
不死の狩猟官 第7話「新人、死にますよ?」
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翌朝、羽田空港内に併設されたオシャレな喫茶店の窓際にてソファに腰かける黒スーツの男女の姿があった。
優しげな雰囲気が印象的な金髪センターパートの優男はおもむろにスーツの内側から一枚の写真を取りだし、写真にキスをする。
金髪の優男「マイハニー。パパ、東京に帰ってきたよ」
向かい側では、雪のように白い肌にふわふわとした軽やかな黒髪ショートヘアがよく似あうボーイッシュ女子がソファの上で体育座りして、ハチミツがたっぷりかかったホットケーキをほおばりつつ静かに本を読む。
ボーイッシュ女子「……」
金髪の優男は寡黙な文学女子に自慢げに写真を見せつける。
金髪の優男「ナギちゃん。うちの娘、世界一カワイイと思わないかい?」
ナギ「ホットケーキ百枚おかわり」
本から少しだけ顔を上げ、冷たく無機質な声色で店員に注文するナギ。
しかし、金髪の優男は無視されたことはまったく意に介していない様子だ。
金髪の優男「娘もカワイイけどさ、うちの奥さんもカワイイでしょ?」
ナギ「壬生、うるさい。その話、もう五十三回め」
壬生「あれれ、そうだっけ?」
ナギ「それから私は上司。ちゃんづけは止めて」
壬生「そら失敬、ナギ二等狩猟官どの……って、もうぜんぶ食べたの?」
目の前の円卓の上に山積みになって広がる空皿にきょとんとする壬生。
ナギはぱたんと本を閉じ、静かに立ち上がる。
ナギ「壬生、行くよ」
壬生「会計は?」
ナギ「とっくに済ませた」
壬生「東京本部か。久しぶりだねぇ」
ソファの横に立てかけていた鞘に納められた大太刀をつかみ立ち上がる壬生。
ナギは肩につかない程度に切り整えられたショートカットの黒髪をなびかせながらカフェを出る。
ナギ「ようやくレイ先輩に会える」
表情に乏しいクールなナギの顔にようやくほほえみが見える。
二人は喫茶店を出て、羽田空港の出口に向かう。
同日午後、国家不死対策局東京本部に到着したナギと壬生は一直線に第三強襲課の執務室に向かう。
ナギはそっと執務室の扉をノックする。
ナギ「失礼いたします」
壬生「失礼します」
扉を開けると、白昼の陽光を背にチェアに腰かけながら書類に押印するレイの姿が見える。
レイは執務机の上にハンコを置き、書類から顔を上げる。
レイ「久しぶりだね」
二人は脊髄反射のようにビシッと背筋を伸ばして敬礼する。
ナギ「第三強襲課 ニ等狩猟官 音無 凪、京都支部より戻りました」
壬生「第三強襲課 三等狩猟官 壬生 司、京都支部より戻りました」
壬生の肩には背負い紐がついた大太刀がぶら下がる。
レイは執務机の上に広がる書類をとり上げ、机の片隅に寄せる。
レイ「二人とも、京都遠征ご苦労様」
ナギ「お久しぶりです、レイ先輩!」
執務机の上からどんと勢いよく身を乗りだし、レイに抱きつくナギ。
揺れる短い黒髪から蜜柑のような爽やかな芳香がただよう。
レイは優しくナギの頭にぽんと手を添える。
レイ「すこし髪が伸びて大人っぽくなったね」
ナギ「私ももう二十一歳ですから」
レイ「でも、甘えん坊は新人の頃と変わらないね」
ナギ「……それは言わないでください」
恥ずかしそうに頬を赤らめるナギ。
壬生は思わずにんまりと笑う。
壬生「いつものクールなナギちゃんとは大違いだ」
ナギ「何のこと」
部下に不本意な姿を見られたと思ったのか、とっさにレイから離れるナギ。そして、雪のように白い肌、無表情、突きさすような冷たいまなざしの三点セットを見せる。
