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日常にある、お茶の価値を高める。新規就農したお茶農家・茶屋二郎さんの想い

嬉野温泉 旅館大村屋がお届けする「嬉野温泉 暮らし観光案内所」にようこそ。連載のために月に1度は必ず嬉野温泉に泊まっている、ライターの大塚たくま(@ZuleTakuma)です。

今回は、嬉野茶農家のもとで5年間の修行を経て、この度茶農家として独立した茶屋二郎さんにお話をうかがいました。


茶屋二郎さんとは

茶屋二郎(松田二郎)さんは、1993年生まれ、長崎県佐世保市出身の男性です。2016年9月より嬉野茶生産農家・副島園に師事し、2020年に独立しました。

これからの「日常」に

この文言を公式サイトに掲げており、印象的です。でも「お茶ってもともと日常にあるものでは?」この「日常」とは、どんな意味なんでしょうか。


「茶屋二郎」初めての新茶が完成

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ーー二郎さんは、今年初めての新茶ができたそうですが、出来はどうですか。

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とてもいいです。狙ったものができたと思っています。

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では、淹れてもらいましょうか。

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温度は何度くらいで淹れていますか?

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このお茶の場合、普通は65度くらいなんですけど。香りを出さないといけないので、今日は70度くらいです。新茶の香りは1ヶ月しかしないので。

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ーーこのお茶の特徴はどんなところですか。

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色が綺麗に出るのと、まろやかな味が特徴です。

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ちゃんと苦味があって、バランスがいいですね。後味で若干の苦味がスッと残ったほうがいいので。

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ーーおいしい! 新規就農した農家さんの、本当の一番茶が飲めるなんて、すごくレアですね。

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お茶農家は新規就農が難しい

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ーー二郎さんのように、新規就農される方って、どれぐらいいるんでしょうか?

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お茶農家さんって、家族代々でやられているケースがほとんどじゃないですか。新規就農って、あんまりない業界ですよね。

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そうですね。ぼくが聞く限りでは、いなくて……。お茶は多分、ほとんどいないと思います。

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いったい二郎さんは、嬉野で何百年ぶりの新規就農なのかという。血縁で畑を受け継ぐことはありますけどね。

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ーーそんなレベルで、新規就農が少ない業界なんですね。

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それだけすごくお金がかかる産業で。やろうと思っても、お茶農家専用の特殊な機械が必要になります。剪定する機械に始まり、肥料をあげる機械も茶畑の中に入らないといけないので、ちょっとバイクみたいになっているやつを買わないといけなかったり。

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「茶屋二郎」の茶畑

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米農家さんや野菜農家さんだと二毛作でやったりとか、いろいろやってリスクヘッジができる。でも、茶畑ってお茶しか育てられないんですよ。お茶が育たなかったら、収入がない。すごく新規参入しづらい業界なんです。

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茶畑を持つまではいいんですけど、3000万〜5000万くらいのお金をかけて、自分の工場を持つ必要があります。だから、お茶農家さんはみんな借金を背負い、返済するためにお茶をつくるという状況がよくありました。

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旅館と似てますね……。

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ーー多額のお金をかけ、お茶しか作れない畑と、お茶しか作れない工場を手に入れるわけですか。なんかストイックな産業ですね……。

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とくに嬉野は山間ににほとんどの茶畑があるので「広い茶畑を大型の機械で効率よく収穫」みたいなことができないんですよね。それで、生産量は全国でも2%以下くらいなんです。

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ただ、嬉野茶の質はすごくいいです。

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ーー穫れる数が少なくて、高品質……。ということは、嬉野茶はかなり高級なお茶ということなんでしょうか?

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それが、そういうわけでもないんですよ。質がいいのに、売り方や見せ方が他の産地と変わらなかったんですよね。だから、単価も市場価格で同程度ですもんね。

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一生懸命作っても高い価格がつくわけじゃないので。そこはやっぱり、各お茶農家さんは葛藤があると思いますね。

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茶屋二郎さんのお茶との出会い

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ーー二郎さんは、もともとお茶農家になりたいという夢をお持ちだったんですか?

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いえ、そういうわけではありません。昔から「就職はしない」と決めてはいました。何か漠然と「自営業がしたい」というの気持ちがあったんです。漠然と「飲食店をやりたいな」と。

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ーー初めから「就職はしない」と決められるのは、すごいですね。就職しない前提で、どんな学生時代を過ごしていたんですか?

