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不死の狩猟官 第6話「京都からアイツらが帰ってくる」

あらすじ
前回のエピソード

魔都品川区における救出作戦から一週間後。
黒上は第三強襲課の執務室の扉をノックする。

黒上「失礼します」

扉を開けると朝陽を背にチェアに腰かけながらアイスコーヒーを口にするレイがいた。

レイ「定刻ぴったりだね」
黒上「第二諜報課 四等狩猟官 黒上 改、ただいま参りました」

背筋を伸ばして敬礼する黒上。
レイは執務机の上にゆっくりアイスコーヒーを置く。

レイ「第二諜報課は生真面目な人が多いって聞くけど本当みたいだね」
黒上「第三強襲課の課長が俺に用とはなんでしょうか」

レイは執務机の上で手を組み、紺碧の瞳で黒上を見上げる。

レイ「黒上君、ウチに来ない?」
黒上「……」

しばらく沈黙したままレイを見つめる黒上。
レイは執務机の上で手を組んだまま静かに黒上の様子を見まもる。

レイ「……」
黒上「第三強襲課から霧崎とキルスティンが派遣されていなければ、俺は死んでいました」
レイ「でも、今はこうして生きてる」
黒上「貴方のおかげですよ。拾われた命です。好きに使ってください」

レイはかたい決心を見せる黒い瞳を見て、感心したようにうなずく。

レイ「義理堅いんだね」
黒上「でも、一つ聞かせてください」
レイ「ん? 何かな」

かぼそい白い首をかしげるレイ。
黒上は眉をひそめる。

黒上「第三強襲課がなぜ第二諜報課の俺を助けたんですか」
レイ「私は仲間想いなんだ」
黒上「史上最年少で一等狩猟官にまで上りつめた貴方がそのような感情だけで動くとは思えません」

レイは執務机の上で手を組んだままくすりと笑う。

レイ「戦力を集めてるからだよ」
黒上「……第三強襲課は何をするつもりですか」

まじまじと深い青色の瞳を覗きこむ黒上。
レイは黒上に冷たい眼差しを向ける。

レイ「これ以上は言えないよ」
黒上「すみません。詮索が過ぎました」

レイは執務机の上から黒上に優しく片手を差しだす。

レイ「これからよろしくね、黒上君」
黒上「こちらこそ」

差しだされた滑らかな色白の手を握る黒上。
握手を交わした黒上はレイに一礼し、扉のドアノブに手をかける。
レイはおもむろに執務机の上からアイスコーヒーを取り上げ、黒上の背を見つめる。

レイ「そうだ。この後──」
黒上「……?」
レイ「第三強襲課の飲み会があるんだけど、一緒にどうかな?」
黒上「異動手続が終わり次第でよければ」
レイ「じゃあ、決まりだね」
黒上「それでは」

黒上はレイに再び一礼し、執務室を後にした。



同日の夕方。
霧崎が国家不死対策局から出る頃には外はすっかり陽が暮れ、港区のオフィスビル街には足早に駅に向かうサラリーマンの姿であふれていた。

霧崎「飲み会の場所はここか?」

夕暮れの港区のオフィスビル街の中にひっそりと佇む寂れた大衆居酒屋の前に立つ黒スーツ姿の霧崎。そして、たてつけが悪い古めかしい木の引き戸を開け、店内の様子を伺う。

キルスティン「お~きりっち、こっちこっち」

仕事おわりのサラリーマンたちで賑わいひしめく室内の奥から黒スーツ姿のキルスティンが気分よさそうに霧崎に手をふる。
霧崎はキルスティンが待つ座敷に向かい、彼女の隣に腰をおろす。

霧崎「うっす、キルスティン先輩。腹の傷はもう大丈夫なんすか?」
キルスティン「も~ばっちしよ」

スーツの上から気丈にぽんぽんと自分の腹を叩いてみせるキルスティン。

相良「傷がそんなに早く治るか。酒好きが」
キルスティン「仕事熱心と言ってほしいね」
相良「飲み会は仕事には入らねえ」

座敷の端の壁に寄りかかりながら静かにタバコを吸う黒スーツ姿の相良。
霧崎は向かい側に座る相良に視線を向ける。

霧崎「おっさんも来てたんすね」
相良「あ? あいかわらず言葉遣いができてねえな」

そんなたわいない雑談をかわす三人の前に黒スーツ姿の男が現れる。
霧崎はきょとんした表情でその男を見上げる。

霧崎「お前は……」
キルスティン「あれ、なんでここに黒ちゃんが?」
黒上「お久しぶりです。相良さん」
相良「話はレイから聞いてるぞ。まさかお前がウチに来るとはな」

