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不死の狩猟官 第20話「焼肉だよ」

あらすじ
前回のエピソード

午前中に用事を済ませた霧崎は、赤坂駅からやや離れた場末にある古めかしい木造アパートの一室に上がりこむ。
霧崎は帰宅すると、玄関の物置に自宅の鍵を置き、狭い六畳間の室内に向かう。
フローリングの床はうす汚れたカーペットで覆われ、最低限の家具と電化製品だけが並べられ、いかにも一人暮らしの男の部屋という感じだ。
霧崎はスーツ姿のままベッドの上にもたれこみ、ふぅとため息をつきながら白い天井を見上げる。

霧崎「平和だ。少し前まではこれが日常だったんだよなぁ……この仕事、本当に続けられんのかな」

霧崎はハッと思い出したかのようにスラックスのポケットから携帯電話を取りだす。

霧崎「そーいや、今日って初給料日じゃん。いくら振り込まれてんだろ」

慣れた手つきでスマートフォンの画面を操作し、銀行のアプリを起動し、パスワードを入力する。
霧崎はスマートフォンに表示された残高に思わず目を丸くし、次第に頬をゆるめる。

霧崎「まじ? この仕事、続けられそうな気がしてきた」

初給料に気をよくした霧崎はそのまましばらくスマートフォンを持ったまま、オンラインショッピング、ゲームへの課金を楽しんだ。
しかし、疲れが溜まっていたせいか、霧崎はスマートフォンを握りしめたままベッドに深く沈んだ。
次に目が覚めた時には部屋はうす暗くなっていて、窓から街路灯の光がうっすら覗きこんでいた。

霧崎「やっば。今日は午後から飲み会だっけ」

霧崎は急いでベッドからガバッと起き上がると、そのまま洗面台に向かい、緩めていたネクタイを上げ直し、慌てて家を飛び出す。



目的地周辺である麻布十番駅に着くまでにはそこまで時間は掛からなかった。
霧崎は改札口を抜け、階段を上り、外に出る。

霧崎「駅のすぐ近くって言ってたからこの辺だよな」

霧崎はそう呟きながら周囲を見渡す。
高層ビルや看板の明かりに照らされた歩道には、仕事おわりのサラリーマンたちがちょうど駅に向かってぞろぞろと押し寄せているところだった。
霧崎は人混みの中から見知った顔を見つけ、おもむろに手を振る。

霧崎「うす」

色素が薄いショートカットの黒髪を揺らしながら、ひとりの小柄な黒スーツの女性が霧崎のもとにゆっくり近づいてくる。

ナギ「……」

挨拶の一つでも返してくれるのかと思いきや、ナギは冷たく霧崎を一瞥した後、そのまま素通りしていくではないか。
霧崎は少し慌てながら小走りでナギの背を追う。

霧崎「ちょ、ナギ先輩。無視は酷いっすよ」
ナギ「ごめん。気づかなかった」
霧崎「いやいや、バッチリ目あってたじゃないすか」
ナギ「勘違いでしょ」

ナギは抑揚がない冷たい口調でそう言いながら、オフィスビル街の喧騒から離れた路地裏の中に入っていく。
路地裏に入った途端、なんとも香ばしい焼けた肉の匂いが漂い、霧崎は思わず生唾を飲みこむ。

路地裏 Copyright © 2023 不死の狩猟官


霧崎
「もしかして今日の飲み会って……」
ナギ「焼肉だよ」

ナギはそう言って、赤い提灯が垂れ下がる古めかしい大衆的な焼肉屋の前に立ち、建てつけが悪い染み垂れた引き戸をがららと開く。

霧崎「よっしゃ!」
ナギ「ちなみにレイ先輩の奢り」
霧崎「え、まじすか」
ナギ「品川区奪還作戦の労いだって」

二人はそんな会話をしながら室内に入っていく。
店内には笑顔に溢れたスタッフたちが忙しく動き回り、客たちの注文に元気よく応えている。時折、ワイワイガヤガヤとした客たちの談笑に混じって、店員の明るい声が響く。
二人が店内を見渡しながら歩いていると、隅の御座敷から見慣れた顔が二人に向かって手を振っている姿が見える。

