奇跡のローカルメディア「うれしの元気通信」編集長が語る"継続"秘話
嬉野温泉 旅館大村屋がお届けする「嬉野温泉 暮らし観光案内所」にようこそ。連載のために月に1度は必ず嬉野温泉に泊まっている、ライターの大塚たくま(@ZuleTakuma)です。
嬉野市には、地元住民に愛されるローカルWebメディア「うれしの元気通信」があります。
かれこれ約10年継続されているWebメディアです。ぼくは最初に嬉野へ取材へ行く準備をしている時、この「うれしの元気通信」を見つけ、更新頻度の多さに驚きました。
「何をモチベーションにこんなに更新しているのだろう」
嬉野にこんなに活気あるローカルメディアがあるなんて。FacebookやInstagramの更新も盛んです。
いつか編集長にお話をうかがってみたいと思っており、ようやく実現しました。
今回はうれしの元気通信の編集長である、松本聡子さんにお話をうかがいます。
「うれしの元気通信」との出会いはハローワーク
ーー「うれしの元気通信」はいつから始めているんですか?
メディア自体は2012年から始まっており、私は2014年から加入しました。もともと緊急雇用対策事業によって始まったもので、3年で終わる予定だったんです。それをテレビ九州の西川社長が「ここで終わるのはもったいない」と言って、今でもずっと続いているんです。
今は嬉野市の予算になっているんですか?
観光協会と嬉野市の予算です。嬉野市からテレビ九州が依頼を受け、テレビ九州が私に依頼している形です。
今も続いているのは奇跡ですね。普通なら3年で終わりますよ。ローカルのオウンドメディアで長く続けるというのはなかなか難しい。
ーーそもそも、なかなか形にできないですもんね。
私は今、取材しても広告料とかは取っておらず、完全に市の予算で運営しています。2019年までは観光協会からの委託だったんですが、嬉野市の広報広聴課から「シティプロモーションの発信をしてください」と言われるようになり、今は観光協会と広報広聴課から委託を受けてやっています。
ーー嬉野市の松本さんへの信頼がすごいですね。
やっぱりそれは、マツコ(松本さん)の取材力と、勤勉さの賜物ですよ。
ーー松本さんは嬉野出身の方ではないんですよね。
私は鹿島出身で、テレビ九州に入社したのが、嬉野に来たきっかけです。それまでは嬉野に行ったことがなかったんです。卓球部の頃、試合で体育館に来たことがあるくらい。
まさに縁もゆかりもない状態ですよね。どうしてテレビ九州に入社しようと思ったんですか?
「うれしの元気通信」のメンバー募集がハローワークで行われていて、それを見たんですよね。
ーーまさか、出会いがハローワークだったとは……。
もともと図書館司書だったんですが、私は「読書が好き」というより、「資料から情報を探す」ことに関心がありました。そして「発信すること」も好きだったんですよ。
嬉野中へ取材に駆け回る日々
ケーブルテレビ局だから、レポーターをすることもありましたよね。
はい。「うれしの元気通信」がやりたくてテレビ九州に入ったんですけど、レポーターをやることもありましたね。話すのが苦手で……。人前で話すのなんて、やったことがありませんでした。
松本さんがレポーターを務めた「うれしの再発見」
ーーケーブルテレビの方って、何から何まで全部されますよね。みんなスーパーマン。喋るディレクターみたいな。
はい。2014年はレポーターで、2015年からはカメラ、編集をやっていました。
それはいい修行になりますね。
何か具体的な指示があるわけではないから、どんな些細な情報でも探しに行って、けっこうどこにでも行きましたね。
嬉野の中で、いちばん会ったことのある人が多いんじゃないですか?
