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不死の狩猟官 第12話「黒い魔女」

あらすじ
前回のエピソード

一方、その頃、魔都品川区の中央エリア──
無人の廃墟ビルが建ち並ぶゴーストタウンと化した魔都品川区を一望する超高層ビルの屋上。
レイは欄干の上に手を置きながら、ナギは肩から狙撃銃を提げながら、眼下に広がる荒廃とした風景を見下ろす。

レイ「戦況はどうかな?」
ナギ「はい。A班 黒上キルスティンペアはすでに交戦中。B班 霧崎壬生ペア、C班 相良は侵攻中です」
レイ「今のところ問題はなさそうみたいだね。一種のほうはどうかな?」
ナギ「周囲数十キロを見まわしてみましたが、それらしき姿は見つかりませんでした」

レイは欄干に手を置いたまま隣に顔を向け、ナギの瞳を見つめる。

レイ「十字眼はすごいね。まるで望遠鏡だね」
ナギ「お役に立てて良かったです」

さらさらとしたショートカットの黒髪をなびかせながら恥ずかしそうにはにかむナギ。そのつぶらな鹿毛色の右目にはまるで狙撃銃の照準のように十字線が浮かび上がっている。
レイは欄干の上に置いていたアイスコーヒーが入ったクリアカップを取り上げ、ストローに口をつける。

レイ「ナギちゃんも飲む?」
ナギ「いえ、私はニガいのは苦手なので」
レイ「そうだったね」

アイスコーヒーを飲みながらくすりと笑うレイ。
ナギはおもむろに肩から提げていた古めかしいボルトアクションの狙撃銃を取りだし、とつじょ遠方の空に銃口を向ける。
しかし、不思議なことに、狙撃銃であるのに照準が取り外されている。

ナギ「二キロ先に敵影がひとつ。こちらに接近中。排除します」

栗色の瞳に浮かび上がる十字線の中心に敵を捉える。
体長四メートルはあろうか、巨大な脳に大きな翼が生えたまるで知を象徴するかのような不気味な化物が十字眼の中心に映し出される。

知の不死者「──!?」

バンッと銃声が響く、一発の薬莢が床に転がる。
巨大な脳からおびただしい血液が吹き出る、巨大な肉塊が翼をもがれた鳥のように墜落する。




レイはアイスコーヒーが入ったクリアカップを欄干の上に置き、紺碧の瞳の上に片手をかざしながら墜落する化物の姿を見送る。

レイ「お見事」
ナギ「新人の頃、レイ先輩に教わったおかげです。それより、私たちは本当にここから動かなくてよいのでしょうか?」

年季が入った古めかしい狙撃銃を肩にかけ、レイの横顔を見上げるナギ。
レイは一本結びにした麗しい淡黄色の髪をなびかせながら、曇り空に覆われたうす暗い魔都品川区を見下ろす。

レイ「もし一種が出てくれば、三課の全滅は免れない。だから私がここにいるんだよ」
ナギ「しかし」
レイ「それに戦況を把握するためにはここは最高の立地だよ」
ナギ「……ただ、私はレイ先輩が前線に出たほうが早いのではと思っただけです」

レイは風に揺れる柔らかいクリーム色の髪をおさえながら冷ややかに魔都品川区の先を見つめる。

レイ「確かにそうかもしれないね。でも、それじゃダメなんだ。この先に進むためにはね」
ナギ「この先ですか……レイ先輩はこれから何をされるおつもりですか」
レイ「初めから変わらないよ。東京十三区を奪還し、原初の不死者を見つけて殺す──それが第三強襲課の目的だからね」

魔都品川区の先を見すえるレイの表情はポーカーフェイスのようにまるで感情が読み取れない。しかし、どことなく口の端が上がっているように見えた。



魔都品川区B地点──
壬生は大太刀を背負いながらハンドルを握ったまま、曇り空に覆われたゴーストタウンと化したうす暗いオフィスビル街を走る。

壬生「霧崎君には守りたいものってあるかい?」
霧崎「唐突っすね」

不死殺しの刀を抱えながら助手席の窓から荒れ果てた都市を見つめる霧崎。
車窓から見えるのは倒壊したビル、崩れた高架、道路にまでせり出した瓦礫の山、まるでミサイルでも落とされたかのような惨状が広がる。
壬生はスーツの内側から一枚の写真を取りだし、写真に目を落とす。

壬生「守るものがあるから死ねない。僕はそう思うんだよねぇ」
霧崎「俺には家族も恋人もいないんで、正直そういう感覚はよく分かんないす」
壬生「霧崎君もいずれ守りたいものがきっと見つかるはずだよ」
霧崎「そういうもんすかね?」
壬生「そういうもんだよ」

スーツの内側に写真を戻しながら優しくほほ笑む壬生。
品川駅が見えてきた。昔は栄えていたであろう駅前には今や人影はなく、知性を持たない化物が涎を垂らしながら宛もなく徘徊している。
霧崎はおもむろに助手席の窓を開け、眉をひそめながら品川駅に隣接するガラス張りのビルを凝視する。