キルスティン「こっちこっちー」
霧崎「うっす。キルスティン先輩」
ナギ「……」

霧崎が呑気に手を振り返している間に、ナギはそそくさと小さい革靴を脱ぎ、御座敷の上にあがっているところだった。
霧崎も少し遅れてから御座敷の上にあがり、適当に空いていた座布団の上に腰を下ろす。

黒上「あいかわらずお気楽だな」
霧崎「げ、お前が隣かよ。レイさんの隣がよかったのに」

霧崎はそう言って、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、黒スーツ姿にてあぐらをかく黒上に視線を向ける。
黒上の肩ごしには、黒スーツに眼帯をつけた白髪まじりの中年男性がタバコを吸っている姿が見える。

相良「レイなら今日は来ねえぞ」
霧崎「どういうことすか? おっさん」

相良はおっさんと呼ばれるやいなや、霧崎に鋭い視線を向ける。

相良「本来いまは三課の連中は休暇中だが、レイは仕事があるらしい」
霧崎「ちぇ、せっかく休日だからレイさんの私服姿が拝めると思ったのに……」
相良「残念だったな。もっとも、狩猟官はいつでも出勤できるように休日でもほぼスーツだがな」
霧崎「あーそれで休日なのに皆スーツってわけすか」

男同士で会話をしていると、霧崎の向かい側の席に座っていたシニヨンヘアーの女性がおもむろに手を上げ、ひときわ明瞭な声で店員を呼び止める。

キルスティン「とりあえず生いつつでいいかな?」
ナギ「私はとりあえずハイボール」
霧崎「んじゃ、俺はとりあえずアイスコーヒーで」

乾杯の一杯目にしてはやや個性的すぎる注文にキルスティンはすこし当惑しつつも、手短に店員にドリンクといくつかの肉とツマミを注文した。



ドリンクが届くのはすぐだった。
五人は顔を見合わせながらジョッキを掲げる。

「「「「「乾杯」」」」」

キルスティンは豪快にグビグビと勢いよく生ビールをひとしきり飲むと、口に泡をつけながらジョッキから口を離す。

キルスティン「くぅ〜うんまー」
黒上「いい飲みっぷりですね」

あまりに威勢がよいキルスティンの飲みっぷりに、黒上は思わずそんなセリフが口から出た。

キルスティン「あったりまえじゃないの。なにせ今日はレイ課長の奢りなんだから。飲まなきゃ損ってもんよ!」
黒上「なるほど。そういうわけか」
キルスティン「てか、なんで腕が治ってんのさ」
黒上「いい病院が見つかったんですよ」

そうこうしている内に、三課のテーブルの上に肉の盛り合わせが次々と運ばれる。
淡い照明の下、鮮やかな生肉が煌めく。鮮やかな赤色が鮮烈に目に焼きつき、まるで食欲を刺激する魔法のような魅力を放つ。
霧崎は生唾を飲みこみ、テーブルの上に置かれたトングを伸ばす。

霧崎「それじゃあ、焼きますか!」

霧崎はそう言って、トングに手を伸ばす。しかし、霧崎の手がトングに届くより先に、白い小さい手がトングを奪っていった。

ナギ「私が焼く」
霧崎「俺が焼きますよ。後輩なんで」
ナギ「いい。私が焼くから」
相良「飯へのこだわりは相変わらずみたいだな」

相良はそう言って、生ビールが入ったジョッキを口元に運びながらナギに視線を向ける。
ナギは涼しい表情をしながら網の上に厚い牛タンを一枚ずつ丁寧に並べていく。
炭の燃える音とともに肉が焼けていく。肉汁が炭火に滴り落ち、ジュージューと食欲を刺激する音が響く。
霧崎は箸を持つと、ほどよく焼けた厚切り牛タンを網の上から取り上げ、小皿に注がれたレモン汁に軽くつけてから口に運ぶ。

霧崎「うんめぇ〜」
キルスティン「奢りだから余計にウマッ♡」
ナギ「たしかにそれはあるかも」

ナギはそう言って、小さい口でモゴモゴと牛タンを咀嚼しながら手ぎわよく次の肉を焼いていく。
今度はカルビの番だ。厚い赤身の肉が炭の上で炙られていく。
黒上は空いた上座の席に視線を向ける。