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音楽活動したり、留学をしたり。そして、ニュージーランドでカフェ巡りをしているうちに「カフェをやりたい」と思うようになりました。

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茶屋二郎さんがニュージーランドで撮影した写真

ーーなんだか、お茶と遠そうな学生時代ですね……。

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海外から帰ってくる頃には英語が喋れていて、通訳のお仕事ができたんです。そんなときに嬉野に来る外国人に嬉野のお茶の魅力を伝えるという仕事があって。

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ーー突拍子もなくお茶が登場しましたね。そこで、お茶が面白いと思ったんですか。

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通訳をしながら「すごく面白い」と思い始めました。それがお茶との出会いですね。

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どこが面白いと思ったんですか。

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「お茶のこと、全然知らなかった」というのが始まりです。知ってるつもりになっていました。「カフェをやってる場合じゃない」と思い、大学を卒業したらすぐ勉強しようと思いました。

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お茶を「どげんかせんといかん」

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ーー最初にとった行動は、どんなものでしたか?

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製茶問屋さんに「何かお茶を体験できるところないですか」と相談しました。すると「茶ミット」に来てくださいと教えてもらって。

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茶ミット:嬉野茶の生産者が集まり、毎年4月に開催する、新茶の祭典。

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茶ミットではじめて農家さんと知り合って「ちょっと働かせてもらえませんか」とお願いしました。そして、2件のお茶農家さんで働くことができました。

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ーーどんな仕事をされたんですか?

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ちょうど収穫の時期だったので、2週間ぐらいずっと茶摘みをしました。「こんな大変な作業をしながら、お茶を作ってるんだ」と思いましたね。にも関わらず「お茶の市場価値がすごく下がっている」という話を聞いて、「どげんかせんといかん」と思いました。

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茶畑に入って、作業したからこそわかることですね。淹れ方や飲み方を学んだだけだと、「どげんかせんといかん」とまでは思わないでしょう。

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運が良かったと思います。そんな体験ができてよかった。価値観がガラッと変わりました。そこから、また日本のお茶の産地を周る旅を始めて。

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どんなところに行かれたんですか?

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関東以南のお茶の産地をぐるっと行きました。本州のお茶をずーっと巡って。静岡に始まり、京都にも行って。それを1か月くらい続けました。

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茶屋二郎さんと嬉野茶時

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ーー数あるお茶の産地を知る中で、お茶農家の修業をするのに、結局お茶と出会った嬉野を選ぶことになったきっかけは何だったんでしょうか。

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お茶の産地を巡る旅をしている途中で、嬉野茶時に関わるようになったことですね。

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嬉野茶時:「嬉野茶(うれしの茶)」「肥前吉田焼」「温泉(宿)」の三つの伝統文化と、時代に合わせた新しい切り口を加えて、食す・飲む・観るといったもてなしの空間や、喫茶の愉しみを作るプロジェクト。

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嬉野茶時をまだ企画していた時期ですよね。

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そうです。嬉野茶時のイベントに関わったことで「もっと勉強しないといけないな」という気持ちになったんですよね。

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当時は「嬉野晩夏」というイベントをやっていました。1日限りの晩餐会と、嬉野茶寮、ミュージアムと展示。嬉野茶寮が一番時間的にも長かったし、関わってる人が多かったですね。最初の嬉野茶寮は、1日で席が6回転するほどの盛況だったんです。

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あのときはびっくりしました。こんなにお客さんが来るんだと思って。

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でも当時は、嬉野茶時が始まったばかりですからね。もし日本に帰ってくるのが1年前だったら、嬉野茶時はなかったわけですから。二郎さんも、いきなりカフェを開いていたかもしれません。

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ーー嬉野茶時より前は、お茶のイベントをみんなでやるということはなかったんですか?

