
不死の狩猟官 第9話「エンティティリスト」
あらすじ
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翌週。
無事に二週間の訓練を終えた霧崎は黒スーツ姿にてエレベーターから降り、第三強襲課が置かれている高層階に出る。
ガラス張りの高層ビルの内窓から見えるライトアップされた美しい港区の夜景を見下ろしながら廊下を歩く霧崎。
執務室と事務室を通り過ぎ、角部屋の前に着く。
霧崎「会議室ってのはここか」
扉に手をかけようとしたところ、後ろからちょんと背中に優しく指が当たる。
振り向くと、くりくりとした大きな翡翠色の目が顔の近くにあるではないか。
キルスティン「よっ! おはよーきりっち」
霧崎「キルスティン先輩。寝ぐせ、ついてますよ」
キルスティン「え、まじ?」
つややかな黄金色のシニヨンヘアーに慌てて手をまわすキルスティン。
うしろ髪は綺麗に結われていたものの、頭頂部の髪はアンテナのように立っている。
霧崎は指の隙間からこぼれる滑らかな黄金色のシニヨンヘアーに見惚れる。
霧崎「……キルスティン先輩もレイさんから呼ばれたんすか?」
寝ぐせを直したキルスティンは会議室のドアノブに手をかける。
キルスティン「何いってんの。今日は第三強襲課の狩猟官はほとんど呼ばれてるよ」
がちゃりと扉を開けると、三十畳ほどの大きな室内に長テーブルとチェアが入口側に向かってコの字になるように配列されている。
室内にはすでに黒上と相良と壬生が肩を並べるようにチェアに腰かけている。その向かい側では、ナギがひとりぽつんとおとなしく本を読んでいる。
霧崎「勢ぞろいっすね」
キルスティン「ね、言ったっしょ」
空いているチェアに適当に腰をかけるキルスティン。
霧崎はキルスティンの隣に腰を落とし、背もたれにぐっと寄りかかる。
霧崎「こんなに勢ぞろいで何するんすかね?」
向かい側に座る壬生は横に首をふる。
壬生「さあ。僕たちも何も知らされていないんだ」
黒上「これだけの狩猟官が集められてるんだ。大きい仕事の話だろう」
相良「ま、そういうことだわな」
ナギ「……」
会議室の扉ががちゃりと開く。
扉を開けて中に入ってきたのは黒スーツ姿のレイだ。
六人は席から立ち上がり、レイに敬礼する。
レイは敬礼する部下たちの横を通り過ぎ、部屋の奥のチェアに静かに腰をおろす。
レイ「みんな集まってるみたいだね」
霧崎は周囲の着席に合わせてチェアに腰をおろし、レイの様子を伺う。
霧崎「……」
レイはテーブルの上で手を組み、白く端正な顔を上げる。
レイ「さて、本題から端的に言おうか。明朝、第三強襲課は魔都品川区の奪還作戦を決行する」
キルスティンはテーブルに肘をつきながらきょとんとする。
キルスティン「え、まじ!?」
黒上「不死者の占領地域を……このメンバーでですか」
あまりの突然のことに当惑した態度を示す黒上。
レイはテーブルの上で手を組んだまま毅然とする。
レイ「何か問題でも?」
黒上「魔都品川区の全容はいまだ不明のはず。奪還するにはあまりに危険すぎでは」
レイ「敵の種類と数ならおおよそ把握してるよ。第二諜報課に動いてもらってたからね」
黒上「……俺が魔都品川区に派遣されたのはそういうことか」
視線を宙にはわせて考えをめぐらす黒上。
壬生は背もたれに深くもたれかかったまま正面のナギに視線を向ける。
壬生「この任務、ナギちゃんは知ってた?」
ナギ「二等狩猟官には知らされてるよ」
くりくりとしたベッコウアメのように透きとおった茶色の瞳を向け、こくりとうなずくナギ。
霧崎はチェアに腰かけたままそーっと手を上げる。
霧崎「でも、奪還するって言っても、どう奪還するんすか?」
レイはうんとうなずき、ナギを一瞥する。
レイ「もちろん、策は練ってあるよ。ナギちゃん、資料を用意してもらえるかな」
ナギ「はい」
テーブルの上に置かれていたノートパソコンを開くナギ。
ノートパソコンの起動とともに部屋の中央に置かれている四面体の透過スクリーンに「A」「B」「C」と三分割された品川区の地図が青白く映し出される。
レイはテーブルの上で手を組んだままスクリーンに映し出された品川区の地図を見すえる。
レイ「品川区奪還作戦は三班に分かれて同時に侵攻する。A地区はキルスティンちゃんと黒上君の両名、A班に任せるよ」
キルスティンはテーブルにやや身を乗りだし、向かい側に座る黒上に顔を近づけ、からかうようににやりと笑う。
キルスティン「品川区までドライブデートといこっか」
黒上君「……太い神経してるな」
やれやれと呆れるように首を横にふる黒上。
レイはスクリーンに映し出された品川区の地図に顔を向けたままちらりと霧崎を一瞥する。
レイ「B地区は霧崎君と壬生君の両名、B班に行ってもらうよ」
霧崎はにんまりとしながらよしと拳をふり上げる。
霧崎「訓練の成果、見せてやりますよ!」
壬生「おーそれは頼もしいね。楽しみにしてるよ」
チェアにもたれかかったままくすりと笑う壬生。
