「改装なんてしたくなかった」大浴場のある温泉旅館を続けるということ
2024年5月9日。この日の朝風呂を最後に、旅館大村屋の旧大浴場は役割を終えました。
すぐに改装工事に取り掛かるため、準備が始まります。
この給湯口から、もう温泉が出てくることはありません。
ついさっきまで、滝壺のようにジャブジャブと揺れていた水面が、今では静かな湖のよう。役割を終え、ただその時を待っています。
いったい、これまでどれだけの人々がここで汗を流したのか。癒やされたのか。元気をもらったのか……。
35年もの期間、嬉野に潤いを与え続けた大浴場が、いま、生まれ変わろうとしています。
「できることなら、改装なんてしたくなかった」
──ついに着工ですね。
できることなら、改装なんてしたくなかったんですけどね。
──えっ、そうなんですか。
そりゃあ、そうですよ。そもそも、私自身、かなりお気に入りの大浴場ですから。子どもの頃から、ずっとこのお風呂で育っていますしね。
──それでも、改装する選択をされた理由って……?
もともと、自分の中ではあと20年くらいして、息子に次ぐ時代になった時には、旅館の借金を減らして建物を建て替えたいと思っていたんです。
──借金を減らせる目処があったんですか?
目処というか、方針はありまして。客室のリニューアルを積極的に進めていって、より収益が出る客室を増やそうと思っていました。新たな客室を増やすことで、より旅館としての価値を上げようと。
──客単価を上げるということですね。実際に旅館大村屋では、リニューアルした客室が年々増えていっていました。
内情の話をすると、いちばん利益率アップにつながる改装が客室なんです。この建物自体が役割を終えるまで、趣のある大浴場はそのままにしておくつもりでした。でも……。
──でも?
コロナ禍の約4年間で人件費や維持費などで計画にない借り入れが増え、子どもが継ぐ20年後くらいまでに、旅館を新しく建て替えられるほどの経営状況にはなっていないと予想しています。20年後以降も、この建物で営業を続ける可能性が高いと判断しました。
──いや、まだ20年ほど先の話ですよね。まだわからないじゃないですか。
大浴場に何かあった時、すぐに改修できるわけでもないですから。大浴場そのものの老朽化の状況も深刻です。そういう面も含む、総合的な判断です。
──うう、苦しい判断……。
次世代にも旅館が続くことを考えると、今のうちに大浴場の老朽化の問題を払拭することは重要です。そして、せっかく改装するなら、これからの時代にも合った新たな魅力ある大浴場に生まれ変わらせたい。それには、大きな意味があると思います。大浴場は旅館の看板ですから。
神事の後、すぐに男湯工事が始まった。
神事が終わった後に大浴場へ行くと、あっけなく蛇口が取り外されていた。こんなに簡単に蛇口って、外れるのか……。
開始した自前クラファンが200万円を突破
その後、5月27日にクラウドファンディングを発表。くるりの岸田繁さんが制作した「入浴専用音楽」の発表もあり、ネット上は盛り上がりました。
筆者は再び大村屋を訪れたところ、男湯の様相は一変していました。
──工事が進むの、めっちゃ早いですね。
男湯に関しては、7月10日には完成しますからね。これくらいのスピードじゃないと。これでも本来の工事スピードよりゆっくりなんですよ。
「究極の一番風呂」権利はまだ販売中
──なぜゆっくりなんですか?
旅館の営業中は工事の大きな音は出せないから、作業時間が限られているんです。それが原因で、工期が通常よりかかってしまいます。人件費も多くかかります。
──営業しながらの改装って、いろいろと大変なんですね……。そんな中、クラファンの反応がとても良い。
開始して1か月を経たない間に、200万円を達成しました。本当にありがたい限りですね。
──旅館大村屋がこのようなクラファン形式の販売を行うのは、これで3回目ですよね。
最初がコロナ禍。2回目がWeb版の「嬉野温泉 暮らし観光案内所」の立ち上げ時ですね。ネットショップ作成プラットフォームを使っただけで、既にあるクラファンのプラットフォームを使わずにやっています。
──そこはかなり特徴的ですよね。
常連の方々や自分の周囲の方々に呼びかけるのがメインなので、プラットフォームに手数料を払うまでもないかなと思っています。
──手数料はだいたい20%程度かかるので、かなりの負担になりますしね。
その分、SNSでの情報発信や、noteを使った情報発信はがんばっていきたいと思っています。
──何もしなかったら「なんかお風呂が新しくなったみたいだね」で終わりですからね。
これまでならそうですからね。でも、こうすればお祭りのように楽しめる。みなさんとよい関係性も築けますし。10月まで、一緒に大浴場の完成というイベントを楽しめるといいなと思っています。
──本来、めちゃめちゃピンチなはずなのに、楽しむチャンスのようにとらえ、明るく乗り越えようとするところが「大村屋っぽい」と思います。
熱い源泉をどう冷ます? 温泉管理の裏事情
──クラファンに対する周囲からの反応はいかがですか。
ポジティブに受け止めてくださっています。同業の旅館の方や地域の方が高額の購入をしてくださって、感激しました。期待に応えたいですね。
──それは嬉しいですね!
同業の方から「見積もりの話は、盛りすぎじゃない?」と言われたことはありましたが。まったく盛っていないですし、全部真実です!
──建築費の高騰で、見積額が上がったんですよね。
そうです。厳密に言えば、機械と人件費の高騰。とくに、導入予定だった熱交換器などの機械類の高騰の影響が大きかったですね。
──熱交換器は、どのような役割の機械なんですか?
