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不死の狩猟官 第8話「本を奪えたら君たちの勝ち」

あらすじ
前回のエピソード

訓練二日目の朝。
霧崎と黒上は黒スーツ姿にて昨日と同じ廃工場の前で待っていると、じゃりりと砂利を踏み鳴らしながら一台の黒塗りの高級車が二人のもとにゆっくり向かってくる。
霧崎は鞘から刀を抜き、黒上はジャケットの内側から銃を取りだす。

霧崎「来たか」
黒上「油断するなよ」

車は二人の前で停まり、後部座席から黒スーツ姿のナギと壬生が降りる。
壬生は肩から大太刀を提げながら感心したようにうなずく。

壬生「気合い十分って感じだ」
ナギ「……」

隣で静かに佇立しながら本を読むナギ。
黒上は離れた位置から壬生に銃口を向ける。

黒上「この訓練、どうすれば終わるんですか」
壬生「そう言えば、目標を設定してなかったねぇ」

首に片手をおいて考えるそぶりをみせる壬生。そして、ちらりと横に視線を向ける。
ナギは軽やかな黒髪ショートカットをなびかせながらおとなしく本を読む。

ナギ「……」
壬生「そうだ、こうしよう。ナギちゃんから本を奪えたら君たちの勝ち。訓練はその時点で終了。どうだい?」

霧崎はあまりに簡単に思える目標に拍子ぬけして、思わず構えていた刀を下ろす。

霧崎「なんだ楽勝そうじゃん」
黒上「本当にそれでいいんですか」
壬生「もちろん。でも、もし二週間以内に本を取れなければ、君たちの負け。使い物にならなかったと上には報告させてもらうよ」
ナギ「……」

われ関せずと言わんばかりに静かに本を読むナギ。
霧崎はにやりと笑みを浮かべ、鞘に刀を納め、ナギに向かって一直線に突っこむ。

霧崎「楽勝だろ──」
壬生「そうでもないと思うけどねぇ」

大太刀を手に霧崎の懐に潜りこむ壬生。

霧崎 「あぎゃぁ」

胴体から真っ二つにされ、砂煙を上げながらごろごろと地面を転がる霧崎。
黒上は床に倒れた霧崎を一瞥し、すばやく壬生に銃口を向ける。

黒上「あのバカ」

躊躇なく引金をひく。
しかし、壬生は迫りくる銃弾に眉ひとつ動かさない涼しい表情で両断してみせる。

壬生「それじゃあ僕には当たらないよ」
黒上「当てる気なんかないですよ」

壬生から距離をとって対峙していたはずの黒上。しかし、今まさにひとり離れて静かに本を読むナギの前に片手を伸ばす。



壬生は黒上の背に視線を向けながら感心したようにうなずく。

壬生「僕への攻撃は牽制か」
黒上「その本、もらいます──」
壬生「でも、動きがちぃとばかし遅いかな」

二人の間には車数台が入れるほどの距離があった。しかし、壬生は一足飛びであっという間にその距離を詰め、大太刀を手に黒上の背後から現れる。
黒上は背に殺気を感じたのか、銃を手にしたままとっさに身をひるがえす。

黒上「まさか──」
壬生「残念だったねぇ」

ずざざと足で地面を擦り上げながらまるで野球バットのように力強く大太刀を振るう壬生。
そのひと振りは大太刀にも関わらずあまりに速い。
黒上はなかば脊髄反射的に銃身で斬撃を防ぐ。

黒上「──!?」

まるで車に轢かれたかのように空中に大きく打ち上げられたのち、砂煙を上げながらごろごろと地面を転がる黒上。
一方、上体だけになった霧崎は腸を引きずりながら腕だけで這いずり、失った下半身を拾い上げる。