霧崎「人だ」
壬生「こんなところに人がいるわけないでしょう」
霧崎「いや、でも建物の中に誰かが入っていく姿が見えたんすよ」
壬生「そこまで言うなら仕方ない」

廃墟と化した品川駅の前にゆっくり車を停める壬生。
霧崎は助手席の扉を開け、片手に刀を握りしめながら外に降りる。

霧崎「ちと見てきます」
壬生「僕も行くよ。ひとりで行かせるわけにはいかないでしょ」

肩から大太刀をぶら下げながら運転席から外に出る壬生。
霧崎は肩に刀を提げ、先ほど人影が見えたというガラス張りのビルに向かう。
二人はまるでルービックキューブのようにカッチリと正方形に組まれた全面ガラス加工のビルの前にて足を止める。

霧崎「美術館?」
壬生「こんなところに本当に人がいるのかね」

透明のガラス扉を開けると、じめっと湿ったカビの臭いと獣の臭いが鼻をつく。

霧崎「嫌な臭いだ」
壬生「不死者の臭いがするねぇ」

二人は警戒しながら部屋の中に進む。
だだっ広い白い室内には人間と動物を継ぎ接ぎしたような気味が悪い像が点々と立っている。

霧崎「きもちわりいマネキンだらけっすね」
壬生「まるで本物の人間みたいだ」

蛇の身体に男の生首をはめこんだ像、蜘蛛の身体に女の上体を挿した像、人間の眼球を埋めこんだ蝿の像、どれも嵌合体のような不気味な像ばかりが並んでいる。
霧崎は像に気を取られ、展示台につまづき、像のひとつを倒す。

霧崎「なんだこれ……」
壬生「血……?」

タコの身体に男の生首を挿した像が床の上に落ち、胴と首が離れる。
しかし、奇妙なことに、像であるのに胴と首から血がドクドクとあふれ出ているではないか。
とつじょ館内にカァカァとけたたましい鳴き声が響く。
二人は顔を上げ、部屋の一点を凝視する。

霧崎「今度はなんだ」



どこからともなくカラスの群れが部屋の一画から現れる。
ひらひらと宙に舞う黒い羽根の中からひとりの少女らしき者が姿を現す。

黒い魔女 Copyright © 2023 不死の狩猟官


「あーあ。君たち、アタシのコレクション壊しちゃったんだ」

二人は声の主を見て、すばやく抜刀する。

壬生「酷い血の臭いだ」
霧崎「コイツはヤベェ気がする」

黒のロングスカートに黒のローブから覗く死体のように青白い肌、瞳を覆う血まみれの頭冠、無造作に伸びた長い銀髪──見た目こそ少女に似ているものの、生気はいっさい感じられない。
まるで魔女のごとき黒衣の女はなめるように霧崎を見つめる。

「まあいいや。コレクションなんてまた作ればいいしね。それより、その刀、不死殺しの刀でしょ?」

二人は刀を構えながら静かに黒衣の魔女の様子をうかがう。

霧崎「……」
壬生「……」

「そっか、君が噂の不死の狩猟官か。きめた。君、アタシのコレクションにしてあげる♡」

とつじょ音もなく二人の背後から現れる銀髪黒衣の魔女。

壬生「速い」
霧崎「間に合わな──」

妖しげな色香をまとう魔女は不気味にほほ笑みながら霧崎の背中にちょんと人差し指を当てる。

「トード」

黒衣の魔女がそう言葉にした瞬間、霧崎は消え、残された不死殺しの刀が冷たい床にからんと転がる。

壬生「その首、斬り落とす──」

大太刀からすばやい斬撃を繰りだす壬生。
黒衣の魔女の首がごろりと床に転がる。しかし、不思議なことに血は流れていない。それどころか、斬り落とされた頭は床に転がったまま笑っている。

「あはは。君じゃ私は殺せないよ」

壬生「霧崎君はどこに……」

壬生は大太刀を構えたまま周囲を見渡す。
しかし、先ほどまで隣にいた霧崎の姿がどこにも見当たらない。

霧崎「なんなんだ、これは……」
壬生「カエルが喋った!?」

よく見れば、先ほどまで霧崎がいた場所に一匹のカエルが這いつくばっているではないか。しかも、カエルから霧崎の声がしたのだ。
壬生は大太刀を片手に眉をひそめながらカエルを拾いあげる。

霧崎「カエル? そんなんどこにいるんすか」
壬生「まさか、このカエルが霧崎君……」
霧崎「は?」

大太刀に映りこむ自分の姿を見て啞然とする霧崎。豆のように小さい黒い瞳にでんぶりと膨らんだ身体、その姿はまさしくアマガエルである。
とつじょ部屋の片隅にカラスの群れがどこからともなく集まる。ひらひらと舞う黒い羽根の中から、血まみれの頭冠をかぶった黒い魔女がまた姿を現す。

「これで君はただのカエルになった♡」

壬生はカエルになった霧崎を肩に乗せ、大太刀を構える。

壬生「首を落としたのに死なないか」
霧崎「まさかあの女──」
壬生「どうやら彼女が黒い魔女みたいだ」

黒い魔女は床に転がった男の生首の上に腰をかけ、無邪気にほほ笑む。

黒い魔女「ねえ、それよりさ、お願いだから二人ともすぐに死なないでね? アタシは人の苦しむ姿がたまらなく好きなんだ。胸がスカっとしてさぁ。生きてるって感じがするんだよね。だからさ、お願いだから二人ともすぐに死なないでね♡」

壬生は大太刀を構えながら冷ややかに黒い魔女を睨む。

壬生「吐き気がする邪悪さだねぇ。魔女狩りといこうか」

第12話「黒い魔女」完
第13話「発動条件」


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