そうかな……。たしかに、嬉野の中だけだとそうかも。
選挙に出たら、通ると思いますよ。笑 それぐらいの影響力はありそう。
もはや「インフラ」嬉野市住民に親しまれる理由
「うれしの元気通信」の記事の量って、どれぐらいあるんですか。
以前は1週間に2~3本、記事をあげることもありました。1000記事以上はあるかと思います。
すごい情報の蓄積ですよね。
アーカイブにはなかなかの記事数が
ーーしかも、嬉野の話ばかりですもんね。
うれしの元気通信があったんで、この連載も続けられるだけのネタがあるだろうなって思ったんです。10年やってる前例があるから。それだけ、嬉野に話題があるという証明ですよ。
私も取材していて、嬉野に新しい人がポコポコ出てきますし。どんどん変わってきているのは、すごく感じています。
うれしの元気通信ってニュース性もあると思うんです。災害のときにも、元気通信を見れば避難所のこととかなにか情報が載っているんじゃないかって。
たしかに災害のとき、うれしの元気通信のFacebook見てるって言われます。
もはや、嬉野のインフラになってるんですよね。
災害警戒時にも情報発信してくれて便利
ーー災害を警戒しないといけない時期になると、内容がガラッと変わりますよね。普通の地域メディアなら、更新が止まると思います。
「その時々に求められる情報を発信する」という点は気をつけています。災害のときはできるだけ地域のことは発信しません。防災の情報が、人の目に触れず流れていってしまうので。
ーーここまで高い意識で、地元のローカルWebメディアが対応しているのは、すごいことだと思いますよ。
とは言え、行政のホームページに載ってる情報を紹介してるだけなんですよ。ホームページってあまり見ないと思うんですけど、ソーシャルメディアだったらチェックすると思うので、見やすくなるように工夫しています。
ーー「うれしの元気通信さえ見ておけば、なにか載ってるだろう」と地元住民に思われて、親しまれているんですよね。Web上のローカルな情報発信メディアとしては、ひとつの理想だと思います。
行政がメディアを運営すると、制約が出てきてしまって、雑多に何でもは載せられないと思うんですよ。「うれしの元気通信」は外部なので割と自由になんでも載せられます。
そこの距離感もちょうどいいんでしょうね。
ソーシャルメディアで情報収集する時代になっているからこそ、行政のホームページの情報を噛み砕いて載せることも必要かなって、思いますね。
ローカルメディアは大切にしないといけないし、発信する人を大事にしていきたいです。
地域のみんなが発信者になったらいいですよね。
いやあ、それにしても、マツコが嬉野で結婚してくれて本当によかったですよ。結婚すると聞いた時は「これで嬉野のローカルメディアは50年安泰だな」って思いました。笑
執筆の原動力は嬉野への愛情
ーー嬉野にはいつから住み始めたんでしょうか。
2017年に嬉野に引っ越しました。嬉野の取材をしているうちに、取材する人の”素”の部分をもっと知りたいと思うようになったんです。そこを知るには、いっしょに食事したり、お酒を飲んだりすることが重要だと思って。
取材する・されるだけの関係性だと、より深くはいけませんもんね。
酔って喋っているときこそ、”素”が現れると思っているんです。
ジャーナリストみたいですね。
ーーすごいなぁ。うれしの元気通信のために移住しているようなものですからね。
マツコを見つけることができたことも含め、うれしの元気通信は奇跡のローカルメディアですよ。行政も観光協会も、地元のケーブルテレビも協力して残そうとしているわけですから。みんな必要性を感じている。
コメントをくれる方って、嬉野を離れている人が意外と多いんですよね。うれしの元気通信には、離れた人に嬉野の今の様子を伝える役割もあります。やはり故郷のことって、心の中にいつまでも残るんですね。
ーーなるほど、それはあるでしょうね。
嬉野出身者にとっては、普通の風景写真も特別な意味を持つことも多いじゃないですか。だから、風景写真も積極的にアップしたいと思っています。
発信する目線が広がってきているんですね。今では、もう嬉野市報と同じくらいの影響力があるような気がします。
ーーあの更新頻度で、ここまで継続できるというのは本当に素晴らしいと思います。
まずなかなか人がいないという問題がありますよね。そして、資金の問題があると思います。