霧崎「おい、本を奪うにはまず壬生先輩をどうにかしねえとダメだ」

黒上は地面に横たわりながらあばらを抑える。

黒上「……そんな状態で冷静に言うな」
霧崎「仕方ねえだろ。再生するより繋げるほうが速えんだよ」

壬生は肩に大太刀を担ぎながら泥だらけの二人を見下ろす。

壬生「まだやるかい?」

二人はボロボロになりながらもゆっくり立ち上がり、武器を構える。

霧崎「ったりめーだ!」
黒上「もちろんです」

壬生は内ポケットから家族の写真をとりだし、寂しそうに写真に目を落とす。

壬生「マイハニー、今日は残業になりそうだ」

その後、陽が暮れるまで訓練はおこなわれた。しかし、壬生の優勢は変わらず、二人は嫌というほど叩きのめされ、訓練二日目は過ぎた。



訓練三日目の朝。
黒スーツ姿のナギと壬生は黒塗りの高級車から降り、廃工場の前に立つ。

壬生「あれ、今日は二人ともいないねぇ。嫌になっちゃったかな?」
ナギ「……」

ビー玉のように大きくくりくりとした琥珀色の目は本以外にはまるで興味がない様子。
とつじょゴォォォとけたたましい轟音が響く、鳥が慌てて飛び立つ、草むらから汚い猫が飛びだす、クレーンから吊るされた錆びた鉄球が今まさに二人の前に飛び出す。
壬生は慌てて横のドラム缶の山に飛びこむ。

壬生「やば──」
ナギ「……」

不測の事態にも関わらず無口無表情のまま本を読みながら後ろにいっぽ後ずさるナギ。ぶうんと鉄球が顔の前を通り過ぎ、短い黒髪がさらさらと揺れる。
霧崎は揺れる鉄球の上から飛び降り、壬生に刀を振りおろす。

霧崎「うらぁぁあ!!」

壬生は肩にかけた鞘から大太刀を抜き、霧崎の刃を受け止める。

壬生「鉄球の上から奇襲か。いいアイディアだ」
黒上「背中ガラ空きですよ」

高く積まれたドラム缶の影から飛びだし、壬生に銃弾を発射する黒上。

壬生「しまった──」

予期せぬ挟撃に思わず口を開ける壬生。しかし、とっさに霧崎の胸を蹴り上げ、つばぜり合いから抜けると、鞘に大太刀をしまい、中腰になる。

霧崎「何をする気だ」
黒上「これは……」

さらさらの金髪をなびかせながら目にも止まらぬ斬撃を繰りだす壬生。ごうと凄まじい突風が吹きぬける、砂塵と血が舞い上がる、粉々になった銃弾と肉片が地面に転がる。
霧崎は四肢を失い、惨めたらしく地べたにぐしゃりと顔をうずめる。

霧崎「あぎゃ!?」
黒上「これが居合なのか……」

銃を構えたまま呆然と立ちつくす黒上。
壬生は鞘に納めた刀を抱きながら、気だるそうに二人を見下ろす。

壬生 司 三等狩猟官 Copyright © 2023 不死の狩猟官


壬生
「いいね、二人とも。少しは動けるようになってきたようだね。で、まだ続ける?」

霧崎は床に転がったまま黒い瞳で空を仰ぎ見る。

霧崎「あの居合……対策しねえとヤベェぞ」
黒上「言われなくても分かってる」

この日もまた陽が暮れるまで訓練はおこなわれた。しかし、ナギから本を取り上げるまでには至らなかった。



訓練開始から二週間が過ぎようとしていた。しかし、二人はナギから本を取りあげるどころか本に触れることすらできずにいた。そして、訓練最終日の朝。
がらんとした廃工場の前に朝陽が差しこむ。
壬生は肩から大太刀をぶらさげながら二人の顔を覗く。