灰皿にタバコを押しつけながら黒上を見上げる相良。
黒上は革靴を脱ぎ、相良の隣に腰かける。

黒上「新人の頃は世話になりました」
相良「もう五年も前か」

霧崎とキルスティンは目を丸くしながら黒上を見つめる。

霧崎「ウチに来る?」
キルスティン「まじ?」

黒上は律儀に正座し、キルスティンに一礼する。

黒上「今日から第三強襲課に異動になりました。四等狩猟官の黒上 改です。改めてよろしくお願いします」

キルスティンはかしこまって挨拶する黒上の姿に腹を抱えて笑う。

キルスティン「急に敬語になっててまじウケる。そっか、私の後輩になるってことだもんね」
霧崎「じゃあ、俺も先輩になるってことじゃん」

黒上を指さしてゲラゲラと笑う霧崎。
黒上はむすっとした表情になり、座敷から立ち上がる。

黒上「やっぱり今から異動とり消してきます」

帰ろうとする黒上の肩にとんと白い綺麗な手が置かれる。
黒上の後ろには黒スーツ姿のレイが立っていた。

レイ「お疲れさま。みんな揃ったみたいだね」
黒上「レイ課長……」
キルスティン「レイ課長も来るなんてめずらし~」
霧崎「レイさん、ここ空いてますよ!」

ニコニコしながら隣の席に座布団を差しだす霧崎。
レイは革靴を脱ぎ、霧崎に差し出された座布団の上に腰をおろす。

レイ「ありがとう、霧崎君」
霧崎「いえいえ、こちらこそ!」
レイ「こちらこそ? それ、どういう意味かな」

座布団の上に正座しながらくすりと笑うレイ。
相良は手に顎をのせながらレイに顔を向ける。

相良「ほかのヤツは来ないのか」
レイ「うん。今日はこれだけだよ」

キルスティンは隣に店員をつかまえたまま四人の顔を覗く。

キルスティン「とりあえず生五個でいいかな?」

レイは下顎に手をおき、考えるそぶりを見せる。

レイ「私はとりあえずアイスコーヒーで」
霧崎「んじゃ俺もとりあえずアイスコーヒーで」
キルスティン「とりあえず生みたいに言わないでもらえるかな?」

やや呆れ気味に店員に注文を済ませるキルスティン。



五人はビールジョッキを片手に乾杯する。
レイはビールジョッキから伸びるストローに口をつけ、アイスコーヒーを飲みながら霧崎の顔を覗く。

レイ「霧崎君、仕事は慣れた?」
霧崎「実務はまあまあ。でも、事務作業は細かくて嫌いっすね」
レイ「事務はミスがないことが求められるからね。狩猟官も国家公務員だから仕方ないよ」

手に持っていたアイスコーヒーを静かにテーブルに置くレイ。

霧崎「でも、この不況の中こうして働けてるんでレイさんには感謝してます」

アイスコーヒーが入ったビールジョッキをテーブルの上から取り上げ、ストローに口をつける霧崎。
レイは思わず口を開け、ぽかんとした表情で霧崎が手にしたビールジョッキを見つめる。

レイ「それ私のだよ」
霧崎「え……」

女性らしいみずみずしい桜色の口元を見つめて照れる霧崎。
レイはなまめかしい白い首をかしげる。

レイ「おいしい?」
霧崎「え、はい……甘くておいしいです」
レイ「ブラックコーヒーなのに甘いって変なの」

無邪気にくすりと笑うレイ。
霧崎は慌ててストローから口を離し、アイスコーヒーが入ったビールジョッキをレイに返す。

霧崎「すみません」
レイ「いいよ。でも、このアイスコーヒーの味だけは忘れないでね」

どこかに寂しげに霧崎の目を見つめるレイ。
霧崎は恥ずかしくなって思わず目をそらす。
一方、相良はビールジョッキを片手にしながらしみったれた壁にかかるカレンダーを見上げる。
カレンダーには京都のランドマークである京都タワーが描かれている。

相良「もうすぐ京都からアイツらが帰ってくる頃か」

レイは向かい側に座る相良に視線を向ける。

レイ「新人育成のとき以来だね」
相良「来週から忙しくなりそうだ」
レイ「霧崎君と黒上君は特に、ね」

黒上と霧崎はきょとんしながら二人の会話に耳を傾ける。

黒上「アイツら?」
霧崎「忙しくなる?」
キルスティン「仕事の話なんていいからさ~もっと飲もっ!」

霧崎の首にぐいっと強引に腕を回すキルスティン。
その両手にはビールが並々と注がれたジョッキが握られていて、顔は赤くほてっている。
霧崎は今にも唇が触れそうなくらい近くにあるキルスティンの顔に思わず照れる。