黒上「レイ課長に悪い気がしますね」
相良「気を遣うことはねえだろ。レイが提案したことだ」

二人の会話をよそに、ナギは無表情のままメニュー表に視線を落としながら店員に次々と料理を注文していく。

ナギ「特上カルビ三十人前と特上ハラミ二十人前。あと霜降り牛タン二十人前。それから抹茶アイス六十人前で」
霧崎「ナギ先輩って、ちっちゃいのによく飯食べますね」
ナギ「これくらい普通。それより次ちっちゃいって言ったら、眉間に風穴あけるから」
霧崎「はは、じょーだんすよ……」

ギロリと向けられた冷たく鋭い視線に、霧崎は思わず苦笑いを浮かべる。
五人はしばらく歓談しながら、嫌というほど肉と酒を堪能した。



気づけば、テーブルの上は空になった皿とジョッキで埋めつくされていた。
霧崎は腹を押さえながら壁にもたれかかる。

霧崎「もう食えねぇ……頼み過ぎっすよ」
ナギ「大げさ」
霧崎「いやいや、五人で注文する量じゃないすよ」
相良「そろそろ帰るか」

相良はそう言って、灰皿にタバコの火を押しつける。
黒上はやれやれと横に首をふりながら向かい側の席に視線を向ける。

黒上「まったく」
キルスティン「□○▲☓」

キルスティンはテーブルの上に両腕をのせながら赤ら顔で何やら寝言を言っている。
相良はテーブルの上に置かれた伝票を取り、腰を上げる。

相良「会計は済ましておく。お前らは先に外に出ておけ」
霧崎「うっす」

霧崎は言われたとおり店を出、黒上は酔い潰れたキルスティンに肩を貸しながら店を出る。
その後、いちど洗面台に行っていたナギが店から出てきて、最後に相良が店から出てきた。

相良「俺とナギは駅方面だが、お前らは」
霧崎「俺は歩いて帰るんで、反対方向っすね」
キルスティン「私はハイボールぅ!」
黒上「俺も反対方向です。キルスティン先輩とは同じ社宅だから俺が付き添いますよ」
相良「それじゃ任せたぞ」

相良はそう言って、三人に背を向けて歩きだす。
ナギもまた相良の後を追うように歩き出す。
霧崎は黒上に視線を向ける。

霧崎「俺たちも帰るか」
黒上「言われなくてもそのつもりだ」
キルスティン「ハイボールまだぁ?」

三人は肩を並べながら、すっかり暗くなった路地裏を進む。その時だった。電柱の影から何かが一瞬とび出して見えた。

キルスティン「なによ……これ」

次の瞬間、黒上と霧崎の目におぞましい光景が飛びこむ。
キルスティンは胸を押さえながら膝からがくりと地面に倒れこみ、コンクリートの上に生々しい赤い鮮血が染みだす。
黒上はとっさにジャケットの内側に手を伸ばし、ホルスターから銃を抜く。

黒上「敵襲だ」
霧崎「どういうことだ。俺たち以外は見えないぞ」

霧崎はそう言いながらすばやく不死殺しの刀を抜き、二人は互いに背を預けながら慎重に周囲をうかがう。
霧崎が言うとおり敵影は見えない。しかし、次の瞬間、霧崎の背後からバタンと何かが地面に倒れた音がした。
霧崎はおそるおそる振り返る。

霧崎「嘘だろ……」

先ほどまで背中を合わせて立っていたはずの黒上は胴体と首が綺麗に切断された死体となって、地面に倒れているではないか。
うす暗い街路灯の下には黒上の生首が転がっている。
霧崎は狩猟官になってから初めて心底恐怖した。死ぬかもしれない、そう思ったからだ。

霧崎「──!?」

刹那、霧崎の首が宙に飛ぶ。
しかし、霧崎は不死身。時間が経てば、またいつも通り再生するはず。だが、不思議なことに、いくら時間が経っても再生することはなかった。
この日、狩猟官三名の死亡が確認された。

第二十話「焼肉だよ」完
第二十一話「反撃開始といこうか」

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