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不死の狩猟官 第3話「一万円、貸してくんない?」

あらすじ
前回のエピソード

霧崎が肉塊の不死者を討伐した次の日の朝、レイは国家不死対策局の大会議室に招聘されていた。
ガラス張りの見晴らしがよい大部屋の中央には、飾り細工が施された格調高い机とチェアが入口に向かってコの字になるように並ぶ。
その部屋の中央にて背筋を伸ばして立つ黒スーツ姿のレイ。周囲にはレイを取り囲むように明らかに位が高いと思われる黒スーツ姿の老輩たちがチェアに深々と腰かけている。

上官「レイ一等狩猟官。率直に聞こう」
レイ「は」
上官「第三強襲課に入局した不死身の男。君はどう見るかね」
レイ「霧崎十等狩猟官は無事に不死殺しの刀を抜きました。これでようやく我々は死なない者たちも殺せるようになり、東京奪還作戦を進めることができます」
上官「だが、ヤツは半分不死者。人類に仇なすのでは?」
レイ「心配いりません。彼はすでに私の手の中です」
上官「では、引き続き監視を任せるぞ」
レイは一礼すると大会議室を後にした。



同日の朝、背中に不死殺しの刀を差した霧崎は鼻歌まじりにエレベーターを降り、第三強襲課の執務室の前にたどり着く。

霧崎「またレイさんから呼び出しか」

執務室の扉に手をかけようとして手を止める霧崎。そして、だらしなくネクタイを少し緩めてから執務室の扉をノックする。

霧崎「失礼します」

扉を開けると、朝陽を背にしてチェアに腰かけながら執務机の前で書類に目を通すレイがいた。
レイは霧崎に気づいて書類から顔を上げる。

レイ「おはよう、霧崎君。初任務ご苦労様」
霧崎「おはようございます」
レイ「霧崎君の戦果は相良君から聞いたよ。逃げずに戦ったって。偉いね」
霧崎「いやーそんなでも」

頬を赤らめる霧崎。
レイは何か気になるのか、おもむろにチェアから腰を上げ、静かに霧崎に歩みよる。そして、霧崎の前で足を止め、霧崎の首元に手を添える。

レイ「じっとして」
霧崎「幸せだ」

鼻の下を伸ばしながらレイの白ワイシャツの膨らみを見下ろす霧崎。

レイ「ネクタイ、またズレてるよ」
霧崎「俺、この仕事をしてからネクタイが好きになりました」
レイ「何それ、変だね。はい、できたよ」

慣れた手つきで霧崎のネクタイを整えるレイ。

霧崎「ありがとうございます。それでここに呼ばれたのはまた任務ですか?」

レイは執務机の前に戻り、チェアに腰を下ろす。

レイ「うん。頼めるかな?」
霧崎「もちろん! 今度こそレイさんと一緒に?」
レイ「ううん。私はこう見えても忙しいんだ」
霧崎「うげぇ。じゃあ、またオッサンとすか?」
レイ「相良君も別件で外してるの。だから今回は別の仲間を呼んでるよ」

廊下から慌ただしい足音が響く。
次の瞬間、執務室の扉をだんと乱雑に開け、黒スーツ姿の若い女性が室内に飛びこむ。
クリーム色のシニヨンヘアーに美しい翡翠色の瞳が特徴的な綺麗な女性は部屋に入るやいなやゼェゼェと息を切らして膝に手を置く。
前かがみになった彼女の背中から鞘に納めた二本の剣が見える。

金髪翠眼の女性「セーフ! 遅刻じゃないよね?」
レイ「また遅刻ギリギリだね。寝ぐせ、ついてるよ。キルスティンちゃん」
キルスティン「え、うっそ! マジ!?」

恥ずかしそうに慌てて寝ぐせを直すキルスティン。
霧崎は少し引きつった表情でレイの顔を伺う。

霧崎「今回の任務って、もしかしてこの女とすか?」
レイ「何か問題あるかな?」
霧崎「正直、すげー不安です」
レイ「たしかにキルスティンちゃんはちょっとガサツだけど、現場ではものすごく頼りになるはずだよ」

キルスティンは霧崎のつま先から頭の先まで舐めるように見まわす。

キルスティン「へぇー君が噂の新人君か。不死者を一撃で殺ったんだってね」
霧崎「まあ、そうっすけど」
キルスティン「君さぁ、名前は?」
霧崎「霧崎っす」
キルスティン「じゃあ、今日から君はきりっちね。私は第三強襲課 三等狩猟官のキルスティン・アルバーン。よろしくね」

笑みを浮かべながら霧崎に片手を差し伸べるキルスティン。
霧崎は少しとまどいつつキルスティンの手を握る。

霧崎「うっす、キルスティン先輩」



レイは執務机の上で手を組みながら二人を見つめる。

レイ「さて、今回の任務について話そうか」
霧崎「っす」
キルスティン「あいあいさー」
レイ「二人には魔都品川区の廃警察署に行ってもらいたいの」

キルスティンは翡翠色の目を丸くして驚く。

キルスティン「げっ……品川区って不死者の支配地域じゃん。私はいいけど、きりっちは死ぬよ?」
レイ「それは大丈夫だよね?」

霧崎を見つめるレイ。

霧崎「はい。俺は死なないので問題ないっす」
キルスティン「あーそっか。きりっちは不死身なんだっけ。でもさ、なんであんな不死者しかいない地区にわざわざ行くのさ?」

レイは執務机の上のアイスコーヒーを手に取り、ストローに口をつける。

レイ「それはね、品川区の調査に出ていた狩猟官数名と数日前から連絡が取れなくなったからだよ。最後に目撃されたのは廃警察署付近だったみたい」
キルスティン「なるへそ。それで私らにお鉢が回ってきたってことね」

