陽のパワフルな姿はいつもとは違うものに見えた。
そして空が青いことも入道雲があることも蚊が飛んでいることも全て思い出し、
しっかりと見ることができ、感じることができた。
僕は保冷バックの中に入れてあった1リットルのスポーツドリンクを半分まで一気飲みし、そのまま先へ進んだ。
行き先は決めていなかった。
ただ自分の意思でどこにでも行けるという自由を思う存分楽しみたかった。
知っている道をひたすら突き進む。
途中、僕のガラケーには10件以上の電話がかかってきた。
そうなることは最初から分かっていたので、僕はガラケーをポケットから
カバンのサイドポケットに入れ替えて走り続けた。
山を越え、川を越え、行き着いた場所は、
京都の名所、鴨川だった。
ちょうどお昼の12時頃になりお腹が空いてきたので、
僕は目の前にある美しい川を眺めながら、熱くない日陰の芝生の上で
自分の好きなだけご飯を食べた。
久しぶりにお弁当が美味しく感じ少し喜んでいたのだが、
その感情とともに、このお弁当を毎日作ってくれている母親の顔が
僕の目の前に現れた。
母親は今どう思っているのだろうか?
心配していないだろうか?
もしかしたら高校に行ってるかもしれない。
もしあの監督やコーチから何かされていたらどうしよう。
僕はそんなことを考え出したら涙がボロボロと出てきた。
悔しさ、寂しさ、怖さ、心配、そして愛情。
いろんな感情が僕の心を支配していった。
「家に帰りたい。帰ったら怒られることは分かっているけど、それでも帰って家族に会いたい。そして僕の気持ちを聞いてもらいたい。」
でも僕は帰ることができなかった。
帰ったらまたあの場所に戻されてしまうと思うと足が動かなかった。
そして遂に夜になってしまい、
僕は友達に事情を説明し、そのまま友達の家に泊めてもらうことになった。
次の日の朝。
僕はどこに行こうか迷い、また鴨川に行った。
昼になり、少し鴨川の景色にも飽きてきていた。
色々考えた末、僕は家に帰ることに決めた。
昼間は誰もいないだろうと思い、恐る恐る家の扉を開けてみると、
その先にいたのは、母だった。
そして僕を見た瞬間、母の目から涙が溢れ出した。
僕はそのまま外にまた飛び出そうかと一瞬思ったが、グッとこらえ、
そのまま母を見続けた。
そして気づけば、僕の目にも涙が溢れていた。。
「ごめん。」
この時の僕の気持ちはこの一言だけだった。
続く。。
Ryoma Kobayashi
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