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一応、農家さんで集まったり、みんなでPRイベントにモノを売りに行くということはあったと思いますけど、商店街のお菓子屋さんや焼き物やさんとかと一緒になにか一つのイベントをやるということはあまりなかったと思います。

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ーーそういうイベントをやろうという機運が高まっている頃に、茶屋二郎さんは出会えたわけですね。

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運が良かったですね。いろんな産地の方のお話をうかがいましたが、衰退していることもあって、ネガティブな話が多くて。そんな中で、嬉野は面白いイベントをやっていて、魅力的でした。

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ーー嬉野茶時でどんな経験をしたんですか。

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嬉野茶寮で、生産者としてお客様に説明しながらお茶を飲んでもらっていたんですが、生産者個人にスポットが当たった「Tea Salon」が印象深いです。

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嬉野茶寮のときは、7人のチームだったんですよ。「Tea Salon」は一人です。その時はもう、みんな汗だくで。

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あれは転機になりました。自分のお茶の「ストーリー」を話せるようになったんですよ。あの頃はカンペがないと話せなかったんですけど、何度も話していくうちに自分が話す「ストーリー」を客観視できるようになりました。

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「生産したお茶を淹れる」という最高のサービス

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副島園で修行をされ、茶農家として嬉野に移住して5年経ちました。独立はいつぐらいから考えましたか。

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生産を勉強する中で「自分のお茶をつくりたい」という想いが芽生え始めて。最初はカフェをやろうと思っていましたが、嬉野茶時に携わり、生産者がつくったお茶を淹れて出すことこそ、最高のサービスだなと思ったんです。それにはかなわない。

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二郎さんは「カフェをやりたい」という想いを初めから持っていたことが良かったんでしょうね。その想いがあったから「自分で生産している」事実が強みになることに気づけたんじゃないですか。

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ーー嬉野茶時と出会ったことにより、スタート段階とは思えないほど、広い視野でスタートできていますね……。自分で提供することを前提に生産するなんて、普通は考えない。

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「茶農家が自分のお茶をどう飲んでもらいたいかを想像して生産し、自分で表現して提供する」という価値は、究極だと思います。

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茶屋二郎さんの世界観が表現された動画

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嬉野茶時では、土からお茶をつくり、お茶を淹れてお客様の口に運ぶまでを全てやるんですね。世界の有名ソムリエでも、そんなことはできないわけですよ。能書きや知識がたくさんあっても、「ぼくがつくった赤ワインです」とは言えない。

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ーーたしかに。ソムリエが嬉野茶時レベルに語ろうと思ったら、ブドウ畑の土づくりからやらなきゃいけない……。

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ぼくの業態のすごくいいところは、お客さんの反応が見られることです。そのお客さんの反応を、次の年の生産に活かせるんです。

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嬉野茶時の他のメンバーも、嬉野茶時を始めてから、お茶の作り方が変わったという人がいますね。「少量しかとれないけどめちゃめちゃいいお茶つくろう」とか、「ちょっと変わったお茶をつくってみよう」とか。別の製造方法でやってみよう、とか。

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ーーお客さんの反応を求めて、尖り始めている! 生産レベルから変わるのは、スケールが大きくてすごいですね。

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自分でつくって、市場に卸して終わりだったんですよね。でも、お客さんの顔を見て話すことで、お茶づくりに活かせるヒントがいろいろわかってくる。それが、翌年のお茶づくりに反映される。

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ーーとてもいいサイクルですね。

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これまでのお茶農家は作って卸せば、それ以降は自分の仕事じゃないという雰囲気がありました。それはそれで、いい分業だとは思うんですが、それだけだとお茶の価値を上げることはできないと思います。

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日常におけるお茶の価値とは

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二郎さんの公式サイトを見ていて「日常」というフレーズがとてもいいなと思います。どんな意味が込められているんですか。

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「日常」というワードは、これまでの「日常」を振り返るという意味もあるんですが、これからの「日常」をつくろうという想いを込めました。意外と日常の中で「お茶」を意識していない。これは課題だと思います。

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茶屋二郎さんの公式サイト

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日常に、お茶が嗜好品として存在しなくなってきていると思います。今はお茶といえばペットボトルのお茶が主流で、嗜好品ではなく、ただの「飲み物」なんですよね。

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ーーたしかに。一方でコーヒーは日常でも、嗜好品として楽しまれている気がしますね。

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コーヒーがなんでうまくいったかというと、カジュアルにおしゃれというところもあるけど、やっぱり一番は「プロが淹れてくれる場所があった」ということだと思います。

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ーープロが淹れたコーヒーは簡単に飲めるけど、プロが淹れたお茶は簡単に飲めませんもんね。