霧崎「……どんだけ飲んでんすか」
キルスティン「いいからさ~きりっちも飲もってば」

キンキンに冷えたビールジョッキを霧崎の顔に押しあてるキルスティン。
レイはストローに口をつけながらキルスティンを一瞥する。

レイ「キルスティンちゃん、霧崎君はまだ十八歳だよ」
キルスティン「だいじょーぶだって。ほらほら、一緒に飲もっ」

頬を赤らめ上機嫌のキルスティンに上司の言葉はもう耳に届かない。
黒上はため息をつき、向かい側からテーブルに身を乗りだす。そして、キルスティンからビールジョッキを奪う。

黒上「俺が代わりに付き合いますよ」
キルスティン「お、言ったね~。んじゃーとことん付き合ってもらうよ!」
黒上「二言はないです」

キルスティンから奪ったビールを豪快に飲み干す黒上。

キルスティン「すんま~せん。とりあえず生どんともらえる?」

店員にありったけの生ビールを頼むキルスティン。
空のビールジョッキがテーブルを埋めつくす頃には黒上とキルスティンは座敷の上でぐたり横になって酔いつぶれていた。
レイはテーブルの上で手を組みながら座敷に横たわる二人を眺める。

レイ「そろそろお開きにしようか」
霧崎「黒上とキルスティン先輩はどうします?」

肩を並べて座るレイの顔を覗く霧崎。
相良はタバコの箱をスーツの内側にしまう。

相良「タクシーは呼んだ。二人は俺が送っていくぞ」
レイ「ありがとう相良君。それじゃ私はお会計をしてくるよ」

伝票を手にして座敷から立ち上がるレイ。
霧崎はスーツの内側から財布を取りだす。

霧崎「俺も出します。いくらっすか?」
レイ「今日は私の奢りだよ」

レイは自分の顔の前に伝票を持ち上げてみせ、店の奥へ消えていく。



霧崎「夜は少し冷えるな」

霧崎が外に出ると、相良は酔い潰れた二人をタクシーの中に押しこんでいるところだった。
先ほどまで四人がいた大衆居酒屋の引き戸ががららと開く。
引き戸から出てきたレイは夜風に黒スーツをなびかせながら相良のもとに向かう。手にはアイスコーヒーが入ったカップが握られている。

レイ「手間をかけさせるね」
相良「気にするな。飯の礼だ。コイツらは俺が家まで送っていく」
レイ「そうしてくれると助かるよ」
相良「じゃあ俺たちは行くぞ」

酩酊した二人をタクシーの後部座席に詰めこんだ相良は後部座席に乗りこむ。
霧崎とレイは三人が乗ったタクシーを見送る。

霧崎「行っちゃっいましたね」
レイ「私たちも帰ろうか」

霧崎は肩を並べて立つレイの横顔に視線を向ける。


レイ・アルトリア 一等狩猟官 Copyright © 2023 不死の狩猟官


霧崎「レイさん家ってどこなんすか?」
レイ「六本木だよ」
霧崎「じゃあ近くっすね」
レイ「駅まで一緒に歩いて帰ろうか」
霧崎「はい!」

うす暗い夜道。先を歩くレイの後ろ姿をぼうと見つめる霧崎。
生白いうなじ、夜風にサラサラとなびくクリーム色のポニーテール、ときおりほのかにかおる甘い匂い、霧崎は妙に心臓が高ぶっていることに気づく。
レイは歩きながら夜空にうっすら輝く星を見上げる。

レイ「ねぇ、霧崎君は運命って信じる?」
霧崎「え? 俺はいい運命なら信じますかね」
レイ「霧崎君らしいね」

背中を向けたままくすっと笑うレイ。
霧崎は少し照れながら夜空を見上げる。

霧崎「レイさんはどうなんすか?」
レイ「私もいい運命なら受け入れるよ」
霧崎「じゃあ俺たち似てるかもですね」

レイはぴたりと足を止め、淡黄色の髪をなびかせながら振り向く。
その表情はどこか冷たい。

レイ「でもね、私は悪い運命なら絶対に受け入れない。たとえ何を犠牲にしてもね」
霧崎「レイさん……?」
レイ「冷えるし、早く帰ろうか」

二人は肩を並べて再び歩きだす。そして、しばらく歩いたのちに駅で別れ、この日は過ぎた。

第6話「京都からアイツらが帰ってくる」完
第7話「新人、死にますよ?」

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