レイはアイスコーヒーを執務机の上に戻す。

レイ「二人の任務は魔都品川区の廃警察署に潜入して仲間を救出すること。でも、もし二種以上と遭遇することがあれば、全力で逃げて」
霧崎「二種?」
レイ「そっか。霧崎君にはまだ不死者の区分についてちゃんと説明してなかったね。不死者は四種類に分けられるんだ」
霧崎「四種類も……」
レイ「霧崎君も四種と三種は見たことあるよね?」
霧崎「えーと、小せえヤツと大きいヤツは見ました」
レイ「そう。四種と三種は大きさが違うだけ。でもね、二種からは私たち狩猟官と同じように能力を使いだすから厄介なんだ」

霧崎は相良と一緒に不死者と戦っていた時のことを思いだす。

霧崎「その二種ってのは俺が前に戦ったデケェヤツより強いんすか?」
キルスティン「んー私たちがもし二種と会ったら余裕で死ぬね」
霧崎「え、マジすか?」
キルスティン「じょーだん。そん時は私が守ってやんよ」

引きつった霧崎の顔を見てクスッと笑うキルスティン。そして、喉が渇いたのか、キルスティンは執務机の上に残っていたレイのアイスコーヒーを手に取り、ストローに口をつける。
レイはキルスティンに取られたアイスコーヒーを口惜しそうに見つめる。

レイ「それ私の」
キルスティン「ゲロ苦っ。よくこんなん飲めるね」
レイ「アイスコーヒーはブラックが最高なのに」
霧崎「ははは」

アイスコーヒーの苦さに顔をしかめるキルスティンを見て笑う霧崎。
キルスティンは霧崎の肩に手を回す。

キルスティン「口直しもしたいし、はやく外に出よっ」
霧崎「うっす」

二人はレイに背を向けて執務室の扉に手をかける。
レイは不敵な笑みを浮かべながら執務室から去っていく二人の背を見送った。



二人が国家不死対策局の玄関から出ると、目の前には一台の黒塗りの高級車が手配されていた。
車の前に立つ黒スーツの男性運転手は二人に一礼してから後部座席のドアを開ける。
キルスティンは霧崎を一瞥した後、後部座席に乗りこむ。


キルスティン・アルバーン 三等狩猟官 Copyright © 2023 不死の狩猟官



キルスティン「行こっか」
霧崎「うっす」

遅れて後部座席に乗りこむ霧崎。
二人を乗せた車は国家不死対策局の門を抜け、目的地に向かって走りだす。
キルスティンは車窓から流れる港区のオフィスビルを眺める。

キルスティン「ところで、お腹すいてない?」
霧崎「そー言えば、朝メシ食ってなかったすね」

キルスティンは車窓から顔を離し、嬉しそうに霧崎の顔を覗く。

キルスティン「じゃあ、ハンバーガーでも食べちゃおっか」
霧崎「最高!」

二人を乗せた車は道脇のハンバーガー屋に立ち寄り、ドライブスルー用の窓口の横に停まる。
キルスティンは後部座席の窓から顔を出し、店員に注文を済ませる。

店員「三千五百円です」
キルスティン「あちゃ~」

財布の中身を覗いて固まるキルスティン。
霧崎は気になってキルスティンの顔を覗く。

霧崎「どうしたんすか」
キルスティン「ごめん、一万円貸してくんない?」
霧崎「は?」
キルスティン「いや~今月飲み過ぎて素寒貧だったわ」
霧崎「どんだけ飲んでんすか……」
キルスティン「ごめんごめん。この任務から帰ったら返すからさ」

霧崎は仕方なく財布から一万円を取り出し、キルスティンに手渡す。

霧崎「絶対すよ?」
キルスティン「あんがとっ!」

キルスティンが商品を受け取ると、車はまた目的地に向かって走りだす。



キルスティンは車窓から流れる都心の風景を見ながらハンバーガーをほおばる。

キルスティン「ところできりっちさ、レイ課長のこと好きっしょ?」
霧崎「はぁ? 急に何いってんすか」

アイスコーヒーを飲む手を止め咳きこむ霧崎。

キルスティン「バレバレだよ。だって、レイ課長のことずっと見てたもん」
霧崎「別にそんなんじゃあないっすよ」
キルスティン「ふーん、じゃあ、あたしとする?」
霧崎「するって何を」
キルスティン「セックス」
霧崎「はあ!?」

赤面しながらアイスコーヒーを吹き出す霧崎。

キルスティン「じょーだん。きりっちはホントからかいがいがあるねぇ」
霧崎「勘弁してくださいよ」

車がゆっくり止まる。目の前には行く手を塞ぐように大きな壁と門がそびえ、門の前には背中に刀を差した黒スーツ姿の男女が周囲を警戒している。
霧崎は後部座席の窓から顔を出し、高くそびえる壁を見上げる。

霧崎「これが偉大な壁か……目の前で見るのは初めてだ」
キルスティン「鬼が出るか蛇が出るか」

後部座席の車窓から顔を出し、壁を見つめるキルスティン。
門前に立つ警備員はキルスティンを見つけると敬礼して、スーツの内ポケットから取り出した無線機に向かって指示をだす。すると、大きな門が開く。
霧崎は門の向こう側の景色に思わず目を見はる。

霧崎「これが壁の向こう側……」

ところどころ倒壊したビル、ひび割れ雑草が生いしげるアスファルト、さまよい歩く顔の皮が剥がれた不死者たち。扉の先にはまさに地獄のような風景が広がる。
キルスティンは後部座席の窓を閉め、扉の先を見つめる。

キルスティン「行こうか。魔都品川区へ」

第3話「一万円、貸してくんない?」完
第4話「おい、そこのプリン頭」

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