高温の温泉を適温に冷ますための機械です。大浴場を「循環ろ過方式」から「源泉かけ流し」にしようとしていたので、 大規模な熱交換器が必要でした。その熱交換器が高騰してたんです。
──最終的には9000万円程度に落ち着いたということですが、どういった部分をカットしたんでしょう。
代表的な点で言えば、熱交換器の導入をやめたことです。これまで通りの
循環ろ過方式で行います。半露天風呂だけ、源泉かけ流しです。
──逆に、なぜ半露天風呂は熱交換器なしで源泉かけ流しができるんですか?
半露天風呂の浴槽が、大浴場のメイン浴槽よりも小さいからです。嬉野温泉は源泉が98度あり、大村屋には80度くらいで配湯されます。きれいな浴槽にまずは80度の温泉をそのまま貯め、時間をかけて冷まします。その後は、熱い源泉を足す量を調整することで温度を維持します。
──うわ、大変。そんな超アナログな方法で温度調整するんですね。
バルブの開け具合で、めっちゃ熱くなったり、冷たくなったりします。なかなか慣れるまでは大変ですよ。
──それは、専門技術ですね。だから、大規模な大浴場で、高温な源泉を持つ温泉だと源泉かけ流しは難しいのか。
広くて深いと、温泉の湯量が必要になりますからね。湯量のある高温の温泉を一気に冷ますには、どうしても熱交換器が必要になります。
──逆に半露天風呂くらいの大きさのお風呂なら、熱交換器なしでもお湯の温度を調整できるものなんですね。
まあ、一つの挑戦ですね。これまでも、半露天風呂よりは小さいんですが、家族風呂や部屋のお風呂では、同じ方法で源泉かけ流しを実現していました。足す温泉の量で温度調整する方法に関しては、循環ろ過方式の大浴場でも行っている方法です。だから、慣れてはいます。
──えっ、でも大浴場にはボイラーがあるから、それで沸かして温度を上げれば楽じゃないですか?
はい、もともとはボイラーで沸かしていました。でも、ボイラーを使うとガソリン代がかかるんです。自家源泉を活用して湯温を調整するようにしてから、大幅にガソリン代を節約できるようになりましたし、源泉濃度も濃くなり泉質も良くなりました。
──なるほど……。98度で湧く温泉に適温で浸かれるって、すごく贅沢なことなんですね。
「循環ろ過方式」は悪ではない
──温泉って、やっぱり「源泉かけ流し」がいいんですか?
温泉の成分をそのまま味わえるリッチな方法だとは思います。泉質を求めるなら、やはり「源泉かけ流し」は魅力的です。ただ「循環ろ過方式」も悪ではないんですよ。
──でも「循環」だから、一度使った温泉を再利用するわけですよね。なんか気になる……。
いえ、循環ろ過方式の温泉は清潔なんです。髪の毛や垢などを含んだお湯をろ過して、キレイにして循環させているので。もちろん、うちは新しい温泉も足しながらですし。
──でも「かけ流し」なら、お湯は全部入れ替わるわけでしょう。
そうとも言い切れなくて。排水を行っていないと、髪の毛や垢などがそのまま浴槽に滞留します。湯船から溢れたお湯だけで入れ替わっているかけ流しの温泉は、お湯が完全には入れ替わりません。
──なるほど。「循環ろ過方式」だと、一定の清潔度は担保されるわけですね。
その通りです。温泉が入った分、温泉を抜く排水制御装置というものがあるんですが、それも1台数千万するほど高価です。大規模な湯船で清潔さを守るには大事な機械。そんなものも必要になる方法なんです。これも楽ではない。この機械も高すぎて導入を断念しました……。
──なるほど。「循環ろ過方式」は、言葉のイメージに注目されて、過剰に評価が低いのか。
「かけ流し」という言葉はイメージが良すぎる一方で、「循環」という言葉はイメージが悪すぎるという課題があります。また、嬉野温泉の資源を守るためにも「循環ろ過方式」の活用は重要です。
──嬉野温泉を守ることに「循環ろ過方式」が関係あるんですか。
じつは近年、嬉野温泉の水位は下がってきています。原因は湧出量以上に温泉を使っているからです。温泉は無限に湧き出ているように見えますが、実際は有限な資源です。
──「循環ろ過方式」は温泉資源を有効活用するという意味でも、重要なものなんですね。
もともと大浴場全体のかけ流しを計画していたわけなんですが、嬉野全体のことを考えると……。かけ流しで、じゃんじゃん使うこともできないかなと思っています。
──まあ、自然と嬉野全体にとって、ベストな形に行き着いたということなんでしょうね。
クラウドファンディングは10月まで実施中
そんな次世代への深い愛をぎゅうぎゅうに詰めて、実施している大浴場へのクラウドファンディング。
まさに「All 湯~ Need is Love」。皆様からの愛もたくさん集まっており、開始1か月経たずして、200万円の支援額を突破しました。心より感謝申し上げます。ありがとうございます。
このクラウドファンディングは工事が終わる10月まで続きます。まだまだ、皆さんで盛り上がっていきたいと思いますので、拡散や追加支援をよろしくお願いします。大村屋の発信を見守っていただけるだけでも幸いです。
今回のクラファンのnote発信を掲載するマガジンを作りましたので、ぜひフォローをお願いします。支援された方に楽しんでいただけるような発信を目指して頑張ります。
それでは、今後ともよろしくお願いします!