それでも、うれしの元気通信が続いているというのは凄いですよね。
ーーそこを「愛」で突破している気がしますね。結局、人と資金だけでもできなくて、「愛」や「情熱」といった、真心が必要なんだと思います。
やっぱり「愛」ですよね。松本聡子の愛を受け継ぐ、松本聡子2世が必要ですね。
そこなんですよ。今、塩田の方を担当してくださっている方がいるんですが、こういうご時世なので直接会って、しっかり指導するということはできていないんです。やっぱり「嬉野が好き」という気持ちが大切だと思います。
好きじゃないとできないですよね。
そうなんです。私は写真も文章もてんでダメだったけど、でも「伝えたい」という気持ちだけで突っ走ってきました。そういう気持ちがあれば、なんとかなるんじゃないかなと思います。
最後に愛は勝つということなんですかね。
ーー書いてる側に熱量とか愛がないと、言及できない切り口や、撮れない写真って、ありますからね。
興味の有無って文章に全部に表れて、自然に読者に伝わっちゃいますよね。「好き」という気持ちまで伝わるような文章が書ければいいな、と思っています。
嬉野の茶農家さんの写真を取り始めた理由
ーー松本さんは、嬉野の茶農家さんの写真を多く撮影されていますよね。
茶農家さんのFacebookを見た時に、情報がまったくなくて。家族の写真しかないんです。だから、行きづらい。
農家さんのアカウントあるあるですね。
茶農家さんって、茶を育てつつ、収穫もしつつ、工場も自分ひとりで回しているんですよ。そりゃ、自分を撮影する時間はないなあ、と。「だったら、私が撮って写真を提供しますよ」ということを始めたんです。
ーーめちゃくちゃいいことですね……。
当時、一眼レフを買ったばっかりで。操作もよくわからないまま、なすがままに……。
とにかくたくさん撮影して覚えたんですね。
とにかくたくさん撮って、パソコンで後で見て「いいな」と思ったものだけを、CD-ROMに焼きました。現在でもその写真をサイトで使ってくださっている茶農家さんもいらっしゃいますね。
ーー情熱で突き進んでいる感じが、いいですね。
とにかく茶農家さんたちのことを、もっと知ってほしかったんですよね。すごく発信はされているのに、イマイチ伝わらない。それは「人の姿がないからかな」と思いました。
松本聡子さんより提供
茶農家さんは、自分がどう見られるか、どう伝わるかなんて、なかなか考える暇がなかったですからね。
当時は「え?撮るの?誰を?私を??」って感じで、茶農家さんもピンと来ていなかったですね。
今でこそ、普通になりましたけどね。
とくに工場での作業は、見せるものじゃない、撮るものじゃないという発想があったみたいです。
松本聡子さんより提供
野菜とかで「私が作りました」って農家さんの顔写真が掲示されていることがあるじゃないですか。茶農家さんにもそれがあると、親近感が出ていいと思って。顔を出した発信があると、なにか変わるんじゃないかと思っていました。
今ではみんな、どんどん顔を出すようになりましたよね。昔は茶葉とか茶畑だけでしたから。
つくったものに自信があるからこそ、ですよね。でも、いつしかモノじゃなくて、人がメインになり始めましたね。モノにどんな想いを込めてつくっているか、ということが重要視されるようになってきたと思います。
単なる商品情報ではなく、ストーリーを出すことが主流になりました。
やはり共感を生めないと、見てくれる人がついてきてくれませんよね。嬉野茶時も、最初はFacebookをあまり見てもらえていなかったんです。でも、FacebookでTea Salonのイベントをやっているときに動画を発信して。
嬉野茶時:「嬉野茶(うれしの茶)」「肥前吉田焼」「温泉(宿)」の三つの伝統文化と、時代に合わせた新しい切り口を加えて、食す・飲む・観るといったもてなしの空間や、喫茶の愉しみを作るプロジェクト。
当時、即日投稿した動画
やっている現場でそのまま編集していましたよね。その投稿の甲斐あって、イベントの予約が全部埋まったんです。ガラガラだったのに。
ーーええっ。すごい。やっぱり諦めずに情報発信をすることが大切ですね。
完全に「情熱」ですよね。それが見ている人にも伝わったんじゃないですか。嬉野茶時をやっていて思うんですけど、シュッとしたかっこいい情報だけをずっと流しても、意外とアクションはないんですよね。