壬生「どうだい。今日はナギちゃんから本を取れそうかい?」
霧崎「ぜってえ取ってやる」
黒上「同意だ」
ナギ「……」

ふわりとした軽やかな黒髪ショートカットをなびかせながら壬生の後ろで本を読むナギ。
壬生は優しげに手まねきする。

壬生「かかっておいで」

霧崎は黒上に視線を送る。

霧崎「……」
黒上「……」

スーツの内側からすばやく銃を取りだし、壬生に銃弾を浴びせる黒上。
壬生は鞘から大太刀を抜き、あっという間に銃弾を両断する。

壬生「目くらましか」
霧崎「うらぁぁぁ!」

鞘から刀を抜き、壬生に斬りかかる霧崎。
壬生は大太刀で斬撃を受け止める。

壬生「初日は個々で戦っていたのに。成長したね」
霧崎「先輩のおかげっすよ」

霧崎が壬生を足止めしているうちに、黒上はナギの下へ急ぐ。

黒上「いいぞ、霧崎」
壬生「でも、それじゃ甘い」

霧崎の胸を蹴りあげ、鍔迫り合いから抜ける壬生。そして、大太刀を手にしたまま一足飛びで黒上の前に躍りでる。
霧崎はよろけながら黒上に視線を向ける。

霧崎「そっちに行ったぞ」
壬生「本は取らせないよ──」

大太刀には似つかないすばやい斬撃を繰りだす壬生。

黒上「やっぱりこっちに来たか」

にやりとほほ笑む黒上。そして、まるで野球のスライディングのように尻から勢いよく滑りこみ、斬撃をくぐり抜ける。

壬生「──!?」
黒上「よし、本に近づいた!」

見事に壬生を抜いた黒上。あと少しでナギの本に手が届く距離に来た。

壬生「まずいねぇ……」

慌てて鞘に大太刀を納め、中腰姿勢になる壬生。
霧崎はその瞬間を待っていたかのように刀を手にしたまま壬生の前に躍りでる。

霧崎「目には目をだ」
壬生「まさか──」
霧崎「あの日から俺もずっと練習してたんすよ」

きんと鞘に刀を納め、中腰姿勢になる霧崎。
鼓膜を裂くような鋭い金属音が響きわたる、刀と大太刀が火花を散らして交錯する、砂塵と落ち葉が吹き上がる。
黒上は霧崎に背を預けたまま今まさにナギの手元に手を伸ばす。

黒上「その本、貰います──」
ナギ「あ……」

驚いたようにぽかんと口を開けながら取り上げられた本を見上げるナギ。
黒上は額から汗を流しながら本を掲げる。

黒上「俺たちの勝ちってことでいいですよね?」

壬生は鞘に大太刀を納め、親指を立てる。

壬生「おめでとう。君たちの勝ちだよ」



黒上「よし」
霧崎「これでレイさんに褒めてもらえるぜ」

泥と汗と血にまみれながら地面からゆっくり尻を上げる霧崎。その片腕は居合によって斬り飛ばされてなくなっていた。
壬生は首に片手を置きながら目を丸くする。

壬生「まさか短期間で居合までモノにするとは」
霧崎「モノになんてできてないっすよ。見ての通り片腕は斬り飛ばされたし、身体もきり傷だらけで……甘いアイスコーヒーを飲んだ時くらい最悪な気分すよ」
壬生「立てているだけ、見事だよ」

ナギは不服そうに腕を組み、取り上げられた目の前の本を見上げる。

ナギ「もう少しで二十面相の正体が分かりそうだったのに……」
黒上「探偵小説、好きなんですね」

ナギから取り上げた本の題名を見てぼそりとつぶやく黒上。
はらりと、本から一枚の写真が床に落ちる。
霧崎は地面に落ちた写真を拾い上げる。

霧崎「これはレイさんと……ナギ先輩?」

写真には優しげに銃の撃ち方を教える黒スーツ姿のレイとその教えを受ける若かりし頃の黒スーツ姿のナギが映っていた。
ナギは雪のように白い肌を赤く染め、霧崎の手からすばやく写真を奪う。

ナギ「これは私の大事なもの」

壬生は思わずくすりと笑う。

壬生「ナギちゃんはその写真を栞がわりにしていつも持ち歩いてるんだ」
黒上「どんだけ好きなんですか……」
霧崎「いいな。俺もレイさんの写真ほしい」

ナギは写真を手にしたまま恥ずかしそうに下を向き、前髪で目を隠しながら黒塗りの車にとことこと向かう。

ナギ「壬生、帰るよ」

こうして訓練は無事に終了した。

第8話「本を奪えたら君たちの勝ち」完
第9話エンティティリスト」

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