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コーヒーのプロに聞けば、おいしい淹れ方はわかります。そのプロは自分の美味しいコーヒーを表現できているので、そのお店の豆を買い、そのお店の淹れ方を真似すれば、美味しいコーヒーが飲めます。お茶にも、プロが表現できる場所をつくりたいんです。

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ぼくもそういう場所の必要性は、すごく感じています。体験コンテンツとか旅館に来ている人に向けてのコンテンツって、とても重要でいいものですけど、これだけだと文化として広がりがないと思うんです。

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ーーたしかに、富裕層や感度の高い人向けというイメージですね。

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だからこそ、二郎さんが掲げている「日常」という言葉や、YouTubeで淹れ方を紹介しているような取り組みには共感しました。

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ーーYouTubeでは、ティーバッグの美味しい淹れ方を紹介しているんですね。ティーバッグでお茶を美味しく飲もうなんて、考えたことがなかった。

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そうそう、意外となかったなと思って。今、ティーバッグってすごく技術が進んでいるのに、みんな飲み方を書いていないんですよ。ティーバッグで十分美味しく飲めます。

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ティーバッグで美味しいお茶は飲める

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ティーバッグの技術って、昔とどう変わってるんですか?

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昔と比べて、味がうまく抽出できるような形状や網目になっています。ちゃんと茶葉が広がって、美味いところだけを出すようにしているんです。急須の網よりもいいケースも多いと思います。

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サイズや種類も様々

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ティーバッグの選定からこだわらないといけないですよね。

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そうです。お茶によって、ティーバッグを変えているんですよ。

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ーーへえ。それはまったく知らない世界だ……。

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たとえば、緑茶だとどんなティーバッグがいいんですか?

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緑茶だと、緑色がしっかり出るように、網目が粗いものを選びます。メッシュタイプですね。たとえば、番茶になると、あまり茶葉が出ると苦味につながるので、不織布タイプにします。

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ティーバッグによって網目は違う

ーーティーバッグってもう、いろんなことを諦めて「利便性」に全振りしたものだと思っていたので、意外でした。

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その認識はまったくで! 急須よりも、ぼくらが飲んでほしい狙った飲み方にデザインできるのがいいところです。急須だと難しくてよくわからないところも、ティーバッグならわかりやすく、ズレがなくなります。

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わかりやすい淹れ方の説明

ーーなるほど。ティーバッグで美味しく飲めるように案内すれば、淹れる人によってできる味の差の幅が小さくなるのか。

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たしかに、ティーバッグの美味しい淹れ方って、手軽でいいかもしれないですね。急須を買ってもらうって、けっこうハードル高いですよね。

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もう急須で淹れるお茶が美味しいのは皆さんご存知ですし。急須でお茶を淹れないとおいしくないと思われたら、それこそ手を伸ばしにくいと思うので。ティーバッグで美味しいお茶を体感してもらい、最後に急須にたどりつけばいいと思います。

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ティーバッグのイベントをやりたいですね。ワークショップみたいなものをやって、ティーバッグの可能性を伝えてみたいと思いました。

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お茶の「嗜好品として価値」を向上させるために

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そういえば、おひるね諸島でお茶を自分でブレンドするワークショップをされていましたね。

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お茶をもう完全に嗜好品と思ってもらって。お客さんに説明して、いろんなお茶を飲んでもらう。そのうち、自分でお茶をつくるなら、どの時間帯のどの表現、どういう名前のお茶をつくるかということをやりました。

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ーーめちゃめちゃクリエイティブですね……。

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「17時の夕日を見ながら飲むお茶」とかを考えてもらいます。みなさんのつくったお茶を飲むと、メッセージを感じるんですよ。「17時、感じました」みたいに。つくったお茶は持ち帰って、自分が思い描いたとおりに飲んでもらう。

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ーーお茶でそんな面白い遊びができるんですね。

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ちなみにおひるね諸島の中村さんは、うれしの紅茶をベースにチャイをつくっています。あれにめっちゃぼくハマってて。あれ切れちゃうと、ちょっと苛立つんですよ。

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中村将志さんについて詳しくはこちら

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そうそう。お茶って、ずっと飲み続けていると、絶対に飲みたい時間が出てくるんですよ。

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ぼくはそれがけっこう初めての感覚で。緑茶って、飲みやすさとか旨味とか、料理に合うとかそんなことは考えていたんですけど、クセがあるお茶ってあんまりなくて。