シュッとしたものは見飽きてしまっている感じがありますよね。そこになにか”響くもの”がないと、全然ついてきてくれないんです。かといって、面白いものだけ発信していてもだめだしね。
リアルなものですよね。逆に素人臭さが良かったりもしますし。ぼくは以前、観光とか旅館とは、華やかなもの・整えたものを出さないといけないものという意識がありました。ここ数年は暮らし観光やローカルフォトといったものに関心があります。
わたしは茶農家さんの写真をずっと撮っているんですけど、撮られ続けるとどんどんかっこよくなってくる気がします。そういったことを経験して、写真をしっかり撮っていきたいなって思うようになりました。写真展をやりたい、と思ったこともあります。
いいですね。「松本聡子写真展」をぜひやってほしいです。
自ら発信する人が増えている嬉野
10年くらい、嬉野を見てきて、変化を感じることはありますか。
自分で発信する人が増えてきたと思いますね。これまでは淡々と事務的に発信していたり、本業とは関係のない家族の話をなんとなく発信するという感じだったんです。でも、今では自分の商品に懸ける想いなどを語る人が増えてきました。
それはいいことですね。
私はずっと「もっと発信してほしいな」と思っていました。でも、実際に発信するのを見ると「私が知らないところで、楽しそうなことをしている」とヤキモチやいたり。一度取材をすると、愛着を持って、好きになっちゃうんですよね。
ーー取材をすると、その人のことを好きになっちゃうのはわかりますね。
そういえば、最近では茶農家の奥さんが、表によく出てくるようになりましたね。
「茶嫁」とかですよね。
茶嫁:お茶農家の嫁2人組のグループ。Instagramなどで情報発信中。
発信上手な方が嬉野に増えてきて、見ているだけで私も勉強になります。昨年以降から増えてきている気はしますね。ソーシャルメディアが身近になりました。
その変化はぼくも感じています。これからはもっと発信内容を外の人にも見てもらうようにすることが重要ですね。来年の新幹線開業から生まれる交流もあるので。
今の課題はソーシャルメディアを使えていない方々をどうするかということですね。そこをうれしの元気通信が情報発信をサポートしていけたらと思います。
これからの嬉野は「人」が大切
ちなみに、マツコは嬉野がこれからどうなったらいいと思います?
嬉野で暮らす「人」が大事になってくるんじゃないかなとは、思います。「想い」とか。
そうですよね。ぼくもそこが大事だと思っています。嬉野の「人」の部分を見せていかないと、旅館には人が来てくれない。来たとしても、1回来て終わりになってしまう。
「観光は人」と言うのは簡単なんですが、実行するのはなかなか大変な面もある。綺麗な部屋や充実した設備はお金さえあればできるけど、観光客と地元の人が自然に話すきっかけを作るのって、なかなか難しくて。「とりあえずあそこに行けば、誰かいるよ」みたいな場所が欲しいですね。
地域に人の繋がりが一つでもできれば、また1年後会いに行くといった流れができると思うんですよね。もっと人の写真を撮って発信していきたいと思っています。
ーーこれからも嬉野の「人」の魅力が広がっていくといいですね。本日はありがとうございました。
ローカルメディアを支えるのは「愛」だった
どの市町村にも、マツコさんがいてくれたら、どれだけ街は活性化するだろうかと考えさせられてしまいました。愛情を持つことはできても、愛情を表現でき、発信できる人は稀有なのが実情です。
「地域みんなが発信者になればいい」というのは、まさに地方で現代を生き抜くための本質と言ってもよいでしょう。
「いいものは自然と伝わる」という時代は終わりました。たとえいいものでも、情報の渦に飲まれては伝わりません。勝ち残った情報だけが伝わる厳しい世界になってしまったのです。
しかし、逆に言えば「いい発信をすれば、弱者と思われていた人でも勝ち抜ける」という夢のある時代になったとも言えます。勝ち抜くポイントは「愛」です。
これからも「うれしの元気通信」は、嬉野愛をエネルギーに続いていきます。それはこの連載「嬉野温泉 暮らし観光案内所」も同じです。
「嬉野温泉 暮らし観光案内所」次回もご期待ください。
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