レイはスクリーンに映し出された品川区の地図に視線を戻す。
レイ「C地区は相良君ひとりに任せるよ。定義上はC班としようか」
相良「あい、わかった」
霧崎はきょとんしながら相良に目を向ける。
霧崎「おっさんだけ一人なんすか?」
レイ「相良君は二等狩猟官だからね。心配ないよ」
霧崎「二等狩猟官ってそんなにスゴいんすか?」
黒上「バカ。別格だ」
キルスティンはテーブルに肘をつきながら怪訝そうにうーんと唸る。
キルスティン「で、レイ課長とナギナギはどうすんの?」
ナギは恥ずかしそうにこほんと咳ばらいをする。
ナギ「レイ課長は本作戦の指揮官としてABC三地点の中央から指揮を執ります。私は副官としてレイ課長の護衛と支援をおこないます」
キルスティン「なるへそ。たしかに二人が中央にいれば、これほど心強いことはないね」
テーブルに肘をつきながら納得したようにうなずくキルスティン。
レイは背もたれにもたれかかり、足を組む。
レイ「でもね、この奪還作戦にはひとつ問題があるんだ」
霧崎「問題……?」
レイ「エンティティリスト 序列百五位 ── 黒い魔女の存在だよ」
キルスティン「げぇっ、ネームドがいんの!?」
苦虫を嚙み潰したように苦い表情をするキルスティン。
霧崎は眉をひそめる。
霧崎「エンティティリスト?」
相良「組織が警戒している化物共のリストのことだ。そこにリストされている化物共は狩猟官を殺しまくってる」
会議室に設けられた大きな窓から少し遠くを見つめる相良。
レイは背もたれにもたれかかったままナギを一瞥する。
レイ「ナギちゃん、用意してもらえるかな」
ナギ「はい」
ノートパソコンのタッチパッドを操作するナギ。
スクリーンに映し出されていた品川区の地図がぱっと消え、代わりに一枚の写真が映し出される。
壬生はスクリーンに映し出された写真を見て、眉間にしわをよせる。
壬生「これは……」
キルスティン「うげ~グロ」
露骨に嫌な表情をするキルスティン。
写真にはまるで車に轢かれたカエルのように黒スーツ姿の人間数十名がアスファルトの上にぐちゃりとへばりついて、大きな赤黒い血のシミを作っている。

霧崎は凄惨な光景に思わず生唾を飲みこむ。
霧崎「これは……なんすか?」
レイ「ずっと昔、まだ第三強襲課がなかった頃にも魔都品川区の奪還作戦がおこなわれたんだ」
霧崎「昔にも……」
レイ「報告書によれば、当時、三等狩猟官ふくむ数十名の狩猟官たちが魔都品川区に派遣された。でも、街の中心部付近まで進んだところで黒い魔女が現れ、隊は全滅したとある」
霧崎は恐るおそるレイの紺青の瞳を覗く。
霧崎「じゃあ、この写真って……」
レイ「当時の狩猟官たちの死体だよ」
黒上「問題というのはこの不死者のことか……」
神妙なおももちにてスクリーンに映し出された凄惨な光景を見つめる黒上。
レイはチェアの肘かけの上に片手を置き、その手に頬を預ける。
レイ「そう。でもね、一番の問題は誰もこの不死者を殺せなかったことにあるんだ」
黒上「どういう意味ですか」
レイ「言葉の意味どおりだよ。報告書によれば、いくら刺しても撃っても死ななかったとある」
壬生はやや前のめり気味にテーブル身をのりだす。
壬生「まさか……一種」
レイ「ううん。その可能性はないよ。一種には不死であることともうひとつ特別な共通点があるんだ。でも、このネームドにはそれが見られない」
壬生「なるほど。つまり、不死に近い能力をもった二種ということですか。大きな障壁になりそうだねぇ」
レイは再びテーブルの上で手を組み、霧崎の肩からぶら下がる刀を一瞥する。
レイ「だから霧崎君にお願いがあるの。黒い魔女を殺して欲しいんだ」
霧崎「任せてください。俺はレイさんに拾われたから今があるんで!」
能天気に親指を立てて承諾する霧崎。
レイはテーブルの上で手を組んだままナギに視線を送る。
ナギは静かにこくりとうなずき、ぱたんとノートパソコンを閉じる。
ナギ「本日の作戦会議は以上です」
ナギの言葉を聞いて、ひとりまたひとりと席から立ち上がり、会議室から出ていく。
霧崎もまた席から立ち上がり、ドアノブに手をかける。
レイ「待ってくれるかな、霧崎君」
霧崎「はい?」
振り返ると、レイは会議室の大きな窓から遠く眺めている。
ライトアップされた美しい夜の港区のオフィスビルの向こう側には大きな大きな壁がどこまでも果てしなく延々と続く。
レイは綺麗に結われた淡黄色のポニーテールを揺らしながら振り向き、ビー玉のように青い瞳を霧崎に向ける。
レイ「死なないでね、霧崎君」
霧崎「何いってんすか、俺は不死身っすよ」
指でVサインをつくってほほ笑む霧崎。
太陽に雲がかかり、レイの顔に影が落ちる。
レイ「……」
霧崎「それじゃあ、俺はこれで」
霧崎はそう言い残して、会議室を後にした。
第9話「エンティティリスト」完
第10話「作戦開始といこうか」
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