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おっしゃるとおりですね。ぼくは本格的なお茶を作っている立場ですけど、本当はもっとクセがあるお茶があった方がいいと思います。日本のお茶って、ちょっと柔らかいので。

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コーヒーもクセがあるじゃないですか。嗜好品と言われるものの中でも、日本茶がいちばん柔らかいですよね。クセのあるお茶って、意外と新たな価値になりそうですね。たとえば、濃いお茶を飲むと、なんかパーッと覚醒するところありますよね。

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ありますあります。もともとは薬として入ってきたものなので。

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そういうお茶もあっていいと思いますよ。めちゃめちゃ濃く淹れて。イタリア人がエスプレッソをクイッと飲むような。そんなお茶。

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ーーそういう「ザワつくお茶」いいですね。普段、お茶を飲むときって、なんにも考えないじゃないですか。意識を強引に向けさせるようなお茶がいいです。違いもわかりやすいし。

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緑茶は嗜好品として味を表現するときに「旨味」とか「色が綺麗」とかしか、伝わるものがないですもんね……。

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コーヒーのパッケージって、味の特徴とかいろいろ書かれてあるじゃないですか。でも、お茶のパッケージって、そのようなことは書いていないですよね。一般の人は、価格以外に決める要素がない。

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ーーお茶屋さんでお茶を選ぶ時、「味の説明」ってあまりないですよね。ナゾの名前が「どーん!」ってあるだけで。

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そのイメージで想像するしかないっていうね。お茶の名前って、多くの場合はお茶屋さんがつくった造語ですよね。

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ーーそういうお茶屋さんの世界観と、どう付き合えばいいかわからないんですよね。

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お茶に名前を付けるのはいいことだと思うんですが、それに付け足す情報がほしいですよね。

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どうして今まで味を表現する文化が発達しなかったんでしょうね。

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今まではやっぱり「産地」だけを売り出すのが主流でしたからね。意識している人が少なかったのかもしれません。そうしているうちに、日本茶の価値があまりにも下がってしまった。

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嬉野茶時の立ち上げの頃、旅館のメニューブックを見ると、ドリンクニューにお茶がないことに気がついて。日本茶はタダなんですよね。「お茶のことを大切にしていなかった」と気づきました。

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ーー今はメニューにありますよね。

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今は、水出し緑茶をワイングラスで500円でお出ししています。お客さんは注文してくれますよ。これまでタダで出していたものが500円で売れるわけですよ。

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ーーお茶に500円出して飲んで、満足できたという体験は価値を上げてくれそうですね。コストは他のメニュー以上にかかってますからね。

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嬉野のお茶農家さんがしっかりお茶をつくっているからこそできることです。もっとお茶の価値を上げなければならない。ぼくは絶対、そこに挑戦しないといけないと思っています。

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「高級にしていく」ということではなく、お茶を飲む人の人生、生活の中で、お茶の価値を上げていくということなんですよね。

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単に値段を高くする、高く売るということではない。どんどん楽しみ方を提案して、価値を高めていきたいですね。

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ーーお茶にはまだまだ可能性がたくさんありそうですね。本日は貴重なお話をありがとうございました!


嗜好品としてのお茶が日常に馴染む未来

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対談取材終了後、ぼくらは茶屋二郎さんの茶畑へお邪魔しました。

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「お客さんにお茶くらい出さないと」とか「粗茶ですが」などという言葉とともに、無料で提供されてきた緑茶。ぼくら日本人のマインドの奥深いところにある飲み物であるはずなのに、一番大切にしてこなかったのは、ぼくら日本人なのかもしれません。

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人の熱は伝導します。

茶屋二郎さんが、嬉野茶時の「Tea Salon」でガチガチに緊張して、汗を流しながら伝えた、自分が育てたお茶のストーリー。誰よりもお茶を愛する生産者の方々の情熱が、飲む人へ伝わり始めると、きっとお茶の価値はぐんぐん向上していくような気がしました。

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「茶屋二郎」のお茶は通販でも注文できます。嬉野に行けないという方は、ぜひ公式サイトから注文してみてくださいね。

また、茶屋二郎さんの「Tea Salon」を体験したい方は、ご予約の際に茶師は「松田二郎さん」と指名してご予約ください。

「嬉野温泉 暮らし観光案内所」次回もご期待ください。

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