壬生は残念そうにため息をつく。
壬生「僕にはこれなのね」
レイは執務机の上で手を組み、さらさらとした金髪のセンターパートがよく似あう優男を見上げる。
レイ「壬生君も元気そうだね」
壬生「ええ。なにせ久しぶりに愛する妻と娘に会えるんですから」
レイ「あいかわらず家族想いだね」
壬生「ええ。それより僕たちが京都から急に呼び戻されたのはどういうご用件で?」
レイは執務机の上で手を組んだまま二人を一瞥する。
レイ「実は二人に急ぎで鍛えてほしい新人たちがいるんだ」
壬生「僕たちに?」
ナギ「急ぎで?」
レイは執務机の片隅に寄せていた書類をとり上げ、二人の前に差しだす。
レイ「期限は二週間。それまでに複数の二種に対抗できる戦力に仕上げて欲しい。そのためには血殺術の使用以外ぜんぶ許可するよ」
二人は差しだされた書類を受けとり、紙面に目を落とす。
壬生「複数の二種に対抗……戦争でもする気ですか?」
レイ「さあ、どうだろうね」
壬生「失礼しました。しかし、そうなると訓練も厳しくせざるをえません」
レイ「何が言いたいのかな」
壬生「……新人、死にますよ?」
レイ「もしここで死ぬようならどのみち先はないよ」
まるで深海のように冷たく冴えざえとした紺碧の瞳を向けるレイ。
ナギは下唇に手をおき、軽くうなずく。
ナギ「レイ先輩が私たちに依頼した理由が分かりました」
壬生「どういうことだい?」
ナギ「顔見知りでは命のやり取りまでは踏みこめない」
壬生「なるほど……どうやら本気で追いこまないといけないみたいだね」
渋い顔をしながら首に手をあてる壬生。
レイはおもむろにチェアから立ち上がり、執務机の後ろに広がる大きな窓から白昼のオフィスビル街を見下ろす。
レイ「明日から頼めるかな?」
ナギ「は!」
壬生「は!」
背筋を伸ばして敬礼するナギと壬生。
翌朝、霧崎と黒上は人里離れた山奥の中にひっそりと佇む寂れた廃工場の前に着く。
長らく使われていないだろうがらんとしたトタン平屋の廃工場、周囲に高く積まれた鉄くずの山と錆びたドラム缶の束、窓が割れたまま放置されたクレーン車。
黒スーツ姿の二人は眉をひそめながら怪訝そうに周囲を伺う。
霧崎「レイさんから言われた場所、本当にここであってんのか?」
黒上「ああ、間違いない」
携帯電話の位置情報を確認する黒上。
訳も分からず呆然と立ちつくしていると、砂利道を踏み鳴らしながら一台の黒塗りの高級車が二人のもとに近づいてくるのが見える。そして、車は二人の前でゆっくり立ち止まり、後部座席から黒スーツの男女が降りてくる。
壬生は肩から大太刀を引っさげながら二人の顔をまじまじと見つめる。
壬生「プリン頭の子が霧崎君で、目つきが悪い子が黒上君だっけ?」
ナギ「……」
壬生の背に隠れるようにちょこんと佇立しながら読書にふけるナギ。
黒上は携帯電話をしまい、見知らぬ男女に鋭い眼光を向ける。
黒上「狩猟官か?」
霧崎「あんたら誰だ」
壬生はスーツの内側から狩猟官の証明書を取りだし、さらさらとした金髪をなびかせながらくすりと笑う。
壬生「いまから二週間、君たちの教官を務める第三強襲課 三等狩猟官の壬生 司だ。好きなものは妻と娘だよ」
ナギ「……」
壬生「これから二週間いっしょになるんだ。ナギちゃんも挨拶くらいしたらどうだい?」
ナギは羽毛のようにほわほわとした軽やかな黒髪ショートカットで目を隠しながら本から顔を上げない。
ナギ「第三強襲課 ニ等狩猟官の音無 凪。嫌いなことは喋ること、以上」
黒上「教官……?」
壬生「レイ課長から君たちを鍛えるように言われてね」
霧崎は肩から刀を提げながら壬生の前に出る。
霧崎「つまり、訓練ってことすか?」
壬生「ま、そういうこと。ここはひとつよろしく頼むよ」
にこりと優しげにほほえみながら霧崎の前に片手を差しだす壬生。
霧崎はこくりとうなずき、壬生の手をとる。
霧崎「こっちこそよろしくっす」
壬生「チョロいねぇ」
霧崎「──!?」
刹那、握手を交わしたはずの霧崎の片腕がごろんと地面に転がる。
壬生は大太刀に付いた血を振りはらう。
壬生「狩猟官たるもの、油断しちゃあダメじゃあないか」
霧崎「テメェ……」
どくどくと血があふれ出る肩の断面を抑えながら地面に膝をつく霧崎。
黒上はスーツの内側からすばやく銃を取りだし、壬生に銃口を向ける。
黒上「なんのマネだ!」
壬生「言ったはずだよ。いまから君たちの教官を務めるってさ」
黒上「だからっていきなり斬りつけるかよ」
壬生「じゃあ、不死者は律儀に待ってくれるのかい?」
大太刀を手にすばやく黒上の懐に潜りこむ壬生。
黒上はとっさに大きく下がり、壬生に銃弾を放つ。
黒上「コイツ本気だ──」
壬生「いい動きだねぇ」
銃弾を造作もなく一刀両断する壬生。
黒上は壬生に銃口を向けたまま鋭く睨む。
黒上「これのどこが訓練だ」
壬生「悪いけど、時間がなくてね。手取り足取りって訳にゃあいかないんだ」
霧崎「おい、パツキン野郎。背中ガラ空きだぜ──」
刀を手にしながら壬生の背後から現れる霧崎。
壬生はすぐさま振りむき、目を丸くする。
壬生「その手、斬り落としたはずじゃ──」
霧崎「勘違いじゃねえのか」
刀を振りおろす霧崎。
壬生はとっさに大太刀で斬撃を受け止める。
壬生「不死身の話は本当みたいだ」
霧崎「あ? 知ってたのかよ」
黒上「霧崎、そのままソイツを抑えておけ」
腰からナイフを取りだす黒上。そして、すぐさまナイフで手のひらを真横に斬りつけ血を滴らせる。
壬生は顔色を変え、とっさに鞘に大太刀を納め、中腰の姿勢をとる。
壬生「まさか血殺術──」
黒上「自衛だ。殺しても文句はいわれまい」
ナギ「そこまで」
本を読みながら黒上のこめかみに銃をつきつけるナギ。
黒上は思わず息をのみ、ゆっくり両手をあげる。
黒上「いつの間に……」
ナギ「訓練中は血殺術は禁止」
黒上「そんな話、聞いてないぞ」
ナギ「レイ先輩の命令だよ。破れば、君は処分される」
無表情のまま冴えざえとした冷たい視線を向けるナギ。
黒上はため息をつき、腰にナイフをしまう。
黒上「分かった」
霧崎「んだよ。斬られ損じゃんか」
レイの命令と聞いて、おとなしく鞘に刀を納める霧崎。
壬生はふうと一息つくと、鞘に納めた大太刀を肩にかけ、ナギのもとへ向かう。
壬生「いやー助かったよ、ナギちゃん」
ナギ「私が止めに入ったのは彼のため」
本から顔を上げ、黒上を一瞥するナギ。
黒上は怪訝そうにナギに視線を向ける。
黒上「どういうことだ」
ナギ「私が止めなければ、死んでいたのは君のほうってこと」
黒上「まさか」
壬生の背からぶら下がる大太刀をまじまじと見つめる黒上。
ナギはぱたんと本を閉じ、黒塗りの車に向かって歩きだす。
ナギ「帰るよ、壬生。今日は挨拶だけのつもりでしょ」
壬生「それじゃあ二人とも。また明日」
優しくほほえみながら二人に手をふってから車に向かう壬生。
訓練一日目はこうして終了した。
第7話「新人、死にますよ?」完
第8話「本を奪えたら君たちの勝ち」
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